第344話 裏切り者の言う事にゃ
身内の人間を締め上げるのは、余所の人間を締め上げるよりある意味楽だ。
当然、この身内とは今回裏切りが発覚したクック氏である。
「パベッツクックだからといって、省略する事はないだろう……」
ヴィル様が呆れてる。なんでー?
「えー? だって長くないですかー?」
覚えづらいし。だから省略してるんですよー。
そのクック氏、ただいまイエル卿が呼び出しに行ってます。彼は人当たりがいいから、こういう時は助かるよねー。
これがヴィル様やユーインだと、あからさま過ぎて相手が警戒しちゃうんだよ。
「……何だ?」
「何でもないですう」
相手を警戒させてしまうのは、二人とも存在自体が重いからかな? いや、決してイエル卿が軽いと言っているのではないけれど。
クック氏をおびき出す部屋は、当然イエル卿達の部屋。今日は彼しか部屋にいないから、と言ってクック氏をこの部屋に連れてくる段取りになっている。
私達は、部屋の中に結界を張って外からわからないようにした。お、もうじき部屋に入ってくるな。
「いやあ、それにしてもイエル卿がカードにご興味があるとは」
「紳士クラブは苦手でしてねえ。ほら、我が家は色々とありましたから」
「ああ、そうでし……!?」
二人が完全に部屋に入って、イエル卿が扉を閉めたのを確認してから、結界解除。
クック氏、私達の登場に慌てております。扉を振り返るも、そこにはイエル卿が笑顔でスタンバイ。
「イ、イエル卿! これはどういう――」
「それは、卿自身がよくわかっているのではないかな?」
うん、ヴィル様の声はやっぱり存在が重い。だから相手に警戒心を抱かせちゃうんだよ。
いや、こういう場では大変頼もしいんですが。
前置きはなしにして、ちゃっちゃと自白魔法開始。
「こ、こんな事をして許され……る……と……」
「許されるさ。私はオーゼリアの国王陛下より、それだけの権限を委ねられているのだから」
床にへたり込んだクック氏を見下ろし、ヴィル様が告げる。もう自白魔法が利いてるから、ヴィル様の言葉を理解出来ても反応は出来ないんじゃないかな。
そこから始まった尋問により、指輪の情報をダメ伯爵に流したのがクック氏だとわかった。
「何故、指輪の情報を彼に教えた?」
「彼に……エザック侯爵との橋渡しをしてほしくて……」
エザック侯爵。太后の父親にして、エミト派のトップ。ダメ伯爵を太后の側に置いたのは、彼だった。
「エザック侯爵に近づく目的は何だ?」
「クイソサ伯爵に、勧められたので……」
出た! クイソサ伯爵! クック氏、オーゼリア国内であの伯爵と付き合いがあったんだ。
クイソサ伯爵の名前は、ヴィル様とイエル卿も覚えていたらしい。
「クイソサというと、ポーラヴァン伯爵を唆したトリヨンサークの伯爵か……」
「確か、そのせいで金獅子が暴走したんだったよね?」
「ああ。まったく忌々しい!」
ヴィル様が吐き捨てる。確かに、クイソサ伯爵が暗躍したせいで、金獅子が暴走し、それに釣られる形で大公派が活性化した。
オーゼリアの王位継承を巡る騒動は、ポーラヴァン伯爵と彼を唆したクイソサ伯爵が発端と言える。
まあ、火種があったからこそとも言えるけど。それでも、彼等が変な動きをしなければ、火種のまま消え去ったかもしれない。
そう考えると、クイソサ伯爵の罪は重いぞ。ポーラヴァン伯爵の方は、既にオーゼリア国内で懲役刑に服している。
本来なら王家へ弓引いた事により、一発極刑を食らってもおかしくはないんだけれど、直接王族を害した訳じゃないからね。なので、無期限の懲役刑。終身ではないけれど、限りなくそれに近い。
ポーラヴァン伯爵家そのものも、既に潰されている。家族はバラバラだし、家財も領地も没収済みだ。
だからという訳ではないけれど、ポーラヴァン伯爵の事はいい。問題は手を貸したクイソサ伯爵だ。
彼は今、この国の南にあるヒュウガイツ王国にいる。私とは少しだけ因縁がある、褐色双子に取り入っているとか。
ヒュウガイツか……ここからなら、オーゼリアからより近いよね?
