第345話 裏路地探索ー
気分的には真打ち登場……かな。
「ごきげんよう、エミト殿下。よい夜ですね」
「そうだね。侯爵、一曲お相手してもらえるかな?」
にこっと笑った顔は、少年らしさが残っている。一曲……ねえ。
「ええ、喜んで」
「よかった」
あどけない笑顔のエミト殿下。さて、何が飛び出すのか。
トリヨンサークのダンスは、オーゼリアやガルノバンで流行っているようなタイプではなく、ホールドがほぼない。
手を組んだり繋いだりして踊る。臨時講習を受けた時、ちょっと前世のフォークダンスを思い出したのは内緒だ。
「侯爵の国は、どんな国なんですか?」
「自然が多い、過ごしやすい気候の国ですよ」
「そうなんですね……行ってみたいなあ……」
子供らしい、好奇心に溢れる表情。エミト殿下って、確か十二か十三だったよね。このくらいの年齢なら、もう少し背伸びしたくなる頃だと思うんだけど。特に男子は。
エミト殿下は、子供らしさを全面に押し出している。そういう性格なのかもしれないけれど、ひねくれた私としては、狙って演技しているように見えるんだよねー。いや、どっちが本当かは……これからわかるか。
それよりも、ダンスという形で彼に接触出来たのは大きい。触れる事で得られる情報は、思っている以上に多いから。
にしても……これは……
当たり障りのない会話をして、一曲が終了。お互いに礼をしてその場を去る。うーん……
壁際の休憩スペースに戻ると、不機嫌なユーインがイエル卿に何やら宥められている。何だあれ?
「レラ、お帰りなさい」
「ただいまコーニー。あれ、どうしたの?」
「それが……」
話を聞こうと思った途端、背後から声が掛かった。
「あの! 侯爵様! お国のお話を聞かせていただけませんか?」
「はい?」
振り返ると、年の頃十五、六のお嬢さんが、真っ赤な顔をして立っている。
返事して振り返った私に、一瞬呆けた顔をしたけれど、すぐにむっとした。
「私がお話を聞きたいのは侯爵様であって、夫人ではないんですけどー」
「あら、ネヴァン陛下から伺っていないのかしら? 侯爵家当主は私です。私が、デュバル女侯爵なんですよ」
「え?」
「あちらにいる夫は、私の配偶者という立場で、正式には爵位は持っておりませんのー」
おほほほと笑えば、お嬢さんが真っ赤な顔から青い顔に変わる。
「え……あの……その……」
「オーゼリアのお話でしたら、いくらでもお聞かせしますよ? 私が」
「し、失礼しましたあああああ」
あ、逃げた。
「何あれ?」
「ああいう子が、ひっきりなしにここに突撃してきたのよ。で、ユーイン様が不機嫌になっちゃってね」
「それをイエル卿が宥めてくれてる……と?」
「そういう事」
あちゃー。
その後の舞踏会は、本当はやっちゃいけないんだけど、休憩スペースに結界を張って周囲から認識されづらくしてしのいだ。
「にしても、私が当主だって聞いたら逃げ出すって、ユーインの顔よりは、立場が魅力的って事だったのかな?」
「レラ……もう少し隠しなさいな……」
「まあ、今は男性陣はいませんし」
リラの言う通り、現在割り当てられた部屋に女子だけで集まってます。ちなみにコーニー達の部屋。
男性陣はどこに集まっているかというと、ヴィル様の部屋にユーイン、イエル卿と三人で集まって、酒を飲んでるらしい。
「普通、ああいう年齢の子って、よくわからない他国の貴族より、自国のいい家の男性を狙うもんじゃない?」
「ざっと見回したところ、ユーイン様より美形な男性って、いなかったけれど」
そりゃユーインクラスがゴロゴロいたら怖いわ。てか、そうじゃなくて。
「何か、オーゼリアの貴族を射止めろって親に指示されたりとか、してるのかな?」
「それなら、イエルかヴィル兄様を狙わない? ユーイン様は既婚者だし、あっちの二人は婚約者がいるとはいえ、まだ独身だもの」
「三人の中で、一番好みの外見の男性を選んだとか? それが、ユーイン様だったんでしょうか?」
三人とも、首を傾げる。いまいちあの子達の目的が見えてこないのよねー。
これが既婚者同士なら、期間限定で楽しみましょうよーってお誘いになるのは、まだわかるんだ。
でも、大抵未婚の女子はそれなりにいい嫁ぎ先を探すものだと思うんだけど。
「トリヨンサークは、わからない事だらけの国だね」
「そう……ね」
私の呟きに、コーニーが同意してくれる。
なのに、リラったら。
「……わからないからって、強引な形で調べようとか、思わないでよ?」
何故そうなる?
そろそろ私個人としては、このトリヨンサークという国に嫌気が差してきた。おかしいなあ、ガルノバンでもギンゼールでも、もっと大変な状況だったのに。それでも、こんな嫌気が差す事なんて、なかったんだけど。
本日はユーインと二人で王都に出てみた。それなり見た目を誤魔化しているので、田舎から王都に出て来た世間知らずの夫婦、を装えていると思う。
「王都の様子はそれなりなのよねえ」
「なかなか活気があっていいと思う」
そう、王城の中の妙な感じに比べると、王都は実にわかりやすくていい。
あれか。私の嫌気はわかりづらさが原因か。
だってねえ。誰も彼も腹に一物持っててさ、裏を読むのが苦手な脳筋には厳しい環境なんだってば。
もうちょっとこう、悪意全開で来てくれれば、返り討ちにしてやれるのに。
どうしたものかと思っていると、目の端に何かが映った。ん? あれ……
と思ったら、カストルからの念話だ。
『第二王子、グリソンですね』
やっぱり。トリヨンサークでは珍しい、黒髪の持ち主がグリソン殿下だ。
で、王都でもあまり黒髪って見かけないのよ。もっと南、ヒュウガイツ王国との国境辺りなら、黒髪が多いらしいんだけど。
目立つ髪色の王子様は、一応フードで髪を隠して王都をひた走っている。しかも裏路地を。
ねー、あの王子様って卑屈で怠慢な性格してるんじゃなかったっけ? そんな人が、王都の裏路地を単独で行くー?
『見せかけたかったようです』
誰に対して?
『兄ネヴァン陛下と、祖父エザック侯爵ですね』
ほう。爺さんはわかるとして、お兄ちゃんにもそう見せかけたかったのか。
『全ては、兄の望みが叶うように。そして、祖父の野心をくじく為に』
ほほう。なら、あの王子様には接触してもいいかも。よし、追いかけましょう。
ユーインも巻き込んで、王都の裏路地大探索ー。とはいえ、そこは狭い王都、あっという間に王子様の目的地に到着しちゃったみたい。
辺りをキョロキョロ見回して、人がいないのを確認してから汚れた扉を開けて中に入る。
残念! 私達、君より上にいたよ! 魔法で姿を消して、屋根の上だよ!
「うーむ。あそこ、どういう場所なのかしら?」
「中の音声を拾いますか?」
おおう! いきなり背後に現れないでよ! カストル。ユーインが警戒モードになっちゃったじゃないか!
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