第359話 平穏な日々なんてなかったんだ……

 王都の商業地区。大きな広場を中心に広がるそこは、王都の物が集まる場所。オーゼリアの物なら、ここで手に入らない物はないと言われる場所。


 いや、そんなの聞いた事ないんだけど。


「そりゃそんな話は上級貴族には出回らないもの。商業地区に自ら出かけてあちこちを見て回る貴族、どれだけいると思う? 大抵は出入りの商人を呼んで品物を持ってこさせるものでしょ?」


 うーむ。リラの言う通りかも。


 まあ、それは置いておいて、商業地区には確かに多種多彩な品が集まる。


 で、そんな中に、我がデュバル領も店を出そうという訳だ。


 扱うのはうちの特産品……あったのか? 特産品。


「ちゃんと報告書が上がってきてますが? あんたが探させたんでしょう? マイタケっぽいキノコ」

「あれか!?」


 あったね! でも、あれは温泉街でのみ出すようにしたんじゃなかったっけ?


「もちろん、調理したものは温泉街の目玉料理にするわよ。だけじゃなく、生で売ろうって話になってるの。それから、トレスヴィラジで獲れる魚ね。こっちは干物にする予定よ」

「ん? トレスヴィラジって、もう漁師はいないんじゃなかった?」

「あれ? 人形に漁をやらせるって決まったんでしょ? カストルが色々なものと並行して進めてたわよ。で、今回やっと売り物に出来るところまで来たって……」

「マジで!?」


 確かに、そんな事を考えたりはしたけれど。で、獲れた魚は温泉街でおいしく調理してもらおうとか考えた。


 でも、あれゴーサイン、出したっけ?


「え……じゃあ、カストルの先走り? でも、もう商品になってるわよ?」

「うーん……食用可なんだよね?」

「そこはカストルが太鼓判を押しました」

「なら、もういっか」


 物事って、こうして進むものなんですね。


 このデュバルの店に、温泉予約の為のカウンターを設ける予定。店員も、既にデュバルで教育済み。


 店長は、レフェルア。ヤールシオールと一緒にお義姉様の紹介でうちに来た三人の一人。


 ボエロート伯爵家の次女で、一度はアグイティ子爵家に嫁いだけれど、子なしを理由に離縁されている。


 夫のアグイティ子爵令息は既に再婚しているけれど、未だに子が出来たという話は聞かない。


『夫の方に子種がありませんから、当然でしょう』


 わーお。男性不妊かい。それが理由で離婚させられたレフェルアも、いい迷惑だったね。


『婚家で大切にはされていなかったようですから、渡りに船だったかもしれません』


 それでうちに来た時、悲壮感は一切なかったんだ……


 レフェルアは眼鏡を掛けた知的美人。どうも離婚した旦那はわかりやすいグラマー美人がお好みだったようで、再婚相手はまさにそういう女性。


 ただし、本来なら貴賤結婚になる。相手、平民だったんだよね。


 そういう時に抜け道として、他家にお金を払って養女にしてもらい、身分を整えて結婚する事がある。アグイティ子爵家が使ったのがこれ。


 ただなあ。どのみち旦那が不妊となると、アグイティ子爵家の先は暗いんじゃね?


『そうでもありません』


 どうして?


『新しい奥方は活発な方のようで、あちこちで仲良くしている男性がいるようですよ』


 カッコウかい。そういや、実父が引っかかったのもそういう女だったね。実父の愛人は、実父を金蔓としか思ってなかったそうだ。


 まあ、そういう女にころっと騙される実父も実父よのう。




 店舗オープンに先駆けて、やりたいのが鉄道の開通式。何せオーゼリア初の鉄道ですからね。大々的にやりたい。


 もう舞踏会シーズンを超えてるから大きな社交行事もないし、目新しいものには敏感な王都の人達の興味を引くにはいい時期かも。


「六月は結婚式が立て込むから、その前にやりたいしね!」

「ああ……そうよね……」


 そこ、花嫁が暗い顔をしてどうするの。もっとハッピーな顔をしなきゃ。


「いや、ハッピーな顔って、どんなよ?」

「えー? ニコニコしてるとか?」

「あんた、自分の結婚式前にどんな顔していたか、覚えてる?」

「覚えてない」

「もの凄く疲れた顔をしてたのよ」


 えー? そうだっけー?


