第363話 大陸の南へ

 フロトマーロは、この大陸の最南端にある国の一つ。つまり、大変暑い。


「デッキに出ただけで死にそう……」

「だから外に出るなと言ったのに」

「だってええええ」


 リラに怒られて、涙目になっております。いや、それにしても本当に暑い。


 ただいま、新造の船ネーオツェルナ号にてフロトマーロを目指している最中。ええ、レーネルルナ号ではありません。


 いつの間に造ってたんだ!? とカストルを問い詰めたら、何とレーネルルナ号と一緒に建造してたって言うじゃありませんか!


 報告してよ! そういう事は!


『必要になりましたら、ご報告する予定でした』


 しれっと言われては、「今度からはちゃんと報告するように」としか言えんわな……




 あれからすぐ、カストルはとある場所に出かけ、とある物を持って帰った。オーゼリアの貴族、タンクス伯爵家からの手紙だ。


 内容は、レズヌンドにある港の使用を無料で許可する事。ただし、今回一回限り。


 レズヌンド王国の港は、タンクス伯爵が単独で出資し、造り上げた港。その為、ほぼタンクス伯爵家専用となっている。


 余所の船も使えない事はないけれど、高額な使用料を取られるって話。だから、カストルはタンクス伯爵家に話を通して、この手紙を手に入れたって訳か。


 ちなみに、このレズヌンド王国、私達の目的地であるフロトマーロの隣国で、大変仲が悪い。


 元々フロトマーロはレズヌンドの一地方で、そこから武力で分離独立を果たした国。


 レズヌンド側には、未だにフロトマーロの独立を認めていない一派がいるそうで、しょっちゅう国内でもめてるってさ。


 そんなちょっと危険な国に行くので、今回の航海、本当はリラを王都に置いてくる予定だった。なのに。


「あんた一人で送り出して、また下手な事をされたらこっちの身がもたないのよ」


 酷くね? いや、あれこれ思いつきで仕事増やしてはいるけどさ。急がないものも、多いじゃん?


「じゃあ、フロトマーロの港建設も、急がないのね? 数年先でも、構わないのね?」


 笑顔が怖いです、リラさん。


 リラは王都でやる事、一杯あるのにー。結婚式の準備とかヴィル様と一緒に過ごすとか、準備とか準備とか。


「式の準備に関しては、コーシェジール様とシーラ様が調えてくださるから、私の出る幕はないのよ」

「でも、今後の為にもそれを側で見ておく事は大事なんじゃないの?」

「記録は全て録画機器でしてあるから大丈夫」


 え? そうなの?


 何でも、シーラ様とお義姉様の話し合いから打ち合わせ、関係各所とのやり取り全て録画や紙面で記録してあるそうな。


 それらを総合して、後にマニュアル化するんだって。


「結婚式って、各家の家格に合わせたあれこれもあるけれど、大抵は共通しているでしょう? よっぽど凝った事をする家でもない限り、こういうマニュアルがあると便利だと思うのよ」


