第360話 思いもしなかったお願い

 鉄道が正式開通し、列車のチケット及び温泉街の予約も始まった。


「温泉街の宿の予約、全て二年先まで埋まったって」

「マジかー……」


 美容と健康を謳ったリゾートは他になく、目新しいものに飛びつく貴族達は軒並み予約に走っているという。まあ、実際に予約しに行くのは使用人なんだけど。


 で、結果がこれ。貴族以外の顧客はいないのかと聞かれそうだ。でも、今はいないのは当たり前。


 だって、列車のチケットがもの凄く高いんだもん。片道だけで王都に住む一般的な家庭の年収越えるよ?


 そんなに高額なのかよ!? って怒られそう。とはいえ、これも仕方ない事。これから徐々に値段を下げていくのさー。


「それと、山岳鉄道の予約も順調に埋まってるって」

「ほほう。今のところ、簡単にガルノバンへ行ける手段はあれだけだからねー」


 フォシギ領から船に乗れば行けるけれど、王都に住む貴族にとって、フォシギ領までいくのが遠いんだ。


 それはデュバルでも違わないんだけど、何せこっちは鉄道がある。寝て起きたら到着していて、そこから乗り換えてもその日のうちにガルノバン入り出来るんだから、早い早い。


 ガルノバン側との入国審査手続き等の話は、三男坊を送っていった時にあらかた決めてあり、既に山頂駅には出入国用のゲートも完備した。


 それと同時に、貨物用のトンネルも、実はカストルが密かに用意していたらしい。いつの間に……


「必要になるかと思いまして」

「何が?」

「いえ、こちらの話です」


 リラに突っ込まれて、笑って誤魔化すカストル。だから、人の考えを読むなとあれほど。


 トンネルの方も既に使えるそうなので、貨物はそちらで、人は山岳鉄道でと棲み分けだ。機関車、足りるかね?


「事後報告になりますが、機関車及び客車、貨物車は増産体制に入っております」

「そうなの?」

「カストル、その報告は受けていませんよ?」


 リラがお怒りだ。彼女は私のスケジュール調整もやっているので、領内のあらゆる報告は現在リラに行くようになっている。


「報告が遅れました事、お詫び申し上げます。エヴリラ様も、ご婚礼のお支度でお忙しい様子でしたので、つい」

「今度からは、報告だけは忘れないでください」

「承知いたしました」


 この二人、上下関係はないはずなんだけど、どうしてもリラの方が私の側にいる時間が長いから、カストルもリラに報告する事になる。


 彼女は秘書的役割をこなす事情から、仕方のない事なのかも。




 鉄道は山岳鉄道、ユルヴィルデュバル線だけではない。手始めにデュバルとペイロン、デュバルとアスプザットを結ぶラインも敷設が始まっている。


 ちなみに、両領地から王都へは、直通線は作らない。どっちも移動陣を使えば一瞬で行き来出来るから。一応、内緒だけどね。


 表だって王都へ向かう場合は、一度デュバルへ来てもらい、そこからユルヴィルデュバル線に乗り換えてもらう。この地域のハブ駅はデュバルなのだ。


 ちなみに、駅名はそのまんま「ユルヴィル」駅と「デュバル」駅。


 いや、凝った名前付けても忘れそうだったから……


 開通式の前に、駅の名前を決めろってリラに言われてグズグズ言ってたら、「だったらあんたの名前とユルヴィル伯の名前を付けるわよ!?」って言われたんだよね……


 兄はまだしも、私の名前が駅に付けられるなんてやだよ。なので、駅名が少ないのをいい事に、領地名をそのまま付けました。


 駅名なんて、シンプルな方がいいんだよ。




 と思っていたら、この駅名が各所に影響を与えたらしい。


「鉄道敷設の申し込みが来てる?」

「ええ。今まで渋っていた領主達から、依頼の手紙がこんなに」

「おおう」


 トレイに満載の手紙が、今にもこぼれそうだ。何でこんな事に?


