第350話 巡るもの
騒動の翌日には、王城に連れてこられた太后ヴェルナルーテ妃との面会。とはいえ、実質は自白魔法を使う訳ですが。
立ち会いは、ネヴァン陛下とバンブエット侯爵。こちらからは、私の付き添いという事でユーインと、使節団団長の立場からヴィル様。
万一の時、私を止めるストッパー役としてリラが同席する。
「何で私が……」
「諦めて」
軽く返したら、睨まれた。怖ーい。でも、リラには諸々諦めてもらわないとならないのは本当。これからも、よろしくね。
太后がいるのは、王宮でも端に位置する部屋。そこに軟禁状態にしてあるそうな。
「イエルから聞いたが、相当酷い状態だそうだ」
「そうですか……」
ヴィル様と小声でやり取りする。太后ヴェルナルーテを連れてきたのは、イエル卿だったもんね。彼女の様子は、私も耳にしている。
それらはネヴァン陛下達にも共有しているんだけど、彼等はまだ半信半疑のようだ。過去の太后を知っているからだろうね。
部屋の扉の前には武装した兵士。中にも、兵士がいるって。でも、おそらく自力では動けないだろうというのが、ヴィル様と私の共通意見。
百聞は一見にしかず。陛下達も、今の太后の姿を見れば理解出来るでしょう。
扉を開けさせて、中に入る。太后は寝台に横になっていた。
「これが……母だと?」
覗き込んだネヴァン陛下が、驚愕の故か一瞬よろけた。寝台に横たわっている女性は、骨と皮だけになっている。
髪の艶もなく、落ちくぼんだ目は焦点があっていない。
カストル……太后がこの状況だって事、ダメ伯爵が離宮から追われた時にわかっていたよねえ?
『聞かれませんでしたから』
ああ、そうですか……この姿では、確かにダメ伯爵に見向きもしないわな。嘘は言っていない。
でも! そこは一言欲しかった!!
『申し訳ございません。次回からは、善処します』
いや、カストルが謝る事じゃないよ。これは単なる八つ当たりだから。
『八つ当たり……ですか?』
そう。理不尽な怒りをぶつけただけだから、私が悪い。こっちこそ、今後こういった事がないようにしていくから。
『……承知致しました』
今度からは、きちんと色々な場合を想定して指示を出さないとね。
それはともかく、今は目の前のヴェルナルーテ太后だ。一目で危険な状態だってのはわかるんだけど。これ、回復させちゃってもいいのかな。
ヴィル様をそっと窺うと、視線があった。
「回復……どうします?」
正直、この状態では自白魔法は使えない。使ったところで、ろくな返答が期待出来ないし、下手をすると体がもたない可能性もある。
それらを小声で説明すると、ヴィル様が悩んじゃった。
「……何にしても、陛下次第だな。ネヴァン陛下。少し」
ヴィル様が部屋の隅にネヴァン陛下を連れていき、そこで内緒話。まあ、この状態から回復させられるっておおっぴらに知られるのも、ちょっとなあと思うし。
どのみち長居する気のない国だけれど、どこにもろくでもない連中ってのはいるからさ。他にも回復してくれと押しかけられたりしたら……ね。
二人の話し合いの結果、太后の回復にはゴーサインが出た。
「今更だけど、リラが同席していてよかったわー」
「……私、魔法なんて使えないわよ?」
「その分、魔力タンクにはなれる……でしょ?」
「あ」
忘れてたな? 君が他者に魔力を譲渡する際、ほぼロスなく渡せる希有な体質だって事、ニエールからも説明されたよね?
