第329話 見てみよう
年の瀬は、あっという間にやってくる。王太子殿下に出してもらった許可証は、割と早くに効果を発揮した。
「では、どうあっても売らないというのかね?」
今私の前で不機嫌な顔をしているのは、貴族派の伯爵家、カラハーガ家当主のハビド卿。
いきなり王都邸に来て、人形を売れときたもんだ。
つか、こっちは侯爵家だって理解してる? あなた、私よりうんと年上だけど、伯爵家当主でしかないのよ?
後でビルブローザ侯爵にチクっちゃおっかなー。
それはともかく、今は申し出を断らないとね。
「ええ。先程から同じ事を何回も言ってますけど? 王太子殿下からいただいた許可証、ちゃんと見ました?」
一応丁寧を装ってはいるけれど、対応はかなり悪い。相手も気付いているようだけど、ここで「不敬罪」は問えないもんねー。身分社会万歳。
「ぐぬ……我が家が、貴族派でも有力な家だと、知っての事かな?」
「まあ、そうなんですね。派閥が違うから知らなかったわー。後でビルブローザ侯爵に、お尋ねしておきますね?」
「え?」
何驚いてるの? 私が当主に就いた時も、陞爵した時にも、お祝いに来てくれましたよ? あちらさんは。
王家派と貴族派は反目し合う間柄ですが、それも昔の話。今はお互いに歩み寄って、国の為によりよい関係を結べるよう、動いている最中なのにー。
そんな事も知らないのー?
って事を、大分破れかけたオブラートに包んで伝えたら、顔を真っ赤にして帰って行ったよ。
さーて、じゃあビルブローザ侯爵に、今回の顛末をお報せする手紙を書かないとねー。
ビルブローザ侯爵からは、丁寧な詫び状が届いたよ。これ以降、貴族派からバカが出ないように締める、とオブラートに何重も包んで書いてあったわ。
あと、派閥内でもデュバルはアンタッチャブルにするんだってー。そのまま書いてある訳じゃないけどね。
今回ビルブローザ侯爵がすぐに動いてくれたのは、相手が私って部分もあるけれど、王太子殿下からの許可証を出した事が大きい。
貴族派としても、前のトップ達が国に対して盛大にやらかしているから、これ以上王家の心証を悪くしたくないんだと思う。
「ビルブローザ侯爵も大変だねえ」
「下に愚か者がいると、統制を取るのに苦労するのでしょう」
今日側にいるのはカストル。嘘みたいだけれど、船、出来たってさ。今は最終調整中なので、それが終わったら年内に一回内覧に行くつもり。
コーニーには「街が入る」って言っちゃったけど、実際どのくらいの大きさになったんだろう?
「最大乗客数でお答えしますか?」
「……どのくらい?」
「満室になった場合、約四千人を収容可能です」
「よんせんにん」
街って言っておいてなんですが、まさかそんな大人数乗れるとは思わなかったわ。ノアの箱船かな?
「クルーズ船です。オーゼリアからトリヨンサークまでですと、普通の帆船なら半年近くかかります。帆船で向かうのは自殺行為ですよ」
いやあ、それはあちこちに寄港して、休みながら行くんじゃね?
「効率が悪いですね」
効率と言われちゃったよ……
「翻って、ご当主様のクルーズ船ですが」
「私のなんだ」
「当然です。こちらのクルーズ船ならば、片道十日程度で目的地に到着します」
「半年が十日!?」
どういう短縮方法だよ!?