結局、クック氏から先はたどれなかった。何だか不完全燃焼だなあ。
それでも、王城では社交が行われる訳です。
「こんなもやもやを抱えたまま舞踏会とか……」
「社交もお仕事です。商会の為と思って、愛想笑いを振りまいてちょうだい」
リラが厳しいでーす。
本日の装いは、夜でダンスをするので、スカートは広げず、裾も引きずらない長さのものを。
裾が長くても、ダンスの時はその部分を留めちゃえばいいんだけどねー。私は面倒なので裾短めドレス。
デコルテは開けて、オフショルダー。胸元にはレースを重ねづけしているから、ツルペタ具合がいい感じに隠れている。
相も変わらず縦長のシルエットだ。
リラはAラインのスカートのスタンダードなシルエット。スカートは広げすぎず、シンプルにまとめている。
コーニーは基本私と似たような縦長シルエットだけれど、如何せん胸部装甲が強いのでね……丸っきり違う型のドレスに見えるよ。
色は私がピンク、リラがワインレッド、コーニーが赤味の強いオレンジだ。季節を考えるとちょっとズレた色味だけれど、トリヨンサークの冬の空も重い色だから、ここだけでも明るい色でいくのもいいかなと思って。
トリヨンサークでは、ドレスのデザインはほぼ同じで、布の染めや刺繍の柄、細かいリボンやフリル、レースの使い方で差を出している。
おかげで、周囲からの視線が痛い痛い。半分は非難めいた色で、もう半分は興味の色。
どの国でも、新しいファッションに難色を示す人もいれば、いち早く食いつく人もいるもんだ。
舞踏会なので、当然ダンスもします。とはいえ、ユーインがいるからか、誰もダンスを申し込んでこないけど。
何かねー。トリヨンサークとはこれ以上仲良くならなくてもいいかもしれない。付き合うメリットがないっていうか。
個人同士なら好き嫌いで付き合いを決めてもいいけれど、国同士になったらメリットデメリットをしっかり考えないと。
現状、トリヨンサークには付き合うメリットがない。逆に、デメリットなら見えているけれど。
こんだけ国内がガタガタじゃあ、交易するのも苦労しそうだよ。正直、明日にでも内乱が起こりかねない。
ネヴァン陛下やバンブエット侯爵には悪いけれど、国交関連もうやむやにして帰りたいなあ。
そして、こういう場では必ずと言っていいほど、うちの旦那は女性の目を引く。
「あの、侯爵様はダンスはなさらないのですか?」
「今日のお召し物も素敵ですう」
「よろしければ、一曲お相手を……」
「……」
本来なら、社交の場だし妻たる私が「踊ってこい」と送り出すところなんだろうけれど、色々とあってユーインのストレスがかなりの数値だ。
しかも、この仏頂面加減は、臭いに我慢している最中の様子。
「失礼、夫は少し足を痛めまして」
「え? ですが、先程夫人とは踊って――」
「ごめんあそばせー」
ユーインの手を引いて、会場の端に移動した。取り残された女性陣の、恨みがましい目が私を射貫く。
知らねーよ。余所の亭主と一晩でもよろしくしたいとか思う女の欲なんて。
あれ、どう見ても社交の為のダンスを、って感じじゃないもの。その証拠に、腕輪で制御していても臭さでユーインが顔をしかめかけていたし。
「……すまない」
「いいよ。私も他の男性とダンスとか、苦手だし」
ヴィル様となら慣れてるからいいけどさー。ツビック伯爵とか、向こうの腹が出てる分踊りにくそうとか考えちゃう。
まあ、このまま端にある休憩用のソファで時間潰しちゃおう。終わる間際に最後のダンスを二人で踊ればいいでしょ。
舞踏会場には、クック氏やダメ伯爵の姿はない。クック氏はともかく、ダメ伯爵は出てこられないよねー。
そんな事したら、この場でドロボーって叫んじゃうぞ。さすがにそれは向こうもわかっているだろうから、もう表には出せないかもー。
ただ、太后がいるっていう離宮からは、追い出されたのかそうでないのか。
『追い出されています。太后にも、見向きもされなかったとか』
わー、たいへーん。
『それと……』
カストルからの追加情報は、後でヴィル様達と共有しておかなきゃ。
舞踏会場には、ネヴァン陛下の姿もある。相変わらず次男坊君を側に置いてるんだねー。
おかげで女性陣も陛下をダンスに誘えないっぽい。独身の王様なのに、何とも寂しい……ん?
もしかして、次男坊君を側に置いてる理由って、これ? だとすると……
「失礼、オーゼリアの侯爵」
自分の考えに浸っていたら、声をかけられた。女性にしては低く、男性にしては高い声。
そこには、第三王子エミト殿下が笑みを浮かべて立っていた。
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