第355話 最後の夜

 とりあえず、商会の連中とクイソサ伯爵に関しては、ヴィル様にだけは事情を説明しておいた。


「……それ、黙ったまま帰国するつもりか?」

「駄目ですかねえ?」

「ネヴァン陛下……というより、バンブエット侯爵には、話を通しておこう」


 やっぱり、そうなるか。


 バンブエット侯爵は、現在宰相のような地位にいるらしい。陛下の相談役というか、右腕というか。


 なので、諸々でちょっと精神的疲労が酷い状態のネヴァン陛下に持っていくより、バンブエット侯爵に持っていった方がこちらに有利に働く、というヴィル様の計算だ。


 結果的に、我が領で死ぬまで働かせて罪を償わせる事が出来るなら、経過はどうでもいいです。




 ヴィル様はすぐにバンブエット侯爵にアポを取り、話を通してくれたらしい。


「了承が取れたぞ」

「本当ですか? よっし!」

「トリヨンサークとしては、クイソサ家は取り潰すから、好きにしてくれという話だ」


 ほほう。ベクルーザ商会に関しては、元々トリヨンサークの商会ではないから、王家が口出しする理由はないとの事。


 これで全部まとめて強制労働にぶち込めるわー。あの金獅子騒動の恨みは、ここで晴らしてやんよ。


 グフグフ笑ってたら、ヴィル様が首を傾げていた。


「……そんなに腹を立てたのか? あの事件」

「もちろんです! 腹立たしい事この上ない!」

「似たような事件は、いくらでもあっただろうに」


 そういう問題じゃないんですよ! 私を名指しで襲撃しようとした事が問題なんです!


 しかも、金獅子ですよ? 近衛とはいえ、まだ尻の青い若造連中に、こいつなら簡単に襲えるだろうと軽んじられたんですよ!? 許せます!?


 鼻息荒く説明すると、ヴィル様が引いてた。何でー?


「いや……あの連中を尻が青いって……全員、お前より年上だぞ?」

「だからなんです? 経験値が足りていないのは確かでしょう?」

「まあ、確かに」


 そうなのだよ。騎士団に入ってろくな経験も積んでないくせに、「俺等は出来る」って驕り高ぶってあの行動をしてるってのが、一番の問題なのだよ。


「きちんと騎士団で経験を積み、王族の方々がどういう考えで動いておられるのかが読めるようになれば、あんな浅はかな行動は取らなかったでしょうよ。現に、先輩騎士達は誰もあのバカ達に賛同していなかったでしょう?」

「そうだな。それは、レラの言う通りだ。ただ、年上の騎士達は、コアド公爵と同年代として過ごした訳ではない。そこは、考えてやれ」


 むー。確かにコアド公爵ルメス卿は傑出した人物ですよ。頭でっかちな秀才でなく、本物の天才だと思うし。


 ただ、あの人王位を望んでなかったよね? 兄である王太子殿下とも仲がいいし。


 それに、今は奥方との間に生まれた姫君を愛でるのに忙しくしてるしなー。そんな人を王位に就けようなんて、自分勝手もいいところだよ。


 そして、それを実行に移させたポーラヴァン伯爵と、彼に入れ知恵したクイソサ伯爵、及びベクルーザ商会が許せん。


 ベクルーザ商会は、他にもガルノバンやギンゼールで貴婦人や王を殺そうとしてたからね。


 殺意を持った人間が他にいても、そこに毒という道具を提供したのは商会だ。私の中では等しく有罪。


 殺意を持って毒を盛った人達は、それぞれの国の法で裁かれている。だからこそ、商会もクイソサ伯爵も、同様に裁かれるべきではないかな?


「クイソサ伯爵に関しては、本来ならトリヨンサーク側で裁くべきなんでしょうけれど」

「奴は他国で悪さをしすぎたからな」


 その通りです! だから、代表して私が罰を与えるのだ。大丈夫、うちのカストルは生かさず殺さずが得意だからね。


 あ、何か今どっかで「不本意です」って呟かれた気がする。




 使節団である以上、社交からは逃れられない。そして、今夜はトリヨンサークで過ごす最後の夜だ。


 夜会は盛況で、今まで参加したどの催し物よりも盛り上がっている。何で?


