第356話 気にしない気にしない

 当面の人材がゲット出来たのは、いい事……なんだろうなあ。


 グリソン殿下自身のオーゼリア行きは既に許可を得ているそうだけど、他はまだなんだって。


 平民とはいえ立派なトリヨンサークの国民。王弟として連れ出すには国王の許可がいる。


「という訳で、兄上に許しを貰ってくるよ」

「いってらっしゃい」


 陛下、まだヴィル様達と話し込んでるね。誰も近寄れないオーラを感じるわ。


 そこにほいほい入っていけるのって、もしかしなくてもグリソン殿下の才能なんじゃないの?


 何やら兄弟間で話している姿を遠目に見ていると、何故かネヴァン陛下がこちらを見た。あ、そのままこっちに来る。


「侯爵、弟を預かってくれるとか。感謝する」

「い、いえ……」

「それに、他にも何人か、そちらの国の技術を学ばせてもらえるとか」

「えー……」


 そんな話になってんの?


 他国の技術を学ぶ為の、いってみれば留学のような話にまとまってる。えー、うちの人材補充って話じゃなかったのー?


 ネヴァン陛下が立ち去った後、じろりとグリソン殿下を見たら、へらっと笑われた。


「いや、ああ言っておいた方が、兄上も許可を出しやすいかと」


 この王子様、どこが卑屈で怠惰なんだ? その噂流した連中、ちょっとここに出てこようか。小一時間正座で問い詰めてくれる。




 留学である以上、一定期間で帰国する必要がある。その辺りをまとめた書類をカストルが作ってくれた。


 夜会から部屋に戻ったらもう用意されてるって、どういう事?


「本来ならこういうのを作るのは私の仕事なんだけど、話が急すぎて……」


 リラが悔しそうに呟く。実は夜会の場所から戻ったの、私とリラだけなんだよね。


 ヴィル様やユーイン、コーニー達も、まだ会場にいる。私達は一言入れて、先に戻ってきたってだけ。


 部屋でお茶でも……とリラと一緒に戻ったら、この状況。確かに、書類作成は秘書の仕事であって執事の仕事ではないわな。


「いやまあ、カストルが出来るし」

「そこは、仕事の区分けなのよ!」


 そこはほら、便利に使える有能執事って事で。


 作ってもらった書類を確認しつつ、リラとおしゃべり。


「条件はこれで大丈夫そう?」

「どれ……うん、いいと思う」


 留学期間は最長五年。ただし、本人が希望すれば延長可能。もちろん、最長なのでこれより短い期間で帰国してもOK。


 留学中の衣食住は、基本留学する当人の負担。ただし、トリヨンサークからの補助金あり。


 また、留学先で就労した場合、その賃金が支払われる。その最低時給も記載済み。


 最低賃金を下回る賃金しか支払われなかった場合、賠償金の支払い義務が生じる。


 その他、病気や事故などで帰国せざるを得なくなった場合、最悪死亡した場合なども書いてある。


 同じ内容のものが三部。それぞれネヴァン陛下、私、バンブエット侯爵で一通ずつ持つ形。


「明日になったら、これを持ってお話し合いかな」


 あくまでこれは、こちらから提案する内容。向こうからも条件を付けられる可能性はあるから。


 今回、こちらの帰国時期が迫っているんだけど、この内容だけはきちんと詰めないと。


 何せ、預かるのが人間だからね。穴だらけの条件で連れて行く訳にもいかない。


「もう帰国するギリギリだってのに……」

「まあ、クーデターなんかあったからねえ」


 でも、あれがなければグリソン殿下の事を知らずにいたかもしれないし、今回の人材ゲットにも繋がらなかったかも。


 単純にトリヨンサークって嫌な国ね、で終わった可能性もある訳か。……いや、だからといって、故エザック侯爵にもエミトにも感謝はしないけど。




 ネヴァン陛下との話し合いはスムーズに終わった……らしい。こういうのが苦手勢として、ヴィル様に丸投げしたんだよね……


「通ったぞ。この条件でいいらしい」

「本当ですか? よかったー」


 これさえ通れば、後はいつでも帰れる。ちなみに、グリソン殿下と一緒に連れて行く人達は、大急ぎで仕度をしている最中だとか。急かしてすまんねえ……


 その代わり、デュバルでの住居は使い勝手がいいように調えているから。


「それと、グリソン殿下からも少し話があったが……交易の話だ」

「う……はい」


 マダムとヤールシオールからの要請もあり、何とか生地の取引だけでもーと思うんだよね。


 国同士でなくとも、うちの領とだけの取引でもいいんですよ?


「実は……話し合いの前にアンドン陛下とネヴァン陛下が歓談したらしくてな」

「アンドン陛下?」


 そういえば、ここしばらく姿を見ていないね。クーデターの時は声を聞いたけど。


「アンドン陛下から、鉄道の話がネヴァン陛下に伝わったそうだ」

「あ」

「で、陛下からぜひにと言われてな」


 お、おお。これは、アンドン陛下グッジョブ案件?


「ガルノバン、ギンゼール同様、運賃をこちらで決められるのなら建設費は掛からないと伝えておいたが、構わなかったか?」

「いいです、ありがとうございます!」


 グリソン殿下がデュバルに来る以上、簡単に帰れる手段はあった方がいい。それ以外にも使えるかもしれないのだから、鉄道は作っちゃおう。


 いやあ、話って、動く時ははいっぺんに動くなあ。

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