「確かに結婚はおめでたい事だけれど、お式は準備も何もかも疲れるものなのよ。今頃、コーネシア様も同様だと思うわ」


 コーニーは精神もタフだから、今頃嬉々として式の準備をシーラ様と一緒にやってると思う。


 シーラ様も大変だよなあ。まあ、お義姉様を鍛える為と思って、頑張っていただきたい。




 鉄道開通式は、四月の頭に決定。各所に招待状を送るのがギリギリになってしまったけれど、仕方ない。


 本来なら私が手書きで送らなければならない招待状なんだけど、時間もないしズルをした。人形を使ったんだー。


 いやあ、こんな使い道もあるって事で。ずらっと並んだ人形に、私が見本として書いた招待状を見せて、そっくりそのまま書かせる。


 宛名だけはちょっと高級モデルにやらせた。文字の癖とかを覚えて、見本がなくとも私の字そっくりに書けるというね。


 ただ、作ったカストル曰く素材が希少なので、数が揃えられないそうだ。残念。


 売れるくらい作れたら、世の貴族家の奥様にバカ売れすると思ったのに。


 マダムに野外式典用のドレスも注文し、諸々の仕度も進んでいく。こういう高揚感のようなものは、いいねえ。


 そして式典当日は、あっという間にやってきた。


 本日の私の衣装は、茶色がベースの野外式典用ドレス。日中の装いなので首元まで詰まったブラウスにジャケット、裾が短めのスカート。ちょっとからげてバッスル風に見える。


 リラは紺色のドレスで、こちらはスカートはストレート。ロングタイトって感じ。バックにスリットが入っていて、レースが飾られている。


 揃えたのは、私とリラだけ。コーニーは家的に鉄道には直接関わらないから、ここでは衣装を揃える事はしない。招待してるけどね。


 式典はうちと、ユルヴィル家が合同で行う形になった。始点と終点の駅がある領地だから。


 とりあえず、挨拶その他は用意してもらった原稿を読むだけで、一番重要なテープカットはしっかりやった。


 一緒にカットしたのは、兄と私、サンド様、ゾクバル侯爵とラビゼイ侯爵の五人。


 一応、この鉄道事業はうちだけでやってる事だけど、バックには王家派閥がついてんぞ、と知らしめる為。


 まあ、デュバルもユルヴィルも王家派閥なので、今更ではあるんだけど。




 式典が終了した後は、ユルヴィルの駅舎で簡単なレセプションを。酒とつまみは全てデュバルの特産でーす。アンテナショップ及びロエナ商会で扱うから、買ってねー。


 あちこちで挨拶していると、近づいてくる人がいる。うわー、ゾクバル侯爵とラビゼイ侯爵だ。あ、サンド様も一緒。


「よう、デュバルの。やっと温泉街が稼働するんだってな」


 ソクバル侯爵、どこの反社な人達ですか。ただでさえ強面なんだから、もうちょっと自重してくださいよ。


「いやあ、やっと自由に楽しめると思うと、嬉しいよ。それで、別荘の件なんだけどね」


 ラビゼイ侯爵、さらっと断った案件を持ち出さないでください。しつこいなあもう。奥方はホテル滞在がお気に入りですよ。


「まあ、この二人の事は放っておいていいから」

「おい、サンド。そりゃどういう意味だ?」

「そうだよ。酷くないかい?」

「これ以上、レラに負担を掛けるなと言ってるんだ。どちらも、奥方に囁かれたくはないだろう?」


 あ、どっちも黙った。さすがサンド様。強い。


「それはそうとレラ、トリヨンサークに行くのに使った船、何やら面白いそうだね?」


 あ、そっちか。ヴィル様かコーニーにでも聞いたな。


「そのうち、大陸周遊の船旅でも売り出そうかと思ってます」

「ぜひ、詳しく!」


 三人が食いついてきたよー。まだ船会社すら設立していませんが。


 クルーズ旅行に関しては、ガルノバンとギンゼールにも話を通さなきゃならないから、もう少し先になると思うんだけど。


 やる事一杯ね。あー、忙しい忙しい。

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