第349話 働いた後は休む

 すっかり眠りこける武装兵達と一緒に、エミトは捕縛されて連れて行かれた。


 計画が頓挫した事、虎の子の暗殺部隊が全滅した事が余程ショックだったらしい。


「これで今夜は安心して眠れますね」

「礼を言う」

「まあ……正直なところ、陛下の為だけにやった事ではありませんので」


 うん、こっちにも事情があったからね。


「ベクルーザ商会とやらか? 私やグリソンに盛った毒を用意したという」

「ええ」


 そうなんだよねー。エミトは大本命のネヴァン陛下にも、毒を盛っていたんだー。


 ただ、陛下と第二王子ってちょっと特殊な力を持っていて、毒を嗅ぎ分けられるんだって。


 何だかユーインを思い出すんだけど。ただ、それが魔力由来なのか別の何かなのかは、私ではわからない。


 しっかり調べようと思ったら、ペイロンの研究所まで行かなきゃ駄目だと思うなあ。


 連中の盛った毒は不発で、陛下も第二王子も元気なのだけは、よかったね。




 開けて翌日は休養日に当て、深夜までドタバタやっていた疲れを癒やす事にした。


 それに対し、ツビック伯爵達が首を傾げていたけれど、全てを話すつもりはない。必要なら、ヴィル様が説明するでしょう。


 そうそう、ツビック伯爵達は、別にトリヨンサークに利する行動を取っていた訳ではないみたい。


 単純に、他の家に先んじて他国であるトリヨンサークとの交易を、と狙ってただけっぽいんだよね。


 肝心のエザック侯爵が亡くなり、伝手がなくなってしまったので、意気消沈してたわ。


 私達六人は、本日は好きなだけ寝ている。私も起きたのは昼過ぎだし、コーニーは夕方近くまで寝てたって。


 大分遅くに戻ったイエル卿は、コーニーより長く寝てたってさ。


 全員が起きた夕食の席で、それぞれの報告を行った。


「じゃあ、エミト殿下は捕縛後、王城の地下牢へ?」

「ええ。エザック侯爵の件があるので、監視の目はカストルに頼んでいます」

「あの執事か……」


 ヴィル様がちょっと嫌そうな顔をしている。カストルと、何かあったのかな。


「エミトが連れていた兵士達も、同じ場所か?」

「そうですね。ただ、彼等は薬の影響が抜けた後でないと、事情は聞けないと思います」

「薬……か。扱っていた商会の連中も、捕縛済みなんだよな?」

「はい」


 カストルに頼んでいたのは、彼等の捕縛だ。どうもね、一筋縄ではいきそうになかったから、うちの一筋縄でいかない奴をぶち当ててみました。


 結果、無事全員捕縛完了。あいつら、ヒュウガイツ王国に逃げる予定だったらしいよ。まあ、事前にうちの有能執事が察知して、足止めしていたそうだけど。


 そっちからの情報収集はそのままカストルに任せてあるので、追々報告が来るでしょう。


 夕食の後のお茶の時間、第二王子グリソン殿下がやってきた。これは予定されたもの。


 グリソン殿下、微妙な表情です。


「……結局、俺が渡した情報って、いらなかったんじゃねえの?」

「いえいえ、十分役に立ちましたよ?」


 本当に。何せ、軍の大半がクーデター側に回ってるなんて、カストルを使わない限りわからなかったからさ。




 エミトが軍部を使って兄を脅し、王位を奪取する気でいる。


 教えてくれたのは、グリソン殿下だった。例の圧迫面接……じゃない、お茶会の場でね。


 どうして彼がそんな情報を知ったのかといえば、彼の乳母カチルさんから。カチルさんは平民で、彼女の夫ドガさんは軍の兵士なんだって。


 兵士なら、薬の影響があるのでは? と思ったけれど、カストルによれば下っ端なので影響はないとの事。


 でも、そんな下っ端兵士が何故クーデターの内容を知っていたのか。


 これ、凄い間の抜けた話で、薬で洗脳状態だった軍の上の方は、漏れたらヤバいという考えそのものがなかったらしい。


 なので、軍の中では当たり前に話されていたし、情報も取り放題だったんだとか。


 グリソン殿下の乳母は平民だけど頭のいい人で、夫から聞いた話をまとめ、また夫に頼んで軍の内部で情報収集していたそうな。


 で、それらからまとめた結果、時期まではわからないけれどエミトがクーデターを起こすのは確実、とわかったんだってさ。


「わかったところで、俺一人じゃどうしようもないからさ。乳母の家族だけでも逃がしたいと思って、あの日は下町に出てたんだよ」


