第351話 真相

 グリソン殿下は少し部屋に残って、あれこれ話していった。


「いやあ、あんなに綺麗な女の人が、あんなに怖いなんて……」


 そういえば、彼はクーデター騒動の間、リラと一緒にコーニーに護られていたんだっけ。そこで見たコーニーの戦闘シーンが相当怖かったらしい。


 いや、別に美人が全て怖い訳ではないのよ? コーニーが特別美人でちょっと怖い面を持ってるだけで。


 だから、変に女性恐怖症になったりしないでね?


 他にも、オーゼリアの事やガルノバンの事、ギンゼールでの事などを聞きたがった。外国に興味があるのかな?


「殿下は外国に行ってみたいの?」

「……というか、この国を出たいんだよ」

「それはまた、何で?」


 私の疑問に、グリソン殿下は何やら考え込んでいる。話すかやめるか、悩んでいるのかな?


 不器用な人だなあ。外の世界を見てみたいーとか、適当な事を言っておけばいいのに。


「もしかして、このままトリヨンサークにいたら、兄君の邪魔になるとか考えた?」

「な! 何でそれを!?」

「殿下、わかりやすすぎ」


 私が笑ったからか、グリソン殿下が真っ赤になっちゃった。


「笑わなくたっていいだろ!」

「そうだね、ごめんね」


 いやあ、この人本当まっすぐ過ぎて、大丈夫かと心配になる。確かに、このまま王城に残すのは気になるよねー。


 ネヴァン陛下にそんな気はないだろうけれど、第二第三のエザック侯爵が出てこないとも限らない。


 かといって、下町に下りるのもどうかって話。いや、そのまま生きていけそうな気はするけどさ……


 うーん。


『いっそ、連れて帰りますか?』


 え。


『デュバルなら、いくらでも仕事はありますし』


 いや、そうなんだけど。一応王子なんだから、読み書き計算くらいは出来るだろうしなあ。うーん……うーん……


 よし。


「殿下。殿下がその気なら、私の領地に来る?」

「はえ!?」


 どういう驚き方よ。あ、リラも驚いている。


「私の領地はオーゼリアでも北に位置していて、祖父と父が放りっぱなしだったせいで大変荒れていたのよ。で、今手を入れてる最中なの。人手はいくらでもほしいんだ」

「俺に……侯爵の領地で働け……と?」

「もちろん、他に行くあてがあるのなら、無理にとは言わないよ?」


 好きに選んでね。




 のんびり過ごした翌日には、エミトへの自白魔法行使が待っていた。立ち会いは、バンブエット侯爵……だけのはずだったんだけど。


「どうしてここにいるんですかねえ? ネヴァン陛下」


 ヴィル様にこそっと聞いたら、苦い顔で返された。


「立ち会いを希望したらしい。誰が何を言っても折れないって、バンブエット侯爵が憔悴していたよ」


 確かに、狙われた身としては色々聞きたいよねえ。でも、立場を考えてほしいなあ。


 小声でヴィル様に愚痴ったのに、本人に聞こえていたらしい。


「王たる身だからこそ、私自身が問いただしたいのだ」


 まあ、国の最高権力者には誰も逆らえませんよねー。


 エミトがいるのは、王城の地下牢。その最下層だ。彼が毒を使って殺した祖父と、同じ独房にいる。


 彼は、この独房で何を思っただろう。


 地下牢には、普段明かりを置かないらしい。囚人は、真っ暗闇の中で過ごす。何とも、壮絶だね。


 最下層に入れられたのは、エミトただ一人。他は何人かいるからお互い励まし合ったり罵り合ったり出来るけれど、彼は一人だけだ。


 これも、罰の一環だってさ。


 松明を掲げた兵士を先導に、地下へと下りていく。湿気てかび臭い空間だ。


 こちらの明かりに気付いたのか、奥から声が響く。


「おい! 誰か! 私をここから出せ!! 私は次期国王なのだぞ!!」


 まだ言ってるのか。こっそり盗み見したネヴァン陛下の眉間には、盛大に皺が寄っている。


 独房の目の前に全員が揃うと、エミトが一瞬ぎょっとした顔をした。が、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「これは兄上。このような場所へようこそ。やっと私を閉じ込める愚にお気づきになられましたか?」

「お前を捕縛したのは当然の事だ」

「何を――」

「侯爵、始めてくれ」

「おい!」


 エミトの喚きは無視して、早速自白魔法開始。檻の中と外であろうと関係ないからね。


 抵抗される事もなく、自白魔法は効果を示した。先程までつり上がっていた目元から、一気に力がなくなる。


 んじゃ、尋問開始といきましょうか。




 エミトの尋問は、まー、疲れたよ。精神的に。ただ、それでわかった事はそれなりにあった。


 そして、エミトの尋問が終わる頃に、カストルが担当していたベクルーザ商会の調査も終了。二つ併せて、今回のクーデター騒動の全貌が見えてきた。


 なので、滞在中の部屋に戻り、いつもの六人に加えてカストルの七人で情報のまとめをする事に。


 どうやら、今回のクーデター騒動、最初の主導はベクルーザ商会だったらしい。ただ、商会が国を乗っ取るのは正直難しい事。


 だから、彼等はそこそこ力があり、権力欲の強い人物を探した。それがエザック侯爵。


 エザック侯爵の方も、自身の権力を更に増す事を願っていた。その為に娘を王妃にしたんだしね。


 ただ、国を好きに操れても、やはり「自身が王になる」という野心を捨てきれなかった。そこを、ベクルーザ商会につけ込まれた訳だ。


 ちょうどその頃、前王リクスと当時の王妃で現太后のヴェルナルーテの間がギクシャクし始めたそうな。


 当時グリソン殿下を妊娠中だったヴェルナルーテは父親であるエザック侯爵に相談。侯爵は慌てたそうだ。


 何せ、腹の子ごと出家するってヴェルナルーテが言い出したそうだから。


 それを何とか説き伏せ、無事グリソン殿下は誕生。それでもヴェルナルーテの精神は落ち着かず、出家を希望し続けた。少なくとも、これ以上王城にいたくない……と嘆いていたという。


