第347話 反逆者
私達の周囲に施した魔法、ちょっと興奮させるだけのものなんだ。怒りやすくなったり、泣きやすくなったりする、その程度のもの。
目の前のエザック侯爵との会話も、当たり障りのないものだった。国内の地方の話や、一番最近のギンゼールとの戦いの話などなど。
そのうち、使節団の話にうつり、何故か今回同行している夫人方の話になった。
「いや、どのご夫人方もお美しい。オーゼリアは美人の宝庫ですかな?」
「まあ、ほほほ」
「それに、侯爵夫人もだ」
「ほ、ほほほ」
んんー?
「少々胸は足りないが、その細い腰……たまらん」
おい。今何つった? ガマガエルみたいな見かけをしてるくせに、人の容姿をどうこう言える立場か?
さすがの私の愛想笑いも、固まったじゃないの。隣のリラからは、何やら諦めのような気配を感じるし。
「ど、どうだ? 儂の言う事を聞けば、何でも望みのものを……」
「侯爵は酔いが回ってらっしゃる様子。少しお休みされてはいかが?」
「おお、じらしておるのか? ふふふ、愛い奴よ」
……計算違いではあるんだけど、ある意味計算通り?
本来、今日この場でエザック侯爵に私に対しての暴言を吐かせ、それを録画したものをネヴァン陛下に提出、後に自白魔法使用許可を取るという計画だったんだ。
でも、まさかこういう方向に話が進むとは。これ、どうしよう。
一応、何があってもいいように、エザック侯爵と私達の間には結界で遮っている。手を出されそうになっても、問題はない。
でもなー。もう見ているだけ、聞いてるだけでも不快だよ。リラも顔をしかめている。
「そちらの娘もなかなかだ。どれ、二人一緒に可愛がって――」
私達に手を伸ばしてきた侯爵に、我慢の限界。簡単に眠らせるより、電撃を浴びせてやろうと思ったら、エザック侯爵の手を背後から掴む存在が。
ユーインとヴィル様だ。
「私の妻に、何をしようとした?」
「私の婚約者にもだ」
エザック侯爵よりも、頭一つ分高い場所から睨まれて、侯爵は顔を青ざめさせている。
「こ、これは!」
「これは、何だ?」
「事と次第によっては、我が国から貴国への抗議をさせてもらう事になるが」
会場が、先程までの賑わいから一転、しんと静まりかえる。優雅に音楽を奏でていた楽団も、演奏を止めてしまった。
夜会の件は、その日のうちにネヴァン陛下の耳に入り、激怒した陛下によってエザック侯爵は城の地下牢へと入れられた。
「ここまでは、計画通りですねー」
「夜会での事も、計画通りなのか?」
ヴィル様に睨まれた。
「あれはまあ……ちょっと計算違いではありましたが」
いやあ、エザック侯爵があっち方面に暴走するとは、思ってなかったのよ。もうちょっと、権力欲的な方へ行くと思ったのに。
まさか色欲へ行くとはねー。
「何があっても問題ないように、対処だけはしておきましたから、危険はないんですけど……」
「結界では物理的接触を防げても、精神の方は防げないだろうが」
う……ヴィル様の仰る通りで。目の前であんな欲丸出しの目を向けられたら、不快に思って当然だし、引きずるかもなあ。
こんな事なら、ニエールも連れてくるんだった。
「それはともかく、エザック侯爵への自白魔法使用許可、取れましたか?」
「ああ。それと並行して、『向こう』の監視も強めているらしい」
なるほど。向こうの計画が早まる可能性もあるのか。
「そっちの対処は、こっちで考えるよ。得意だからね」
軽い調子で言ったのは、イエル卿だ。そういえば、彼は白嶺騎士団に所属していたっけ。そろそろ退団したのかな?
