第352話 続き

 オーゼリアで起こった、王位継承に関する騒動。それを裏で操っていたのはある伯爵だった訳だけど、その伯爵に加担していたのは、ここトリヨンサークのクイソサ伯爵という人物だった。


 その騒動で、私は実害を被っているからクイソサ伯爵という人物には恨みひとしおだ。会った事もない相手だけどね。


 で、そのクイソサ伯爵は、私達の情報をエミト側に渡していたという。うちのクック氏も情報を横流ししていたけれど、あれはエザック侯爵ではなく、その手前のダメ伯爵ことリヤンヘーフ伯爵に、だからねー。


 しかも、横流しした情報は団員に貸与した指輪の話のみ。渡した情報の多さでは、おそらくクイソサ伯爵の方が上でしょ。


 しかもクイソサ伯爵、今回トリヨンサークで起きたクーデターの裏にいた、とある商会の子飼いであるという。


 商会の名は、ベクルーザ商会。表向き何でも扱う商会としているけれど、主な商品は毒。


 この毒のせいで、オーゼリア、ガルノバン、ギンゼールの王侯貴族が命を落としかけている。もっとも、オーゼリアの場合は毒を飲んだ人はいないので、今のところ実害なしではあるけれど。


「その、ベクルーザ商会という商人の目的は何なんだ?」


 ヴィル様の言葉は、私達全員が思う事。本当、何がしたいんだよあの商会。


 これに答えたのは、ベクルーザ商会をとっ捕まえて、ほんの少し前まで情報を引き出していたカストルである。


「彼等の目的は、この大陸を統一し、自分達の傀儡政権を樹立する事です」

「はあ? 大陸の統一?」


 ヴィル様が、久しぶりに素っ頓狂な声を出した。王太子殿下の側に仕えるようになってから、大分感情を押さえる事を覚えたからなー。


 ちょっと昔の姿が出たようで、懐かしい。


「大陸統一って……また見果てぬ夢を」

「イエルの言う通りだな。小王国群ですらまとまらないというのに、大陸全ての国を一つにまとめようだなどと。世迷い言もここに極まれり、だ」


 イエル卿、ヴィル様の言う通り、大陸統一はどこの国も一度は考える事。でも、正直難しい……というか、無理だと思う。


 オーゼリアの南にある小王国群。ここだけでも、まとめるのは大変困難と言われているのだ。


 武力でまとめようとした王もいたそうだけど、結局まとまったかに見えて反逆精神を脈々と受け継ぎ、油断した途端に独立されてしまったんだとか。


 小王国群ですらまとまらないんだから、他の五つの大国を飲み込むなんて、まず無理だって。


 でも、ベクルーザ商会は出来ると踏んだ。おそらく、薬の力を使って。


「かなりの自信でしたよ。ただ、扱っている薬は私に言わせれば、どれも不良品。実用に耐える品ではありません」


 カストルがしれっと言う。いや、君薬師ではなく我が家の執事でしょう? おかしな事を言わないの。


 おかげでヴィル様達がぽかんとしてるじゃないの。


「えー、とりあえず、今回の騒動、黒幕はベクルーザ商会だったという事で」


 何とかこの場の空気を変えようと、ざっくり話をまとめてみた。これが結論でいいよね?


 でも、意外なところから質問の声が上がる。


「まだわからない事があるわよ?」

「え? 何? コーニー」

「今回の事って、元はエザック侯爵が考えたのよね? いつの間にかエミトに乗っ取られたみたいだけれど。いつ頃、逆転したのかしら?」


 ああ、それかー。どこから話せばいいんだろう。


 ちょっと悩んでいたら、カストルから声がかかる。


「それは私の方から説明します」


 お、頼んでいい? ありがとう、助かるよ。


「エミトは駒としてベクルーザ商会が用意した人物ですが、商会にとっても意外な事に、才能を発揮しました。そこで、商会側が侯爵を用済みとみなし、エミトを中心に据えるようになっていったようです」

