第330話 来ちゃった

 完全に内々での内覧の後は、ヴィル様やコーニー、イエル卿にも見せておこうかな。


 そう思っただけなのにー。


「移動陣は、やはり便利だな」


 何故ここにいるんですかね? 王太子殿下。いや、栄誉な事ではありますが。


 本日の参加者は、私とユーインは当然として、王太子殿下、ヴィル様、イエル卿、それにリラとコーニーだ。カストルは案内役として、また小型船の操縦者として同行している。


 一度デュバルの王都邸に来てもらい、そこから全員で移動陣を使って、ウヌス村まで来た。殿下の言葉じゃないけれど、本当、便利だよねえ。


 王太子殿下は、到着したばかりのウヌス村を見回している。


「それにしても、元マゾエント伯爵領だった場所だよな? ここは」

「ええ、そうです。もっとも、伯爵家には大分長い事見捨てられていたようですが」

「何だと?」

「行き来がしづらい場所ですからね。山側からも入れますが、かなり古くて使いづらい山道でした」

「だったら伯爵家で金を出し、道を整備すべきだったのだ。やはり長男だけでなく、当主夫婦にも罰を与えておいて正解だったな」

「本当ですよ」


 あの当主夫妻より前の代から放置されていたと思うけれど、だからといってグイフ君の両親が放っておいていいという訳ではない。


「この村は、侯爵に渡って幸福だ」

「そうでしょうか?」

「村人の顔を見ていればわかる。皆、明るい笑顔ではないか」


 トレスヴィラジの人達は、とても逞しい。あんな辛い目に遭ったというのに、生きる事に貪欲で前向きだ。


 死者の事は悼んでも、そこで留まる事はない。人は生きているんだから、それでいいんだと思う。


 彼等には、やるべき事も与えているしね。




「これが……船……?」


 移動用の小型船にも大分驚いていたけれど、クルーズ船を前にしたら、殿下が驚き過ぎて何も言えないようだ。


 ヴィル様やコーニーはあまり驚いていないね?


「いや、十分驚いてはいるんだが……現実味がない」

「私は街が入るくらい大きいって聞いていたから、てっきりあっちの人工島のようなものかと思ってたの」


 二人とも……いや、コーニーくらいの覚悟でいてもらえば良かったのかなー。


 前回同様オープンエレベーターでデッキへ上がる。


「この上は何なんだ?」

「野外劇場です。火や水を扱う見世物を上演します」

「火や水? 上演というと、芸人か何かを乗せるのか?」

「いえ、その辺りは仮面を付けた人形を使おうと思っています」


 あ、殿下の顔色が変わった。


「……それは、人形に人間の振りをさせる、という事か?」

「近いですね」


 どちらかというと、人間の振りが「出来る」じゃないかなー? でも、それは言わない。笑顔で煙に巻いておく。


 でも、殿下は何やら考え込んじゃったよ。


「……今更ながら、許可証を出しておいてよかったよ」

「あれ、役に立ちました。改めて、ありがとうございます」

「役に立った? では、侯爵の元に、人形を売れと言ってきた者がいるのか!?」


 あれ? 予想外の反応が。


「ええ、貴族派の伯爵家から、購入したいという話が――」

「どこの家だ!?」


 ……どこだっけ?


『カラハーガ伯爵家です』


 おお、ありがとうカストル。


「カラハーガ伯爵家の当主です」

「カラハーガか。まったく、嫌な意味で抜け目のない」

「ちなみに、既に貴族派筆頭のビルブローザ侯爵にはお手紙で報せてあります」


 私が言った途端、ぴたっと会話が止まるのは何故なんだろう?


「……ビルブローザ侯爵に、カラハーガ伯爵が人形を買いに訪れた事を、報せたのか?」

「ええ。ちなみに、簡単にではありますが、殿下からいただいた許可証の件も書き添えておきました。侯爵からは、以後二度と同じような事をする者は出さない、とお約束をいただいております」