 あの時話していたのは、彼の乳兄弟……つまり、乳母の息子でアロというそうだよ。


 グリソン殿下は王城に馴染めなかった分、下町には馴染んでいて、身分を隠してよく遊びに行っていたらしい。


「俺、親父の子じゃないんだよ」

「え?」

「これは城では公然の秘密ってやつ。父親が誰かまではわからないけれど」


 王家の血を引いていない理由。それは、彼の髪の色にある。グリソン殿下は黒髪なんだけど、王家で黒髪が出た事は、今まで一度もないんだって。


 いやいやいや、待って。それ、遺伝的におかしな話だから。母方から黒髪の因子を継いだら、たとえ父親の側から引いてなくても出るでしょうよ。


 でも、それをここで話すのもなあ。大体、遺伝が地球と同じかどうかも怪しいし。


 あ、そうだ。


「殿下、ちょっと手を借りてもいいですか?」

「手? いいけど……何かあるのか?」


 いや、一応確認をね。……ああ、やっぱり。


「グリソン殿下は、王家の方ですよ。ネヴァン陛下の弟君です」

「へ?」


 ネヴァン陛下とは、最初のお茶会の際に挨拶で触れている。その時に、遺伝情報をこっそり調べておいたんだ。何に使うかわからないからね、情報って。


 バレたらヤバいんだろうけれど、バレなきゃいいのよバレなきゃ。


「で、でも俺の髪――」

「おそらく、遠いご先祖様にいたか、もしくは母方から受け継いだんでしょうね」


 私の言葉に、グリソン殿下が目を丸くしてる。少ししたら、その目に涙が浮かんだ。


 えええええ。泣かせちゃった!? 慌てたのは私だけで、隣に座っているコーニーがそっとハンカチを渡していた。


「殿下、侯爵が言った事は全て事実です。彼女は嘘は言いません」


 ヴィル様の信頼が頼もしい。グリソン殿下も、涙を拭いながら軽く頷いた。


 多分、今まで散々王城内で言われ続けてたんだろうね、誰の子かって。彼が下町に馴染んだのは、その辺りもあるのかも。




 グリソン殿下の涙が収まった後は、クーデター騒ぎの話になった。


「兵士達の薬の影響は上に行くほど深刻です。抜くのに時間がかかるかもしれませんね」

「そうか……」


 ヴィル様の話に、グリソン殿下が眉をひそめる。乳母の夫が兵士だもんね。それに、彼を通じて下っ端兵士達との交流があったそうだから、他人事には思えないのかも。


「何にしても、ドガが無事でよかった。カチルやアロの泣く姿は見たくないし」


 下っ端故難を逃れるってのも、何だかね。


 それにしても、乳母が付いたとはいえ、それが平民とは。王城内でのグリソン殿下の扱いの悪さよ。


「その辺りは、爺さんが原因かな。あの人、兄上が王位に就くまでやりたい放題だったらしいから」


 エザック侯爵にとって、王位を継ぐ孫であるネヴァン陛下以外はどうでもいい存在だったらしい。


 しかも、娘が産んだ二人目の子は黒髪。王家の色を継いでいない、どこの馬の骨ともわからない子は捨ててしまえと怒鳴ったほどだとか。


 この辺りは、カチルさん情報。


「で、あまりの事にカチルが爺さんに願い出て、そのまま乳母として俺の面倒を見てくれたんだ。ちょうど、カチルはアロを産んで間もない頃だったっていうし」


 産まれたばかりの赤ん坊を前に、いくら侯爵からの命令とはいえ従えなかったそうだ。


 そのおかげで、今グリソン殿下は生きている。母は強し、だね。


「それにしても、殿下達の父君……先代の国王はそれを許したの?」


 コーニーの質問に、グリソン殿下が暗く笑う。


「父上は、爺さんの言いなりだったから。何もする気がない、覇気のない人だって、カチルは言ってた。俺も、何度か顔を見たことあるけれど、いつもどよーんとした顔をしてたなあ」


 あー、国王となるべく産まれちゃったけど、そもそも王様なんて向いていないタイプの人だったんだ……


 先代王は政治をエザック侯爵に丸投げして、自分は狩りばかりしていたそうだ。


 だからといって、狩りが好きかというとそうでもないらしい。単純に、王城から逃げたかっただけじゃないかというのが、グリソン殿下の読み。


 なーんか、今回の騒動の原因って、この先代王様なんじゃないのって気がしてきたー。

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