「まあ」


 そうなんだよねー。エザック侯爵は最後まで、商会が自分を捨てたなんて思ってもいなかっただろう。


 だから、王城の地下に囚われても、きっと商会が助け出すと考えていた節があるんだよなー。結果はアレですが。


「とはいえ、エミトも商会にとっては所詮駒。今回も、旗色が悪くなりそうなのを見て、隣国に拠点を移すべく動いていました。おかげで隙が出来て、一網打尽に出来ましたが」


 そう、今回の件で、面倒だったベクルーザ商会は壊滅に追い込む事が出来た。


 これだけでも、気分が楽になるよ。


「その、ベクルーザ商会ってのは、トリヨンサークの商会なのかい?」


 イエル卿、嫌なところに突っ込んできたな……


 でも、これに関しては既にカストルと打ち合わせ済みだ。


「いえ、ここから東に海を渡った先にある、他大陸の国から来たそうです」

「何だって!?」


 おっと、イエル卿だけでなく、ヴィル様も驚いている。ユーインが驚いていないのは、私から聞いてるから。


 ほら、こういう情報は共有しておいた方がいいじゃない? 黙っておくのもなんだし。


 驚く私達以外の四人に対し、カストルが淡々と続ける。


「アスプザット侯爵はそろそろお考えのようですが、この大陸以外にも大陸はあり、国があります。そちらとの交易を考えるのも、国としては当然かと」

「いや、しかし、あんな商会が出た国だぞ?」

「商会は商会、あくまで個人のものです。国はまた違うと思われます。もっとも、実際に行ってみない事にはわかりませんが」


 これは嘘。以前カストルが言っていたように、戦争ばっかりで古代の魔法文明が滅んでしまい、今は魔法技術がほぼ消えている国だ。


 かといって、ガルノバンのように突出した技術がある訳でもないんだとか。だとすると、大型船を造る事も出来ない国って事になる。


 船で襲撃してくる危険性は薄いね。


 彼等は必死の思いで大陸間を移動し、この大陸で自分達が覇者になる夢を追った。それが表向きのストーリー。


 まあ、裏も似たようなものだけどね。ただ違うのは、彼等が太古の魔法技術を解読し、断片的にとはいえ使いこなしていた事。


 彼等が使っていた薬も、この技術による。一応、あれらは不完全でも魔法薬と呼ばれる品だったらしいよ。


 ちなみに、カストルとポルックスなら完全な魔法薬を作れるそうです。てか、彼等の前の主とうちの初代ご先祖様は、その薬作りの第一人者だったそうな。マジかー。


 で、その薬の売り上げで巨万の富を得て、大量の奴隷を買った後この大陸に移り住んだ……という訳。


 その理由が、魔法研究の為だったって言うんだから、ニエールも真っ青の研究バカだよねー。付き合わされた奴隷の人達こそ、いい迷惑だったかも。


『ですが、あの時彼等が前の主達に買われなければ、向こうの大陸で起きた戦争に巻き込まれ、一人残らず死んでいましたよ?』


 こっそりカストルから念話が来る。君、また私の考えを勝手に読んだね? 後でお説教です。


 それはともかく、一応寿命が尽きるまで生き残れた事には、奴隷の人達は感謝していたの……かな?




 エミトの自白でクーデターのほぼ全てがわかった。本当なら、ヴェルナルーテ太后にも自白魔法を使う予定だったんだけど、エミト、ベクルーザ商会からの情報でそれも取りやめとなっている。


 太后に関する情報は、ネヴァン陛下にのみ伝えた。元々は、夫婦間の相互不理解が原因だった事。


 そこにつけ込む形で、商会がエザック侯爵を通じて危険な薬を与えた事。その結果、今がある事。


 エミトが太后の子ですらない事も、併せて伝えてある。これらは文書に残すと後々面倒になるかと思い、ヴィル様が口頭で説明した。


 一対一の室内で行われたその報告の結果、ネヴァン陛下が涙を落としたのだとか。


 母の実情を知らず、権力欲の強い祖父と同じ種類の人間だと切り捨てた自分が恥ずかしいと。


 でも、あれは無理なかったんじゃないかな。グリソン殿下が生まれて間もない頃だから、ネヴァン陛下だってまだ十分「子供」と呼ばれた時期だ。


 母親が祖父の手によって薬漬けにされていたなんて、思いつく訳ないって。


 ヴィル様も同じ考えだったらしく、当時の陛下に全てを知る事は無理な事、何よりも母君の事はエザック侯爵とベクルーザ商会にその全ての責任がある事などを説いたそうだ。


「受け入れてくれたかどうかは、わからないがな」


 疲れた様子でそう語るヴィル様に、お疲れ様でしたとしか言えない。


 何にしても、疲れる事の多かったトリヨンサーク訪問だったね。

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