第358話 帰っても仕事が一杯

 オーゼリアのフォシギ領、その港が遠くに見えてきた。ああ、帰ってきたんだなあ。


 デッキに出て感慨に耽っていると、他の人達もぞろぞろ出てきた。ちょうど、朝食の時間が終わった頃みたい。


「もう到着するのか……」

「名残惜しいわあ」

「デュバル侯爵、あの劇場で見たような芝居は、デュバル領でもやるのかね? 出来れば、王都で上演してほしいのだが」

「そうね! あれは素晴らしかったわ!」


 えー、皆様、船旅を満喫されてたようで……


「お、あれがオーゼリアかあ」


 グリソン殿下……じゃなかった、ウィグエント侯爵も出てきた。


「いやあ、それにしても、これ、本当に船なのかね?」

「船だよ? ちゃんと海に浮かんでるでしょ?」

「今でも信じられねえよ」


 失礼だな。ちゃんと船だよ。しかも居住性のいい。


「いや、その居住性とやらも、船にあるまじきものだろうが」

「そういう侯爵は、船に乗った事があるの?」

「一応な。子供の頃だけど、そりゃあ酷いもんだった……」


 遠い目になるほどだったのか。まあ、今のトリヨンサークの技術だと、そんなもんかもね。


 ちなみに、技術力は上のガルノバンの船は、居住性にやや難ありです。


 あ、アンドン陛下もまだ船に乗ってるよ。この後、王宮で国王陛下とお話し合いだってさ。


 で、その後はまたうちの温泉街に寄って、そこからガルノバンに鉄道で帰る予定なんだと。


 帰国が伸びるのって、よくないんじゃないの?




「なあに、国には半年留守にするって言ってあるから、平気平気」


 無事フォシギ領の港に到着し、ボートで下船した後、何とガルノバンの車で王都に向かってます。


 トリヨンサークでも全員運べたので、今回も訪問団全員を乗せている。


 ただし、ウィグエント侯爵と一緒に来た人達に関しては、フォシギ領から馬車でデュバルに向かってもらっている。カストル、グッジョブ。


 それはともかく。


「いや、平気じゃないですよ。何ですかその長期不在」

「ほら、船でトリヨンサークへ行くと、移動時間が結構かかるだろ? だから、あの国に行くならそれくらいの不在は覚悟しないとなって」


 そのトリヨンサーク行きだって、いきなり決めたくせに。最初はうちの温泉街に長逗留していただけだよね?


「国王も、臨機応変に動かないとな!」


 何かいい話風にまとめてるけど、国王なら臨機応変に動いちゃ駄目なんじゃないの? 振り回される宰相様の胃が心配。




 王宮には、一日で到着した。さすが車。


 訪問団の人達も、オーゼリア国内だと距離感がわかるからか、車の移動速度に改めて驚いている。


 そーだよねー。トリヨンサークだと、今ひとつ距離感がわかんないもんねー。ただ、車窓を流れる景色に、車って速いんだなって思うだけだと思うよ。


 フォシギ領の港に到着するちょっと前に、通信機を使って無事帰国した事、車で王都へ向かう事、大体の到着時間などをアスプザット侯爵邸に報せておいた。


 なので、王都に到着してすぐ、王宮での謁見が待っていたさー。旅の汚れは、船でしっかり落としておいたしねー。


 あ、アンドン陛下は別口です。あちらは非公式な会談になるそうな。


「よくぞ無事に戻った」

「は。これも陛下のご威光の賜と存じます」


 今回のトリヨンサーク行き、成功したのは別に国王陛下の力添えがあったからではないけれど、こういうのはその場のお約束だ。


「して、見慣れぬ顔があるが?」

「こちらは、トリヨンサーク国王、ネヴァン陛下の弟君、ウィグエント侯爵グリソン卿にございます」


 この場では、ウィグエント侯爵は何も言わずに頭を下げるだけ。後ほど、別で拝謁の場を設ける話になっている。


 とりあえず、帰国の報告とトリヨンサークとの間に交わしたあれこれ、うちが個人的に始める交易などなどをヴィル様が報告する。


「ふむ。では、かの国にもデュバル侯爵が鉄道を広める……と?」

「はい。それまでは船での交易をと考えております」


 これも、ヴィル様が私の代わりに言ってくれる。というか、ヴィル様が伝える事で、交易はデュバル家だけで行うものではなく、アスプザット、ひいてはペイロンも噛んでるよと伝える事になるんだよねー。


 帰ってくるまでの航海で、ヴィル様にたたき込まれました。


 そもそも、交易の話云々は既に王宮に通信機で伝え済みだってさ。そういえば、ヴィル様は携帯通信機持ってたね……


 私が航海中やトリヨンサークにいる間にも、通信機でリモートワークを人知れずやっていたように、ヴィル様も王太子殿下、また殿下を通じて国王陛下ともやり取りをしていたんだってさ。


