第353話 世の中ままならない

 色々とあったトリヨンサーク訪問も、そろそろ終わりを迎える。


 帰り支度でバタついている中、マダムとヤールシオールの二人はほくほく顔だ。


 思い通りの結果を出せたそうで、マダムはトリヨンサーク特産の布地の確保、ヤールシオールは持ち込んだ陶器が完売したらしい。


 そんな二人は、あのクーデター騒動の中、日中の疲れからぐっすり寝ていて騒動に気付かなかったんだとか。


 起きていて騒動が起こっていると知って怖がるより、余程いいと思うよ。ヤールシオールは「貴重な体験をし損ねた」って言ってるみたいだけど。


 いや、クーデターに巻き込まれるなんて、下手したら命を落としていたかもしれないんだからね?


 まあ、身の安全は指輪やブレスレットでしっかり確保しておいたけどさ。




「侯爵様! ぜひ! 定期的に布地を仕入れていただきたいと思います!!」


 マダムにそんな直談判を受けたのは、最後の夜会が行われる前日の朝。


 トリヨンサーク特有の紋様を織り込んだ薄い布地は、オーゼリアで再現出来るか不明なんだとか。


 カストルに聞いたところ、素材そのものが入手困難かもって話。


 魔物でなく魔獣扱いの虫のサナギから取る糸を使ってるんだって。蜘蛛の糸じゃ代用出来ないの?


「薄さは再現出来ますが、風合いや手触りは厳しいですね」


 そうかー……ここに来て、トリヨンサークとの交易にメリットが出て来ちゃったよ。


 マダムが欲しがる布地って事は、今後オーゼリアでその布を使ったドレスが流行するって事だ。だったら、定期的に仕入れられるようにしておかないと、貴婦人達に恨まれかねない。


 布地の柄も、飽きのこないタイプらしく、長く使えるとはマダムの談。


「んー……今日これから陛下とお茶だから、その時に話題に出してみるよ」

「ありがとうございます!!」


 マダムが退室したら、今度はヤールシオールが訪問してきた。


「ご当主様! ぜひトリヨンサークにも鉄道を!! 船で移動するより、きっと早いですわ!!」

「えー……」


 まだガルノバンにすら、必要な箇所の敷設が終わってないのに。終わるどころか、着手すらしていないよ。


 なのに、トリヨンサークまで伸ばすの?


「この国、まだまだ陶器が売れますわ!! 模様が違ったり、破損での買い換え需要も見込めます!!」


 ヤールシオールの目が、ドルマークに見えるー。


「……一応、今日の陛下とのお茶の時間に、話題に出してみるよ」

「よろしくお願いします!」


 浮かれた様子で部屋を後にするヤールシオールを見送って、思わず一言こぼした。


「どうしてこうなった」




 陛下とのお茶は、庭園で行われた。これまで使った中庭ではなく、別の庭園。てか、王城にこんな場所、あったんだ……


 本日のお茶会は、参加者が三人のみ。ネヴァン陛下と私とユーイン。これは陛下側からのたっての頼みだったんだって。


「長らく使っていなかった場所だが、園丁が手を入れ続けてくれていたらしい」


 綺麗に花が咲く庭を眺めながら、ネヴァン陛下がもらす。冬の庭は寂しいかと思いきや、冬咲きの花であふれかえっていた。


 小ぶりだが色鮮やかな花が多く、なかなか見応えがある。これだけ綺麗な庭園なのに、今まで封鎖でもしていたのかな。


「オーゼリアからの客人には、多大な迷惑をかけてしまった。許せ」

「畏れ多い事にございます」

「お気になさらず」


 私とユーインの言葉に、どこかほっとした様子を見せる陛下。あの後も、事後処理に追われているらしく、疲労の色が見えた。


 まあねえ。中身はどうあれ政治に長らくがっつり食い込んでいたエザック侯爵が亡くなり、公称第三王子だったエミトは幽閉中、多くの兵士達がリハビリを必要とする体になってしまっている。そりゃ事後処理も大変だわ。


 ベクルーザ商会が使っていた薬は、カストルが言うように半端な品だったようで、使われた人の大半が一年から二年近いリハビリが必要になっているらしい。


 正直言うと、私が使う回復魔法を使えば一挙に治せるけれど、人数が多いのでやりたくない。ネヴァン陛下も気付いているんだろうけれど、要請は来ていないから、まあそういう事なんだろうね。