 何とか娘を王妃のままでいさせたい。その願いを叶えるべく、ベクルーザ商会が用意したのが、薬。


 精神を高揚させる作用があるそうなんだけど、同時に性格まで変える副作用があったもの。そのせいで、ヴェルナルーテは色欲に溺れたという。


 娘がこうなっては致し方ない。病気療養という名目で連れ出した先の離宮で、エザック侯爵は自身で見繕った男を娘に宛がい続けたそうだ。


 この男の中に、後のダメ伯爵、リヤンヘーフ伯爵もいる。


 この時点で、リクス王とヴェルナルーテ王妃は別居状態に入った。相変わらずエザック侯爵は王城で権勢を振るい、リクス王は政治に見向きもしない。


 そんな中で育ったネヴァン王は、早いうちから母方の祖父であるエザック侯爵に不信感を持っていたという。


 陛下にしてみれば、母親を取り上げられたように感じられたんだって。でも、後で知った母の状況に、今度は母親であるヴェルナルーテまで嫌悪の対象になったんだとか。


 そんな中、離宮でエミトが生まれた。当然、別居中の夫婦の子供である訳がない。ネヴァン陛下が言っていたのは、こういう事だったんだ……


「でも、エミトはヴェルナルーテ太后の子でもないんだけど」

「! どういう事だ!?」


 話を整理している最中に、エミトの事が出てきたからぽろりと漏らした。それに食いついたのは、ヴィル様である。


「いや、どういう事と言われても、そのままですよ」


 舞踏会で触れたエミトから得た遺伝情報と、ネヴァン陛下、グリソン殿下、それに治療で探ったヴェルナルーテ太后の遺伝情報はまるで違った。


 オーゼリアには、魔力の質で親子鑑定をする方法があるんだけど、私の場合は遺伝情報からそれをやる。ちょっとしたDNA検査だね。


 で、それを使うと親族かどうかもわかるんだけど、エミトは王家の血を引いていないばかりか、エザック侯爵の血も引いていない。親族ですらないのよ。


 じゃあ、エミトは一体どこの子?


 この回答を持っていたのは、カストルだった。


「エミトはベクルーザ商会が用意した赤ん坊だったようです。生まれてすぐの頃に入れ替えが行われたようです」

「子供の入れ替え?」


 何だってまた。


「本物のエミトは、母胎から薬の影響を受けたようで、生後間もなく死亡したそうです」


 室内がしんと静まりかえる中、カストルが続ける。


「商会としても、傀儡の王にする子供はどうしても必要だったのでしょう。ですから、エミトには何としても生きていてもらわなくてはならなかった」

「だから、同じくらいに生まれた赤ん坊を用意した……って事? エミトの本当の親は?」


 私の質問に、カストルが感情なく答えた。


「商会の手により始末されたようです」


 何て事だ。それくらいなら、グリソン殿下を引っ張り出してもよかっただろうに。


 ともかく、こうして「エミト」の入れ替えは行われた。その後、ベクルーザ商会の手により、着々とエミトを王にする計画が進められていく。


 商会としては、ネヴァン王とグリソン殿下を自然死に見せかけて毒殺し、エミトに王位がいくよう仕向ける手筈だった。


 でも、ここで誤算が生じる。二人の毒に対するおかしな能力だ。おかげで何に毒を仕掛けても全て見破られ、計画は遅々として進まない。


 これに業を煮やしたのは商会ではなくエザック侯爵。結局、彼主導で国王暗殺計画が立案された。それは、商会が用意した毒によらないもの。


 それでも、ネヴァン陛下は侯爵の用意した罠をことごとく見破って生き残った。


 その過程で、自分の命を狙うのが祖父エザック侯爵だと気付き、母共々嫌悪の対象にしたらしい。


 エミトは侯爵にとって、大事な駒。では、エミトにとっての侯爵は?


「それなりに重要な駒……か」


 ヴィル様がうんざりしたような声を出す。この言葉、自白魔法を使ったエミトが言ったものなんだよね。


 お互いを駒と言い切る祖父と偽物の孫。血なんか繋がっていなかったのに、変なところが似たもんだ。




 クーデターがこの時期になったのは、それなりに理由はあったらしい。


「我々が帰国する頃には、パロヴァン伯爵家の次男が陛下の養子に入るから……か」


 ヴィル様がこぼす。そうなんだよねえ。これに関しては、陛下が公言しているので間違いようがないってさ。


 王城としても、独身の王の跡継ぎが決まるのはいい事だと受け入れてたらしいよ。


 でも、侯爵達はとてもじゃないが受け入れられない。


「跡継ぎが出来てしまえば、ネヴァン陛下が亡くなっても、エミトに王位が転がり込んでくる事はない。だから、武力で王位を奪おうとしたんですね」


 私の言葉に、室内の全員が納得する。 


 オーゼリア側の情報を流したのは、ベクルーザ商会。その大本は、商会の子飼いであるクイソサ伯爵だってさ。

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