第328話 許可証ちょーだい

 結局、押し切られました……乗組員とか、どうすんのさ。


「温泉街の従業員の二割ほどを、接客担当として採用しようと思います。その分の補填も、今なら何とかなるはずです」

「最初から計算済みかー。でも、二割程度で大丈夫?」

「人目につかないところは、全て人形で動かそうかと」


 珍しく、カストルがいい笑顔です。あー、人形ねー。あれも、本当のところを余所の人に見せるのは、かなり危険な技術よね。作った私が言うのもなんだけど。


「構わないでしょう。本体も運用も高価となれば、欲しがるのは軍部くらいのものです」

「いや、それが一番困るんじゃん!」


 以前にも、熊から人形を軍が欲しがってるって聞いたし。あの時は何とか誤魔化せたけどさあ。


「それなら、王太子殿下に泣きつくのはどうでしょう?」

「殿下に?」

「お子様の危難を救ったのですから、研究費だけでは報奨に足りないのでは?」


 追加でお強請りしてこいってか。うーん……


「よし! お強請りついでに、トリヨンサークへの往復航路、快適に過ごせる船を用意しますってプレゼンしてくる!」

「ご武運を」


 いや、これ武運じゃないんじゃないの? てか、戦いに行くんか? 私。




 王都邸を経由して王宮に行くけれど、日帰りなのでルミラ夫人は同行しない。


 リラも領地の仕事をいくつか終わらせたいって言ってたから、今日は一人での王宮行きだ。


 侍従に案内されて、殿下の執務室へ。中に入って挨拶もそこそこに、クルーズ船の魅力をプレゼンしてみた。


「と、いうわけで、トリヨンサークまでの快適な船旅をご提供します! その代わり、我が領で開発したとある技術を、領以外に出さなくていいという許可証、ください」

「……いきなり来て何を言うかと思ったら」


 執務室の机に座る王太子殿下は、呆れた顔でこちらを見上げている。まあ、唐突だったよね。


「その……くるーず、せん? 船か? 聞いた事がないぞ、そんなもの」

「今から造ります」

「造る!? しかも今から!? 使節団の出発日時、知っていて言ってるのか!?」


 あ、そういや知らなかった。でもカストルが出来るって言うんだから、きっと日時も押さえてると思う。だってカストルだし。


 あっけらかんと答えると、何故か殿下が頭を抱えた。ヴィル様も、渋い顔をしてる。


 多分、この部屋で私が言った事を信じているのは、ユーインだけだろうなあ。次点で、ヴィル様。


 ただ、ヴィル様は私がやらかすとんでももご存知だから、渋い顔はそのせいだと思う。


 近いところでは、ギンゼールでのあれこれかねえ?


 まあでも、殿下には多分何とかなるって、伝えておかないとね。


「大丈夫ですよ。我が家の執事は有能ですし」

「いや、執事の有能はこの場合、関係がないのでは?」

「でも、執事が造りますよ? クルーズ船」

「はあ!?」


 殿下が凄く驚いているー。余所には見せられませんね、その顔。




 本当は人形の件をぼかしたまま、技術を領以外に出さない許可をもらいたかったんだけど、無理でしたー。


 ただ、全て説明し終えたら、ヴィル様だけでなく王太子殿下まで渋い顔になっちゃったよ。


「確かに……それは領外に出したら大問題だな」

「でしょう? こちらでも盗難には気を付けますが、やんごとない方から売れと言われちゃったら、困りますし」

「やんごとないって……それ、実質私の両親の事を言っているよな?」

「……てへ」


 こういう時は、笑って誤魔化せって前世で教わった! その私の様子に、殿下とヴィル様が揃って深い溜息を吐く。


「……侯爵、確認するが、王家や国に対して含むところがある訳ではないのだよな?」

「もちろんです」


 私は、大事に思っている人達と、自分の領が安泰ならそれでいいんだ。別にこれ以上領地を増やしたいとも思わないし、出世も望まない。


 だから、面倒なしがらみはいらないよってだけなんだけど。


「殿下、少しよろしいですか?」


 考え込む殿下に、ヴィル様が声をかけた。目線だけで促され、口を開く。


「レラは王宮にも国にも叛意はありません。ただ、自分の邪魔をされる事は酷く嫌います」

「……おとなしくさせておく為に、今回の要望を飲め……と?」

「許可証ごとき、大した影響はありません。レラは好き勝手にさせておいた方が、利益を勝手に生み出す存在です。鉄道網がいい例と言えます」

「ふむ」


 さすがにヴィル様はわかってる。私、普通に接している分には人畜無害なんだぞ。余計なちょっかいをかけてくるのがいるから、反撃するだけで。


 今回の件も、許可さえもらえればそれでいいんだ。別に王宮や王家から金品をゆすり取ろうとか、しないよ? 地位もいらないよ?