 太后の場合は、死にかけだったから回復魔法を使った。あのまま、彼女に死なれるとちょっと寝覚めが悪いし。


 兵士達は死ぬ危険性が低いから、頑張って自力で克服してもらおう。


「母だが」


 おっと、その太后の話か。


 あれ以来、太后ヴェルナルーテは離宮に戻らず王城で過ごしていると聞いている。失った体力を取り戻すのに、少し時間がかかるそうだ。


 瀕死状態から、無理矢理復活させたようなものだからね。


 太后の事を語るネヴァン陛下は、何だかすっきりした表情だ。


「薬を使われていた間の記憶がないらしくてな。目を覚ましてから私を見て、とても驚いていたよ」


 ネヴァン陛下は父親の先王リクスに顔立ちが似ているものの、そこまでそっくりという訳ではないそうな。


 ただ、子供の頃の面影が残っているので、ネヴァン陛下とわかったらしい。そりゃ自分の記憶の中では子供だった息子が、いきなり大人になってたら驚くわな。


 幸い、リクス王の死を告げても混乱はせず、落ち着いているそうだ。


「グリソンを産んだ事は覚えているようだが、何せ赤ん坊の姿しか覚えていない。おかげであれに会わせていいものかどうか、迷っている」


 薬を使われ始めたのは、グリソン殿下を産んでからだったはず。そして、薬を使われていた間の事は覚えていない。なら……


「太后殿下は、本物のエミト殿下の事も覚えてはいらっしゃらない?」

「ああ」


 そうか……産まれてすぐ亡くなってしまった、可哀想な子供の事は覚えていないのか。


 ただでさえ、他人と入れ替えられてしまったのに。


「エミトの事は、私とグリソンが覚えておく。母は、知らなくともいい」


 それは、ネヴァン陛下なりの、一連の騒動に対するけじめのようなものなのかもしれない。




 何となく、マダムやヤールシオールに頼まれた事を口に出来る雰囲気ではなかったので、交易や鉄道の話は出せなかった。


 こういう時、人付き合いの下手さが現れるよねー。


 改めて話す場を設けてもらうにも、帰国の時間が迫ってきている。どうしたもんか。


 ぐるぐる考えていたら、夕食の席にグリソン殿下が参加するという。別に、今夜の夕食は公式のものではないのに。


「だから、個人的に参加するんだよ」

「ああ、そうなんだ」


 すっかりグリソン殿下相手は気安くなってる。いや、本人がそう望んでいるしさ。


 そんな殿下は、母親の事でちょっといじけているようだ。


「だって、俺の事まったく覚えていないんだぜ? 酷くないか?」

「そりゃしょうがないでしょ? 太后殿下の時間は、あなたを産んですぐくらいで止まってるんだから。赤ん坊がいきなり成人の姿で目の前に来たら、誰だって驚くって」


 ネヴァン陛下は、幼児とは言え子供だったから何とかなったけれど。


 産まれて間もない赤ん坊が、いきなり今の姿になったら誰でも受け入れるのに時間がかかるよ。


 グリソン殿下も、頭では理解しているらしい。


「まあ、俺の事はいいや。お袋が元に戻ったから、兄上も養子を取るのをやめるかと思ったんだけどなあ」


 ん? どういう事? 話が繋がらないと思ったのは私だけではなかったらしい。


「グリソン殿下。それは、どういう意味ですか?」


 ヴィル様からの質問に、グリソン殿下が何でもない事のように答えた。


「ああ、兄上が結婚しないって宣言したのって、お袋の……もっと言うと、爺さんの血筋を王家に残したくなかったからなんだよ」

「え? 種なしだからじゃなかったんだ?」

「レラ、もう少し言葉を選べ」


 いけね、ヴィル様に怒られた。でも、グリソン殿下は怒ってないよ?


 ダメですかそうですか……


「まあ、対外的にはそういう事にしてるから」


 怒ってはいないけれど、殿下は苦笑いだ。


「既にパロヴァン伯爵家とは話がついているでしょうから、今更撤回は難しいでしょうね」

「そうなんだよなあ……」


 ヴィル様の言葉に、グリソン殿下はどうしたものかと悩んでいる。


 弟としては、兄に幸せな結婚をしてほしいのかもね。

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