持ってる魔力量も豊富だから、私の魔力補充役を十分こなせるって訳だ。
って訳で、いざ回復魔法をば。
触れた場所から、太后の情報を得る。……んん? これ、やっぱり……
いやいや、それは後。今は回復が先。残っている薬の成分を消し、内臓を治して、萎縮している脳を回復させる。お、顔色が大分よくなってきたね。
最後にお肌周りや髪を回復させる。おっと、この人、凄い美人だわ。ネヴァン陛下って、母親似だったのね。
その様子を後ろで見ていた陛下の口から、「母上……」という言葉が漏れ出る。
好きで反目した訳じゃないよね。薬の影響を考えると、グリソン殿下を産む頃には、もう投与され始めていたんじゃないかな……
ヴェルナルーテ太后への回復魔法が終わる頃には、私はほぼ魔力を使い切っていた。
そりゃあね、あれだけ酷い状態から健康体まで戻したんだもん。魔力も使いきりますわ。
ふらふら状態で太后が眠る部屋から出て、自分達が滞在している棟まで戻ってきた。
部屋に入る際、リラを捕まえるのを忘れない。
「リラ、ちょっと魔力ちょうだい」
「わ、わかったわ」
これまでにも領内で魔力譲渡の練習はしてきたんだけれど、私がこれだけ魔力を使った状態での譲渡は初めて。
リラが私の手に軽く触れ、自分の呼吸を整える。
彼女が触れたところから、じんわりと温かいものが流れ込んできた。おー、充填されていくー。
ただし、完全充填をされるまでもらっちゃうと、今度はリラがひっくり返るから、加減が大事。
魔力譲渡を受けたので、体が大分楽になりましたー。今日はもうやる事ないから、部屋でダラダラ過ごそーっと。
自白魔法を使う場面はまだあるけれど、今はのんびりしていいと思うんだ。太后の回復、それくらい大変なものだったから。
という訳でソファでだらけていたら、来客があった。対応してくれたリラによると、グリソン殿下だって。
「えと……礼を言いたくて」
「礼?」
「お袋の……あの、母の事、治療してくれて、ありがとうございました!」
おお、見事なお辞儀だ。てか、これってトリヨンサーク風の礼の仕方なの? ちょっと違和感……ていうか、日本風じゃね?
まー、私やリラ、アンドン陛下みたいな存在がいるんだから、昔のトリヨンサークにも前世日本人がいても不思議はないんだけど。
「礼ならいりませんよ。あれはこちらの為でもありますから」
「それでも、言っておきたくて」
「では、その礼は受け取りました。気になさる事は、本当にありませんから。それよりも、母君にはお会いになりましたか?」
「いや、顔は見たんだけど……まだ、目を覚まさなくて」
「そうですか」
薬物の影響が長年続いたからか、体力がまだ回復しないらしい。あれだけ内臓をやられてたら、そりゃあそうなるだろうね。
これからゆっくり、体力を回復していけばいいんじゃないかなー。どう考えても、彼女がクーデターに噛んでいた可能性は低いんだし。
ただまあ、薬がどこまで性格に影響を与えていたかは、私じゃわからないけれど。
「あー……あと……」
「何か?」
「その……前みたいに、砕けた感じで話してもらえると助かる……」
ああ、そういう事ね。
グリソン殿下は、乳母や乳兄弟の影響で早いうちに王城を抜け出し下町で遊ぶようになったんだって。
で、そこで覚えた言葉が抜けず、王城ではなるべく話さないようにしていたそうな。
挨拶もろくに返さず、誰に何を話しかけられてももごもごするだけでいたら、あっという間に「出来損ない」のレッテルを貼られたらしいよ。
で、怠慢で卑屈なヒステリーっていうキャラが出来上がったんだってさ。ある意味、自業自得?
「いや、だって……」
「どんな生まれ育ちであろうとも、礼儀は大事。あと、時と場合を選んで対応をすればいいの」
「はい……」
グリソン殿下って、素直だよね。こういう面をもっと伸ばしていけば、卑屈なんて言われずに済んだだろうに。
「殿下って、教育係とかついてないの?」
「あの爺さんが、俺にそんなものをつけると思う?」
なるほど、付けなかったんですねー。それにしても、エザック侯爵も報われない人よの。
期待を掛けた長男にはそっぽを向かれ、手元で丹精した三男には毒殺される。まあ、それもこれも侯爵本人の自業自得な部分が大きいんだけど。
いや、大きいっていうか、一か十まで自業自得じゃね? 下手な欲をかいた結果が、孫による獄中での毒殺だからなー。
まああれだ。因果は巡るんだよ。
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