「帆船で一番重要なのは、水の補給です。次に食料の補給。あちこちで寄港し補給を受け、なおかつ夜は航行しないとなれば、やはり半年かかる計算になります」
場合によってはもっと長くかかるかも……だって。半年はあくまで最短で行けた場合だそうな。
「……という事は、向こうから来る場合も、そのくらいかかるって事だよね?」
「そうなりますね。ただ、あちらが何か他の手を使っていれば、また違いますが」
「他の手?」
「魔法による、瞬間移動です」
あ、そっか。普段便利に使ってるくせに、こういう時頭からすっぽ抜ける。
うちの移動陣と同じものだとしても、最初の一人が時間をかけてオーゼリアまで来れば、後の人はいくらでも送り込み放題だ。
国境なんて、移動陣には関係ないし。
「でも、それだと入国した記録自体なくて、怪しくない?」
「トリヨンサークの人間ですから、十分怪しいとは思いますが……魔法を使っていた場合、移動先をオーゼリア国内ではなく、小王国群のどこかにしているのではありませんか?」
「なるほど」
小王国群は、その名の通り小さい国が興っては潰れる場所だ。当然管理もずさんだから、トリヨンサークから小王国群に船で来て、そこから陸路を使いオーゼリアに入りましたーって言われたら、確かめる術はない。
「相手の移動方法を、調べますか?」
「うーん……いいや、今それを知っちゃうと、どうして知っていたんだって事になるから」
自慢じゃないけど、知らない振りなんて苦手だもん。絶対どこかでボロが出る。
なら、最初から知らなければいい。
「どうせこれからトリヨンサークに行くんだから、向こうで調べればいいよ」
「承知いたしました」
多分、その辺りも私の仕事になると思うから。
トリヨンサークに行っている間、仕事が滞る……なんて事はなく。
「りもーと……でしたか? 調えておいて良かったですね」
「ソーデスネ……」
トリヨンサークに行っても、書類仕事は追いかけてくるらしい。満面の笑みのジルベイラの言葉に、ちょっと遠い目になりかけている。
リモートワークは、一時領地から王都へ避難していたジルベイラの為に調えたものだったのにー。
そういえば、少し前にレネートから私を通じて、ジルベイラへ謝罪があった。本人曰く、あの時はどうかしていたとしか思えない……そうだ。
とはいえ、ジルベイラに迷惑をかけたのは確かなので、謝罪を、という事だった。
本当は面と向かって謝るべきなんだろうけれど、それすら相手の負担になりかねないから、私を通じて手紙という形での謝罪。
ここまで配慮出来るようになるとは。感動していたら、カストルがこそっと教えてくれた。
「トレスヴィラジは、現在女性人口の方が多いですからね。どうやら、既婚者……元既婚者ですか。そうした年上の女性達から、お説教を食らったようですよ」
「おおう、それはまた……」
年上のお姉様かと思いきや、彼の母親世代の方々だったらしく。説教後は涙目になってたそうですよ。おばちゃん、怖い。
とはいえ、それで改心したのだから、おばちゃん凄い。レネートはこのまま一生独身でも、トレスヴィラジに骨を埋める覚悟だそうですよ。
レネート、イキロ。
大型クルーズ船は、ウヌス村沖の人工島……のさらに少し離れた場所に停泊させているそうな。
「まだ港が建設途中ですので」
人工島は大分形が出来てきていて、港は最優先で整備中だという。
それにしても、あの人工島……どこかで見た事があるような。あの、今にも火を噴きそうな感じとか、岩のゴツゴツとした感じとか。
「カストル、あれ……」
「前の当主の記憶にあったものを再現してみました。あ、中はさすがに違います。再現、しますか?」
「いいですやめてくださいおねがいします」
いや、こっちに著作権とか言ってくる連中はいないと思うけどさ。あそこ、怖いって話だからね……
さて、人工島から船までどうやって行くかといえば、小型の船を出すそうな。これはウヌス村の港から出港可能なので、そちらから。
今回の内覧会に参加するのは、私、リラ、ジルベイラ、ニエール、ヤールシオール、それとカストル。
ヴィル様達へのお披露目はまた今度という事で、今回は本当に出来たばかりの船を見に来ただけ。
ちなみに、デュバルからここまでは移動陣で来てます。
「あの、沖にあるのがそうなんですか?」
「ここからでも、大きさがわかるなんて……」
「あれでトリヨンサークまで行くんですねえ」
「いやー、エンジンとか真水化装置とか他にも色々、大型機器が多かったから大変だったよー」
笑いながら言うのはニエール。彼女、私が知らないところで大型船用のあれこれを作ってたらしい。
「ニエール、そんなものを勝手に作って、どこで使うつもりだったのさ」
「え? だって、フロトマーロに港作るんでしょ? なら、船がいるじゃない」
それもそうか。いや、でも勝手に作ってたのはどうなんだって話だよ!
「レラのくせに細かいなあ。結果的に使うんだから、いいでしょー」
「きー! ニエールのくせに細かいとかゆーな!」
「そこの二人! 言い合いしてるなら置いて行くわよ!」
ニエールと二人、リラに叱られました。
小型船も、普通に木造の手こぎ……とはならない。
「エンジンの小型化も進めていたからね」
「ニエール」
「結果、この船が出来たんだから、それでよし」
それでも、言いたくなるのが人間というものなのだよ。
小型船は小回りとスピードに振っているらしく、あっという間にクルーズ船に到着した。クルーズ船の、最後部だね。
で、これから上までどうやって上れと?
