第364話 意外な繋がり

 レズヌンドの港に到着したのは、昼頃。そこから丸一日待たされて、翌日の夕方にやっと入港の許可が下りた。


「タンクス伯爵からの手紙を見せても、知らぬ存ぜぬを通されましたよ」


 カストルが悪い顔で笑う。かなりお怒りのようだ。


 当然かもねー。自分が手を回して楽に入港出来るよう段取り付けたのに、現地の人間にそれを阻まれた訳だから。


「ところで、港側はどうして入港を拒否したの?」


 リラの疑問も当然だ。レズヌンドって、言っちゃ悪いけどタンクス伯爵家あっての国だから。


 タンクス伯爵も砂糖やスパイスを安く仕入れられているからいいんだろうけれど、タンクス伯爵家からの資金を含む「援助」がなければ、とっくに周辺国に攻め滅ぼされてるだろうから。


 タンクス伯爵、交易品を片手に王宮で交渉をして、なんと国ぐるみでレズヌンド王国を護るように仕向けているんだってさ。


 あのゾクバル侯爵家も、この国には一個旅団を置いてるっていうんだから、相当だ。


 その、オーゼリアとタンクス伯爵におんぶに抱っこの国が、どうして渋ったんだろうね?


「いつもの金が懐に入らないのを、不満に思ったようです」

「えー。入港に必要なお金って、国に支払われるものなんじゃないの?」

「港の役人達が、中抜きしていたようです」


 腐ってるね、レズヌンド。まあ、私達が交渉したいのはこの国ではなく、お隣だからいいけど。


 なら、何故フロトマーロに即入国しなかったのか。あの国、海に面してる癖して小さな漁港くらいしかないんだって。


 うちのトレスヴィラジみたいに、海岸線に沿ってずっと崖が続いているらしいよ。で、途切れたところに漁村。まさしくトレスヴィラジだ。


 とりあえず、陸路を使ってフロトマーロに入りたいんだけど、この調子じゃあどうなる事やら。




 入港して上陸すると、何やらこちらを睨む一団が。


「何あれ」

「あれが港の役人達ですよ」


 ああ、私達から金をふんだくれなかったから、怒ってるんだ?


「おい!」


 睨むだけかと思ったクズ役人が、こちらに怒鳴ってきた。私の前に、カストルが出る。


 いや、あの程度簡単に処理出来ますが。


「今回は旦那様が同行されていないのですから、自重なさってください」


 後でお説教されますよ? と言われて、カストルの背でおとなしくしている。


 今回のフロトマーロ行き、ユーインは同行していない。ちょうど王太子殿下が地方視察に出るので、それに付いていく事になっていたんだよね。


 どうせその視察に私は同行出来ないし、する気もない。視察一団が戻るまでの間、どのみちユーインとは離ればなれな訳だ。


 だったら、王都にいようが領地にいようがフロトマーロにいようが、同じだよね?


 という訳で、この時期をあえて狙ってフロトマーロに来たって訳。説明したら、ユーインが凄く嫌そうな顔をしていたなあ。


 その後、カストルを捕まえて何やらくどくどと言っていたのを見かけたけれど、あれは私に関する注意事項でも伝えていたのかな……


 カストルに威圧されたらしく、クズ役人の一団は何やら萎縮している。それでも、声を掛けてきた先頭の男……顎髭が濃い男が、頑張って声を張り上げた。


「お前達! 今回は見逃してやるが、次にこんな手を使いやがったら――」

「あ?」


 今何つった? 「お前」だあ?


 カストルの後ろから、ゆっくりと前に出る。


「誰に向かってそんな口、叩いてるのかな?」

「な、何だと!?」

「カストル、ここにいるのってゾクバル侯爵家の軍だったよね? 責任者連れてきて」


 そう言いつつ、懐から紋章入りの懐中時計を取り出す。こういう紋章入りの品は、その家に関わる者という身分証明になるんだよね。


 ゾクバル侯爵家の軍隊なら、デュバルの紋章は知ってるはず。


「それでは、閣下をここに置いて行く事になります」

「別にいいよ。こいつらも逃げられないようにしておくから」

「わかりました。では」


 言うやいなや、カストルの姿がその場から消えた。クズ役人達、何をそんなに驚いているんだろうね? 