 なので、この謁見での報告は既に根回し済み……と。




 謁見も無事終了し、私はユーイン、リラと一緒に王都邸に。ヴィル様は、まだ仕事が残ってるんだってさ。大変……


 時刻は夜の八時。遅い夕食だねー。とはいえ、既に邸には帰る連絡が行ってるので、食事の用意が出来てるそうな。使用人、優秀。


「そういえば、王都邸を任せているのって、今は誰だっけ?」


 ルミラ夫人はネオポリスのヌオーヴォ館を管理しているので、王都邸を管理する人を選出しないままだったんだよね。


「知らなかったの? 今はルチルスさんがまとめているわ」

「マジで!?」


 いや、確かに彼女はうちで働いているけれど、いきなり王都邸を任されるほどだとは思わなかったわ……


「まだ若く経験が足りないって本人も言っていたけれど、少しずつ回復してきているセブニア夫人が補佐で入ってくれてるの」

「大丈夫なの?」


 セブニア夫人は、忙しすぎるヌオーヴォ館の管理に忙殺され、過労で倒れた人だ。


 確かに仕事が出来る人ではあるんだけれど、元は男爵家の奥方。伯爵家出身で別の伯爵家に嫁ぎ、家を切り回していたルミラ夫人に比べるといささか手の抜き方がうまくない。


 そう、邸の管理なんて、うまく手を抜いて下の人間を働かせるようにしないといけないらしいんだ。


 使用人を使いこなす。それも家政婦に求められる技能だという。出来るのであれば、一家の奥向き全てを統括する立場の奥方の仕事らしいんだけど。


 私の場合、他の仕事であちこち飛び回ってるからね……その辺りは求められないんで助かります、はい。


 王宮からは馬車で王都邸まで。この馬車は王宮からの借り物だから、私達が下りたらそのまま王宮へ帰る。


 王都邸の扉を開けると、本当にルチルスさんがいたよ。


「お帰りなさいませ、ご当主様」

「あ、はい」


 いや、何て返していいか、わかんないじゃない?


 ちょっと前まで一緒に学院で勉強していた同級生が、今は使用人として自分の下にいる。その現実を突きつけられた感じ。


 おろおろしていたら、隣のリラから肘打ちを食らう。


「しっかりしなさい。彼女の方が、肝が据わってるわよ」

「えー、そんな事言われてもー」

「長旅、お疲れでしょう? お食事の用意が調っております」

「あ、はい」


 先程と同じ返しをしたら、さすがにルチルスさんにも笑われた。


「今はいいですけれど、これから慣れていってくださいね? ご当主様」

「ええと、善処します」


 リラからは「どこの政治家だ」って小声で言われたけどさー。だって、戸惑うじゃん。私、悪くない。




 用意してもらった軽い夕食を食べ、お風呂に入って一休み。あー、帰ってきたなあ。


「くつろいでいるところ悪いけれど、書類が届いてるわよ」

「うわあああああん!」

「いや、あんたがあれこれポンポン考えついた結果だから」


 つまり自業自得という訳ですね。くう!


 リラから差し出された書類は、温泉街に関するもの。そういえば、とっととデュバルユルヴィル線の開通式をやって、正式に鉄道を開通させないと。


 温泉に入りたいと願っている人達からの、突き上げが怖いっす。


「ええと……ああ、王都の店舗、決まったんだね」

「前から場所だけは確保していたんだけど、実際何を置くんだって話になってたから」

「ヤールシオールがやってる商会の品を置くんじゃないの?」


 ロエナ商会。取り扱う品はデュバルの特産品のみ。それでも、業績を右肩上がりで伸ばしてるっていうんだから、凄いよねー。


「そっちとは別。こっちはどちらかというと、もっと庶民向けのアンテナショップみたいな感じかな」

「ふうん。でも、ここでしか、温泉宿の予約、取れないんだよね?」

「窓口は少なくするって、決まったでしょう? あちらこちらに窓口を作っても、対処仕切れないから」


 そうなんだよねえー。作ろうと思えば窓口はいくらでも作れるんだけど、一箇所に限定した方が管理はしやすい。

 そして、王都で予約をすれば、必ず宿は取れるというのは、今回の売りの一つだ。


「列車の切符も一緒に購入出来るようにしてるし、これで鉄道事業が活気づけばいいなあ」

「その分、あんたの仕事も増えるけどね」

「あう!」

「嫌なら、鉄道事業もとっとと会社作って分けなさい」


 そーですね。

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