「駅名に、領主の名を付けたでしょう?」

「いや、あれは領主の名じゃなくて、領地の名」

「どっちでもいいわよ。それに、線の名前もユルヴィルデュバル線じゃない? その辺りが各領主の虚栄心に火を付けたようなの」

「ええええええ」


 そんな事で、鉄道敷設を申し込むのか……


 まあでも、国内に流通を行き渡らせようと思ったら、この機に乗じるのも手だね。


「……そういえば、鉄道管理の為の会社って、立ち上げたっけ?」

「今のところ、領地内の一部署として動かしているわよ? でも、そろそろ鉄道会社として分離した方がいいとは、私も思うわ」


 だよねー。これからガルノバンとの行き来も増えるし、そうなると便数も増える。


 各地に線路を敷くとなると、もう一部署としてやっていくのは難しくなるだろうし。


「よし! 船会社と一緒に立ち上げちゃえ!」

「え? そっちも?」

「もちろん! 船会社の本社はウヌス村沖の人工島に、支店は王都のデュバルの店に」

「あの人工島も、そろそろ名前を付けなきゃね」

「ええええええ」


 また名前付けるのー?


「いつまでも人工島と呼ぶ訳にもいかないでしょう?」

「いいじゃん、それでえ」

「そうはいきません! ほら! さっさと決める!」

「えー……んじゃ、エヴリラ島で」

「冗談言ってないで、真剣に考えなさい!!」


 冗談じゃなかったんだけど。でも、それに決めたら今後出来る駅に私の名前を強制的に付けるって言われたから、諦めた。


 人工島改め、ブルカーノ島。ラテン語で「火山」という意味のブルカーノをそのまま付けた。つまり、火山島。


「何か、どっかにありそうな名前ね……」

「あったとしても、異世界だから大丈夫!」


 それに、名前には著作権って適用されなかったはず。




 ブルカーノ島といえば、各種工事が進められている。まだ島そのものが出来上がったばっかりなので、これから手を入れていく予定。


 まず港。大型クルーズ船レーネルルナ号も停泊出来るもの。他にも大型貨物船が停泊する予定。


 それらを造船したり点検、修理したりするドックも完備。メンテナンスは大事だよね。


 ウヌス村からは、長く伸びた橋がボードウォークになっており、そこをレトロな路面電車風の列車が走る。


 側を歩行者が歩くのを想定して、速度は遅め。走ったら追いつきそうなくらいかな。


 こちらは人専用で、貨物は地下に専用の地下鉄を用意した。ウヌス村や山の地下を走り、上に出るのは山の入り口付近。


 そこからは、高架線でデュバルまで走る予定。あ、そっちも整備しなきゃ。


 やっぱり、鉄道会社は早めに設立しなきゃ。領内やいつぞや王妃様から押しつけ……預けられた人身売買被害者達の中から、徐々に仕事が出来る人が増えているっていうし。


 そういう人達を使っていけば……


「主様。一つ、お願いがございます」


 考え事をしていたら、カストルから声が掛かった。


「カストルが願い事なんて、珍しいね。何?」

「私やポルックスの兄弟を作っても、よろしいですか?」

「はい?」


 そんな提案を、王都邸で朝食を食べている最中に聞かれた私の心情を、誰か察してほしい。


「……どういう事?」

「私とポルックスは分担して多くの仕事に従事しておりますが、未だデュバルは人手不足。このままでは、各工事が滞りかねません。いえ、既にもうなっています」


 う……それは任せた私にも責任が。


「ですので、私達と同様の働きが出来るものを作ろうかと」


 待って。あんた達みたいなのって、そんな簡単に作れるの?


「中央の研究所には、レシピがありますから」

「料理かい!」


 思わず突っ込んじゃった。うーん、それにしても。


 カストルとポルックス並に仕事が出来る人間……存在はほしい。だからといって、今この二人ですら持て余し気味なのに、これ以上増えて私の胃は大丈夫なのか?


「ご心配でしたら、能力には制限を掛けましょう」

「……出来るの?」

「もちろんです」


 こうして、カストルの「兄弟」が魔の森中央にある研究所で作られる事が決定した。


「そういえば、出来上がるのにどれくらい掛かるの?」

「一日もあれば、私達の知識を十分引き継げるかと」


 そんなに早く出来るの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る