 私達がオーゼリアから来たって、ちゃんと知ってるんでしょう? オーゼリアは、魔法の国なんだよ?




 クズ役人達を結界で囲って逃げられないようにし、船内から椅子とテーブルを持ち出して、港でちょっと優雅でないお茶の時間を。


「本来でしたらそろそろ夕食の時間ですけれど」


 ぼやくのはヤールシオールだ。それに対し、結界内のクズ役人達が何やら喚いているけれど、向こうの音声はこちらには届かない。


 逆にこちらの音は全て向こうに伝わるようにしてある。おかげでこちらのまったり具合がいい感じに相手を煽ってるようだ。


 カストルが責任者を連れて戻るまで、そこでおとなしく待ってるといいよ。


 テーブルの上に用意した時計は、そろそろ七時を指す。本当に夕食の時間だね。それに、そろそろ明かりも必要かな?


 船内から取ってくるか、それとも魔法で出すか。ちょっと迷っていたら、馬が二頭、港に駆け込んでくるのが見える。


 あれ、一頭にはカストルが乗ってるよ。って事は、もう一人がゾクバル侯爵軍の責任者かな?


 ……はて、何だかどこかで見た事があるような気が。


 二騎はこちらにまっすぐやってくる。


「お待たせしました!」


 馬から飛び下りるや、カストルはまっすぐ私のところへ来た。


「あちらで少々手間取りまして」

「そうなんだ」

「それについては、私からご説明とお詫びを。お初にお目にかかります、デュバル女侯爵閣下。私はゾクバル軍第三旅団を預かるリドゴード・ガレザン・セバンルッツと申します」

「え? セバンルッツ?」


 それって、ゾクバル侯爵家の分家の名前じゃない? うちにそこの三男が就職してますが。


 私の確認の言葉に、リドゴード卿はにこりと笑顔を浮かべた。


「本家のご当主様、並びに我が家の兄と弟がお世話になっております」


 はて。ゾクバル侯爵と弟はわかるけれど、兄?


 内心首を傾げていたのが伝わったのか、リドゴード卿はちょっと声を潜める。


「以前、兄の奥方の件で少々」

「あ」


 あれか。天幕社交での一件だ。リドゴード卿の兄でセバンルッツ伯爵家の嫡子であるトゥレマー卿の奥方を、学生乗りで虐めた夫人がいたっけ。


 あの後、虐めた夫人の実家まで巻き込んで、結構な大事になったはず。


 いやでも、あれ、私は大して動いていなかった……はず。確か、声を掛けたら向こうが勝手に怯えて逃げていったんだっけ。


 失礼な話よね! 私は礼儀正しく接しただけなのに! 人の事、まるで魔物を見るような目で見てさ!


 あの時のいじめっ子夫人達を思い出して、ちょっと不機嫌になっていたら、リドゴード卿が咳払いをした。


「それで、この連中が例の者達ですか?」

「我が家の執事から、話は聞きましたか?」

「ええ」

「では、この者達をどうするか、お任せしてもいいかしら?」

「もちろんです。すぐに王宮にねじ込んで、解雇させましょう。何、港の役人になりたがっている者は山ほどおりますから、後任には事欠きません」


 まあ、そうだろうね。タンクス伯爵家の船以外からは、たんまり金がせしめられるんだもん。


 結界の中の連中も、それがわかっているからか絶望の表情だよ。相変わらず何かを喚いているようだけど、こっちには聞こえませーん。




 後はリドゴード卿に任せて、私達は船で一泊する事にした。いや、夜遅くに働かせてすまんね。


「お気になさらず。軍はいつでも動けるように訓練しておりますので」


 爽やかな笑顔を残して、結界内に閉じ込めておいた連中をふん縛ったリドゴード卿は、彼等を荷馬車に押し込めて共に港を後にした。


 ゾクバル軍の責任者の言葉なら、王宮は聞き入れる訳か。それも当然かもね。軍が引き上げちゃったら、あっという間にこの国の優位性が失われるから。


 もっとも、タンクス伯爵がこの港を使用する限り、オーゼリアはレズヌンドを切り捨てない。


「いっそ、それも変えちゃおうか」


 砂糖もスパイスも、レズヌンドでなければ手に入らない訳ではないのだから。

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