「大方、今までエザック侯爵に色々な意味で牛耳られてたからじゃない? その本人がいなくなった事で、重石が取れたんでしょうよ」


 なるほど。リラの読みが正しいのかも。出席している顔ぶれは変化しているけれど、誰の顔にも明るい笑顔があるわ。


 クーデター自体は不発に終わったので、王城内での処理のみで終わった。エザック侯爵は急病で身罷った事になり、エミトは同じ病に罹患中でそのまま離宮で静養する事に。ほどよい頃に、病死と発表されるでしょう。


 彼に関しては、それまでは王城の地下牢最下層にそのまま放置される事になるってさ。あの最下層は、エミトを入れたまま封鎖されるそう。残されたエミトは……まあ、そういう事だ。


 太后ヴェルナルーテは王城に戻ってきたものの、社交に出るつもりはないらしい。元々、あまり人付き合いが得意な方ではなかったそうな。


 なのに、薬の影響で色欲魔のようになってたとは。その間の記憶がなかったのは、本当よかった。


 エザック侯爵の急死を受けて、侯爵派と呼ばれる人達は宮廷から追放されたってさ。今まで国政を好き勝手にして、国の金もポッケナイナイしていた人達が多かったようだよ。


 まあ、権力に群がる連中って、金銭欲も強いもんね。その結果、全員役職クビになって、二度と社交界で浮上出来ない状態になったけど。


 エザック侯爵の死を受けて、バンブエット侯爵が正式に内務大臣に就任している。外務も大事なんだろうけれど、トリヨンサークはしばらく内務に力を入れていくそうな。


 これまで、エザック侯爵や前王のせいで国内がボロボロだからね。ネヴァン陛下やバンブエット侯爵には頑張ってほしいところ。




 夜会の始めは、リラと一緒に壁際にいた。何となく、会場の中央に行きたくなくて。


 今回の注目の的は、コーニーとイエル卿。ヴィル様とユーインがどこにいるかといえば、ネヴァン陛下とバンブエット侯爵の四人で何やらお話中。


 おかげで周囲の女性陣が、ユーインにもヴィル様にも近づけないよ。ざまあみろ。


 悔しそうな顔でネヴァン陛下達を見ている女性陣を見て、内心舌を出していたら、声が掛かった。


「そんなところで休憩かあ?」

「あら、グリソン殿下」


 第二王子、グリソン殿下だ。彼は未だに卑屈で怠惰というイメージが抜けないそうで、逆にそれを生かしてのらりくらりと過ごしているらしい。


「相変わらず王城を抜け出しても文句言われないしな。楽だよ」


 それもどうなんだとは思うけれど、他国の事だから口は出さない。


 もっとも、グリソン殿下の行く末には、ちょっと口を出したいけれど。


「どうするか、決まった?」


 主語は言わない。でも、相手にはちゃんと通じている。


「……俺さ、兄上とちゃんと話したんだ」

「おお」

「兄上も、俺とどう接していいか、悩んでいたんだって。兄弟だなって、笑っちまったよ」


 どうやら、お互いのわだかまりはなくなったらしい。なら、オーゼリア行きはないかな。


「だから、オーゼリアに行きたいと思う」

「はい?」


 あれ? 何で? 問題がクリアになったんだから、国内でお兄ちゃんを助けるんじゃないの?


 私が驚いている様子に、グリソン殿下は満足そうだ。


「俺が国に残ると思ったんだろう? 内務はバンブエットのおっちゃんがいれば何とかなるよ。俺は、将来を見据えて国外を見ておきたいんだ。その手始めとして、オーゼリアに行きたい。って訳で、よろしく!」

「お、おお、こちらこそ?」

「何で疑問系なんだよ。あ、それと、俺だけじゃなくて、他にも何人か連れて行きたいんだ。いいかな?」

「それは……即答は出来ないかなあ。一応、調査はするよ?」

「ああ。全員平民なんだけど、俺の乳母を務めた人が下町で私塾のようなものをやっててさ、そこの成績優秀者を連れていきたい」


 何だか、学院生の頃に聞いたような名称が出てきたね。それにしても、下町で私塾か……


「いっそ、あなたの乳母家族も連れていかない?」

「! いいのか!?」

「ええ」


 一人増えるも三人増えるも、あまり変わらないから。

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