 ヴィル様の言葉に再び考え込んだ殿下が、こちらを見た。


「……正直、その人形技術には興味がある。危険地帯の工事に使えそうじゃないか」

「使えますよ。ただし、運用する為の魔力がもの凄く必要ですが」

「そういう事か……侯爵、許可を出す為に、一つ条件を付ける」

「条件……ですか?」

「私個人からの要請があった場合、人形技術を借り受けたい。それが条件だ」


 うーん……これは……


「では、その条件にさらに条件を付けさせてください」


 私の返答に、執務室内の温度がぐんと下がる。これ、王太子殿下の魔力だ。


「ほう? 王族である私がここまで譲歩したというのに、さらに望むのか?」

「大事な事ですから。要請内容には、軍事を含まない事と添えてください」


 今度の返答には、殿下はにやりと笑う。


「いいだろう。今すぐ許可証を発行しよう。ヴィル」

「は」


 ヴィル様が手渡した用紙に、王太子殿下がさらさらと何かを書き付ける。用紙の一番下に殿下のサインと、蝋を垂らしてそこに殿下が魔力を注いだ。


 おお、これ魔力印だ。確か、文書の中でもかなりの効力を持つものだけに使われるものだよね。


「これでいいか?」


 渡されたのは、公文書の体を為したもの。そこに、「デュバルからのあらゆる技術は、タフェリナ・ローレル・レラ・デュバルの許可なく持ち出す事を禁ずる」と書いてある。


 あれ? 頼んだものと内容が違うよ? しかも、範囲が技術全てにかかっちゃってる。


「……いいんですか?」

「良い。これからも、侯爵の働きに期待する」

「ありがとうございます!」


 やったー! 許可証、ゲットだぜ!




 トリヨンサークへは、年が明けてからの出発となった。今年の舞踏会シーズンはお休みだな。きゃっほー。


「トリヨンサークって遠いのよねえ? 結婚式までに、帰ってこられるかしら?」


 コーニーとリラは、来年の似たような時期に結婚式だもんね。


「まあ、最悪二人だけでも移動陣で送り返すから」

「レラもよ」

「あんた、私の義理の叔母で雇い主なんだから、式への出席は絶対だっての」


 おおう、二人からダメだし食らいましたー。


 ただいま、王都邸にてトリヨンサーク行きの為の支度中です。やる事は、どんなドレスを持っていくか。


 実はね、マダム・トワモエルに頼まれちゃったんだ。


『ぜひ! ぜひ侍女の端くれとしてでも、同行させてくださいましいいいい!』


 まあ、国の外に出るなんて、そうそうない事だからね。でも、トリヨンサークは危険かもしれない国なのに。


 でも、これには後押しがあった。シーラ様とラビゼイ侯爵夫人ヘユテリア様とゾクバル侯爵夫人ユザレナ様の三人。


 リラに付けさせているのと同じブレスレットを使えば、危険がぐっと下がるって言われたら、連れて行かない訳にもいかないよねー。


 そして、ブレスレット代は、ねじ込んだ詫びとしてお三方が出してくれるそうでーす。


 マダムは、余所の国のデザインを知りたいらしい。特に、王妃様に献上されたっていう、あの布にとても惹かれるそうな。


 なので、現地に行ってどうしても自分の目で見て買い付けてきたいんだって。ドレスの為なら、危ない橋も渡るってか。ある意味、凄い度胸だと思う。


 その根性が、お三方にも気に入られたのかも。もしくは、向こうの布を手に入れたマダムが作る新作ドレスに興味があるか。……後者だな。


「いくつかは、布地を持ち込めば船内でマダムが仕立ててくれるんでしょう?」

「うん。最初は向こうに到着してからって話だったんだけど、船の内装の完成予想図を見たら、これならいけるって言ってた」

「あれね……」


 コーニーの言葉に答えていたら、リラがげんなりした顔になってる。何でだろー。


「あの完成予想図、本当なの? まるで、大きな邸を船に乗せるようなものじゃない」

「チッチッチ。違うんだなあ、コーニー」

「何よ」

「乗せるのは邸じゃなくて、小さな街だよ」

「はあ?」


 驚くコーニーの陰で、リラがうわあって顔をしてる。やっぱり、知ってるな?


 一つの街がそのまま船に入ったような、あの巨大クルーズ船を。

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