 そうね。うちみたいに母親が早くに亡くなってるご家庭も少なくないし。もちろん、後妻を迎える家が多いけれど、継母との折り合いが悪い場合もあるしね……


 そうなると、相手の母親にお任せする以外手がない。好き合った相手同士ならまだ乗り越えられるかもしれないけれど、貴族は基本政略結婚。


 どうとも想わない相手……下手するとちょっと苦手くらいの相手の母親に全て決められる結婚式。地獄以外の何ものでもないね。


 そんな時に、リラが言っていた式専用のマニュアルがあれば、自分で準備が出来る。


 必要な取り決めやドレスの決め方、会場の飾り付けの仕方や聖堂への配慮などなどなど。


「私達の場合は、伯爵家同士って事にはなるけれど、後ろにいるのがアスプザット、デュバル両侯爵家だから、ちょっと普通の伯爵家同士の結婚よりグレードが上なんですって」

「それは納得」


 ヴィル様はゾーセノット伯爵家の当主だけれどアスプザットの長子だし、リラは兄の養女とはいえ実質的な身元保証人は私だ。


 そら一般的に伯爵家同士の式より豪華にせざるを得ないわ。


「そこら辺も考えて、マニュアル化する時は他の人にも意見を聞こうと思ってるの」

「それはいいね。ところで、そのマニュアル、出来上がったら出版するんだよね?」

「え? いや、そこまでは考えてないけど……」

「いーや! ぜひとも出版するべき! ヤールシオール辺りに話を振れば、きっと喜んで売り込みに行ってくれるよ」

「いいえ! どうせなら我が商会で売り出しますわ!」


 おっとびっくり。後ろから声を掛けてきたのは、先程名前の挙がったヤールシオールだ。


 今回のフロトマーロ行き、交易が絡むから彼女も連れてきてるんだよね。あと、船会社を任せるムーサイの一人。えーと……タレイアか。


「そんな、出せば売れる事確実な本、余所に持っていくなどもったいないとはお思いになりませんか!? なりますよね!? なるはずです!!」

「いや、落ち着いて」

「もちろん、この私の体験談も情報として提供いたしますわ。これでも一度嫁した身ですもの。まあ、夫はとんでもないクズでしたけれど」


 彼女の離婚理由は、夫が酷い娼館通いになったから、だったっけ。


 娼館や、いわゆる夜の店はオーゼリアにもあるけれど、貴族なら高級な店で嗜む程度に遊んでこそ。


 ところが、ヤールシオールの元夫は家の金まで使ってとある娼婦に入れ込んだらしいよ。


 結局、その娼婦を身請けして愛人として囲うというところまで話が進み、怒ったヤールシオールが三行半を突きつけたそうな。


「我が家の援助を当てにしての結婚だったくせに、そんなお金の使い方、許せるとお思いですか!?」

「いえ、思いません」

「まあ、今となっては昔の話ですわ。それでも、一応伯爵家子爵家の結婚でしたから、それなりにお式のお作法は存じてましてよ?」


 大変助かります。という訳で、ヤールシオールが会頭を務めるロエナ商会では、出版部門を立ち上げる事になったそうな。


 ……私が仕事を増やした訳じゃないよ? ヤールシオールだからね?




 レーネルルナ号より小さいネーオツェルナ号は、最大乗客数が二十人というサイズ。


 とはいえ、レーネルルナ号に負けず劣らずの設備だ。娯楽、運動、食事。全てが最高級というね。


 船員は全て人形を使い、人間が接客する事は今のところ考えていないという。


 食事も、人形がヌオーヴォ館の料理長の技を習得し、船上で振る舞ってくれる。美味しい事この上ない。


 しかも、魚介類に関しては直接海で仕留める事も。エビカニ貝魚。美味しゅうございます。


 最大乗客数が少ないけれど、その分ゆったり気楽に過ごせていいね。


「これはこれで、高級感を前面に押し出せば喜ばれるのではありませんか? 家族だけの周遊ですとか」


 早速ヤールシオールが食いついた。


「それなら、同型船を造ればいいよ。これは私専用だっていうから」

「それもありですね」


 あっさり引くのは、彼女のいい所。


 領地の方は、ポルックスがヘレネやムーサイとうまくやってくれている。


 トリヨンサークから来た人達も、それぞれの宿舎に落ち着いて、研修を受けているところなんだとか。


『研修でデュバルでの過ごし方もたたき込みますから、ご安心をー』


 たたき込むって、何?


 ちなみに、グリソン殿下……じゃなくてウィグエント侯爵……言いにくいな。もうグリソン卿でいいや。


 彼はまだ王都にいるそうだ。王宮で、色々と勉強してる最中だってさ。そのうち、デュバルにも行きたいと言ってるって。


 歓迎しますよ? 二度とトリヨンサークに帰りたいと思わなくなるほどには。




 オーゼリア……というか、ブルカーノ島の近くから出航したネーオツェルナ号は、三日後にレズヌンド王国の港に到着していた。


 入港を前に、何やらもめている様子。


「既視感」

「そういえば、トリヨンサークの時も、上陸前にあれこれあったわね……」


 リラの言う通り、あの時を思い出したよ。


 入港の為の交渉は、カストルにお任せしている。弁の立つ奴だから、相手を丸め込めると思ったんだけど……


「難航してるのかな?」

「あのカストルが? ちょっと信じられないんですけど」


 だよねー。でも、入港出来ないままでいるのは、確かな事だ。


 ちなみに、ネーオツェルナ号の大きさなら、レズヌンドの港に入港出来るギリギリの大きさだって。これ以上だと、またボートを出す必要があるんだとか。


 それはともかく、入港に時間が掛かるとは思わなかった。折角カストルがタンクス伯爵に掛け合って手紙をゲットしてきたのにね。

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