「少しお待ちください」
カストルが言うか早いか、船の中程から何かが下りてくる。幅は七、八メートルくらいあるよ。
それがゆっくり船の側まで下りてきた。
「こちらに乗り換えてください。足下にお気を付けて」
小型船の縁の高さでこの……何だ、オープンなエレベーター? が下りている。そこに、踏み台を使って小型船から乗り込んだ。
そういえば、波が結構あるのに小型船、揺れてないね。
「魔法で動かないよう固定していますので」
至れり尽くせりでしたー。
乗り込んだ船は凄かった。何が凄いって、その広さはもちろんの事、細部に至るまで豪華だわ。
既に人形を入れていて、時折すれ違う。人形、顔は作り込んでいないから、慣れていないとびっくりするよね。
顔、作った方がいいかな……
後部から乗り込んだからか、平行移動すると船の中部下寄りのデッキにいる。ここはバーや小さいけど賭博場も作ってあるらしい。いや、賭博って。
「賭けるのはお金ではなく、この船の中だけで使えるコインを想定しています。あくまで、遊びですから」
それでも、ギャンブルって中毒性が高いよね……大丈夫かな。
船の中の縦移動は、全てエレベーター。船の中央やや後部よりにシャフトがあって、全部で八基のエレベーターが稼働している。
「これ、今日中に回りきれるのかな?」
「見て歩くだけなら、大丈夫じゃない?」
私の呟きに、リラが答える。そうだね。見て回るだけだもんね。
船の後部……私達が乗り込んだ上のデッキには、オープンタイプのシアターがある。ここでは、水や火を使ったショーを行う予定だとか。
オープンタイプがあるなら、クローズタイプもあるそうな。クローズタイプ……普通の劇場では、芝居を上演するんだって。
そんな人達、雇い入れるの?
「いえ、人形にやらせてみようかと」
「はい!? 顔がない人形に?」
「主様の前の生では、人形を使った芝居があったと思いましたが」
人形劇の事? 確かに、あったね……
でも、等身大で操り糸もないし、何よりうちの人形達は人と同じように動く。最初に作った頃から、アップデートを繰り返してるからね。
そんな人形達に、人形劇を?
「……顔を作る前段階として、仮面を用いた芝居はどうかと」
「仮面か……」
上半分だけ隠す仮面ではなく、ヴェネチアのカーニバルで使うような全体を隠す仮面なら……
あれ? これ能じゃね?
とりあえず、人形劇の方は一旦棚上げ。ヌオーヴォ館に戻ってから、考える。とはいえ、あまり時間がないんだけどねー。
「わあ、いい景色ですねえ」
「えー? 海ばっかりじゃない」
少し上のデッキに移って、今度は客室の確認。この船、使用人も乗ることを想定しているせいか、豪華な部屋のすぐ側に、狭くて質素な部屋が用意されている。
質素といっても、そこはカストルがやる事。魔物素材をふんだんに使って、居心地良くまとめている。
「つかこのシーツ、安眠効果がついてない?」
「使用人は仕事で疲れていますからね。少しは労わないと」
ああ、そうですか。本当に人間臭くなって。
貴族用の部屋は、この辺りのデッキだとちょっと狭く感じる程。とはいえ、これが「船旅」だと思えば、十分広いし快適だ。
入ってすぐにリビング、薄い壁で仕切られたベッドルーム、バストイレもついて、バルコニーはそこそこ広い。
うん、船としてなら豪華な部屋だ。
客室の次は各種レストラン。メインダイニングの他に、地方色を取り入れたレストランが四つある。
うち一つは、温泉街の旅館の料理人が出張してくれるという。おお、なら和食だな。
他にも軽食を提供するカウンターがあったり、飲み物のみを提供するコーナーがあったり、至れり尽くせりだ。
他にも、温泉街のホテルからの出張はある。エステでーす。これ、使節団参加の女性には嬉しいサービスになるだろう。
「これもいい宣伝になりますね!」
何故か喜んでいるのはヤールシオールだ。まあ、温泉街の運営は彼女の商会……ロエナ商会が一手に握ってるからね。
他にも、領内の農園や牧場の運営管理、新都における直轄の店舗の運営などなど、トール商会の仕事は幅が広い。
それらを過不足なく回しているヤールシオールって、天才じゃないの? 本当、彼女を捨てた元夫は、惜しい事をしたね。
おかげで、うちは助かってるから感謝するけどー。
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