兄君が亡くなって、ネドン伯爵家を継ぐのは彼になったから、騎士団にいる意味が消えたらしいよ。
帰国したらコーニーとの結婚も待ってるし、家を継ぐ準備もあるだろうし、忙しいね。
忙しいのはヴィル様とリラもか。こっちも結婚式が控えてるよ。でも、リラは結婚してもうちを辞める訳じゃないからいいけど。
王都にいる間は問題ない。でも、デュバルで仕事をする際には、ヴィル様が通うか、リラが通うか。
ヴィル様に、通い婿をやってもらおうかなー。
夜会翌日、朝食の後に王城の地下牢へ案内された。ここには、昨晩捕縛されたエザック侯爵が入れられている。
罪状は、他国の貴族に対しての暴言。つまり、私とリラに対する失礼な振る舞いが原因だ。
地下へ続く階段は、空気が湿っていて重い。同行するのは、先導する兵士二人と、ヴィル様とユーイン。リラはコーニーに預けて、イエル様が護ってくれている。
エザック侯爵が入れられているのは、王城の地下牢の中でも一番下だとか。大抵、地下牢の場合奥や最下層っていうのは、重罪人が入れられる場所だ。
つまり、エザック侯爵は重罪人とされたって事。それを、エザック侯爵本人が気付いているのかどうか。
王城の地下牢は、地下六階まである。当然、エザック侯爵が入れられているのは、この地下六階。
階段を下り、やっと到着した地下六階。エザック侯爵が入れられたのは、最下層の一番階段から遠い場所の独房だという。
手前の独房は空だ。廊下に面した壁一面が鉄格子で覆われたタイプの牢屋で、独房の中が丸見えである。
だから、最奥の独房が見えた時、それがすぐに見て取れた。
「な!」
声を上げたのは、先導している兵士の一人。慌てたもう一人が腰から鍵を取り出し、独房の扉を開けて中に入った。
彼が確認して、こちらに首を横に振る。
独房の中にいたエザック侯爵は、血の海に体を横たえていた。
地下牢でのエザック侯爵の死。その噂はあっという間に王城中に駆け巡った。
現在、侯爵の遺体は王宮の一角に移され、イエル卿による検死を受けている。
私達は、割り当てられた部屋に集まり、じっと結果を待っていた。
死因は、恐らく毒だと思う。駒として使えるうちは生かされていた侯爵が、邪魔になった途端に始末された。多分、そんなところでしょう。
イエル卿の帰りを待っていると、扉から入室を求める声がする。この声……
リラが立って扉を開けると、そこにいたのは見知らぬ茶髪の男性……ではなく、幻影魔法で姿を変えた第二王子、グリソン殿下が立っていた。
彼は中に入ると幻影を解除し、騒ぎ出す。
「おいおいおい! どうなってんだよ!? どうして爺さんが――」
「落ち着いて。計算違いはあったけれど、ある意味予想に反してはいないから」
「へ?」
「多分、向こうは今夜にでも動くはず」
私の言葉に、グリソン殿下が目を見開いた。ヴィル様達には、侯爵の死と共に話し合いを済ませている。皆、考えは同じだった。
敵は、今夜動く。
「という訳で、このタイミングでこっちに来たのは正解ですよ、殿下」
「た、たいみんぐ……って?」
しまった。視界の端で、リラが額に手を当てている。まあ、これはそんな重大なミスじゃない。大丈夫、慌てる事はないのだから。
「それは置いておいてください。このまま、殿下はこの部屋で事が終わるまで待っていてください。ちゃんと護衛は置いておきます」
「え? え? あの、でも、兄上は?」
「問題ありませんよ。私が側に付きますから」
「……それで、本当に大丈夫なのか?」
失礼だな。この面子の中でも、戦闘力は上の方だぞ? そりゃあ、物理攻撃は不得手だけどさ。
でも、魔法なら誰にも負けないんだからね!
深夜の王城は、静まりかえっている。その中を、甲冑の音を鳴らしながら歩く一団があった。
彼等を見とがめる者はいない。黙ってその場で頭を垂れるか、そのまま歩く列に加わるかしている。
その様子を、とある部屋で空中にスクリーン投影しながら眺める。
「完全に城を掌握してますねー」
この部屋の主からの返答はない。彼は食い入るように、スクリーンを眺めていた。その、先頭を歩く人物を。
彼等の目指す場所はここだ。黙って待てばいい。その間、やるべき事はやらなくてはね。
「カストル、そっちはどう?」
『滞りなく』
「イエル卿の方はどうですか?」
『今到着したよ。いやあ、凄いね、車って』
「ユーインの方は?」
『問題ない……と言いたいところだが……』
『おーい、なんで俺のところにはお嬢さんが来ないんだよー』
文句言っているのは、アンドン陛下だな?
「今の発言も全て、正妃様にお知らせしようかと思います」
『待って! 本当に待って! 俺が悪かったから! もう文句言わないからああああああ!』
だからね、そんなに言うくらいなら、最初から言うなやるなって話なんですよ、まったく。
通信で各人を繋いで行った連絡では、ここまで問題なし。
「コーニー、そっちはどう?」
『来てるわね。ただ、結界に阻まれて動けないみたい。そちらに伝令が走ってるんじゃないかしら』
やっぱり来たか。人質にでもするつもりだったのか、それとも……
「こちらも、到着したようだぞ」
私の背後、寝台に座る人物から声が掛かった。おっと、私も私の為すべき事をしなくては。
扉の向こうでは、何やら動いている気配がする。こんな事で、奇襲を成功させるつもりだったのかな?
「あいつは、この部屋に抜け道がないのを知っているからな」
「それは、王が住む部屋として、どうなんでしょうね?」
私の言葉に、部屋の主であるネヴァン陛下が苦く笑う。
「もしここが攻められる事があるのなら、その時は潔く城と共に死ねという先祖のありがたい訓戒なのだろうよ」
そんな無駄な訓戒、とっとと排除しましょうや。
私達のやり取りの間にも、扉への攻撃はやまない。鍵をかけているからか、鍵ごと壊すつもりみたいだね。
「さて、心構えはよろしいですか?」
「無論」
まあ、この計画を話した時も、冷静なままだったしね。心配するだけ無駄だったか。
そうこうしているうちに、ようやく鍵が壊れたらしい。造りは単純だけれど、頑丈そうな鍵だったからなあ。
こんな事なら、鍵をかけない方がよかったかも?
大きな扉を乱暴に開け放った先には、武装した集団がいる。その先頭にいたのは、少年の姿をした敵。
「兄上、深夜に寝所を騒がせて申し訳ない。ですが、あなたの地位、私に譲っていただく!」
そこにいたのは、反逆者エミトだった。
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