「そうか……ビルブローザ侯爵が……」


 まあ、派閥のトップにお叱りを受けたら、下の家は従わざるを得ないよねー。カラハーガ伯爵がその後どうなるかは、しーらないっと。




 前回の内々の内覧で見た場所は全て見て周り、今回は最上階にある私専用フロアも見ていく事にした。


 ヴィル様やコーニー達が入るのは、このフロアだからね。


「ほう、今までの場所より明るいな」


 上階ですからねー。それに、天井には明かり取り用の窓があるし。


 この上は屋上部分で、天窓付近は芝生で囲まれていて侵入不可エリアだ。


 芝生の両脇にはベンチやら遊歩道があって、くつろぎスペースになっている。うん、屋上、結構広いのよ。


 まずは、ヴィル様達が実際使う部屋をご案内。いわゆるスイートルームで、入ってすぐにリビング、そこから奥へ抜けるとバルコニー、右手には広いベッドルーム。


 バスルームは広く設計されていて、バスタブとシャワーブースが設置されている。洗面台も広く、大きな鏡付きで使いやすそうだ。


 全体を見て回った後、王太子殿下がぽつりと漏らした。


「……狭くないか?」


 そりゃ王宮の部屋に比べれば狭いでしょーよー。でも、これ船の中だって事、忘れてないよね?


 ちょっと毒のある笑顔で確認してみた。


「殿下、ここは船の上ですよ?」

「は! そ、そうか。あまりの事に、忘れていた」


 素でここが船の上だって事、忘れていたらしい。


「私は船に乗るのは初めてだが、これが普通でない事だけはわかるぞ」


 何故か、怖い物でも見るような目で周囲を見る王太子殿下。いや、お化けなんて出ませんて。新造船ですよ。


 ヴィル様も苦笑してるよ。


「以前、ガルノバンの船に乗りましたが、あちらよりも広くて快適そうです」


 そういえば、ヴィル様は一緒にギンゼールに行きましたねえ。ガルノバンの船は、速さや積載量を追求していたようで、居住性は全然だったもんなあ。


 あれ? 何か嫌な予感。まさかね?




 船のあちこちを見て周り、何故かぐったりした殿下をヴィル様とイエル卿に預けて、私とユーイン、リラ、コーニーはデュバルのネオポリスへ。


 ヌオーヴォ館の移動陣を置いている部屋から出ると、侍女の一人が扉の前で待っていた。


「ご当主様、お帰りなさいませ。あの、ルミラ夫人がお伝えしたい事があると」


 ルミラ夫人が? 何だろう。


 とりあえず、それなりに疲れたので着替えて居間へ。そこへお茶を持ってルミラ夫人が入ってきた。


「お疲れのところ、申し訳ございません、レラ様」

「いいけど、何かあったの?」

「それが……」


 ルミラ夫人が言いよどむとは。いや、本当に何があったのよ。


「こちらを」


 差し出されたのは、一通の手紙。封蝋もないそれは、温泉街の旅館に備え付けているレターセットだ。


 うん、嫌な予感しかしない。でも、読まない訳にもいかない。


 封筒の中には、折りたたんだ便せんが一枚。そこには、ちょっと角張った日本語で一言書かれていた。




 来ちゃった




 いや、来ちゃったじゃねえわ! 立場考えろっての! 一国の国王が、何国境越えて隣国まで勝手に来てるのよ!!


「ルミラ夫人、これを書いた御仁、どこにいるの?」

「現在は、星深庵の方に」


 おのれアンドン陛下。寄りにも寄ってお高い宿に泊まりおって。いや、国王なんだから当然か。ある意味国賓待遇だよ。


 とはいえ、お忍びだろうから、しっかり料金はふんだくってやる。




「遊びほうけている国王がいるのはここかあああああああ!」

「おー、久しぶりー」


 久しぶりー、じゃないよ! こっちの怒りが見えないか!!


 アンドン陛下は、山の斜面を利用した全室離れの隠れ家的高級宿「星深庵」、そこの中央管理所……通称「星見どころ」にいた。


 ここ、いわゆるロビー的な扱いなんだよね。フロントもあるし、喫茶軽食も提供している。


 そこのソファに、浴衣着てどっかり座ってたわ。腹立たしい事に、しっかりくつろいでるよ。


 さすがは一国の王というべきか、アンドン陛下はこちらの事などお構いなしに、ここに来た経緯を話し始めた。


「いやさあ、山岳鉄道が完成しただろう? 完成したら、乗りたいじゃん? まだ試験運転中だって言われたけどさあ、一番乗りで試してみたくて」

「誰の許可を得て乗ったんですか?」

「え? 巻き毛を調えた兄ちゃん」


 ポルックスウウウウウウウウウ!


『……てへ』


 報告連絡相談は大事だって、何度も言ってるでしょおおおおお!


 立ったままもなんだから、アンドン陛下の前に座った。


「いやあ、この宿いいな。構えてなくて、安心出来る」

「その分お高いですよ」

「おお、支払いなら任せろ。何せ、俺、王様だからな!」

「国民の血税を、遊興費に……」

「いや、支払いは俺の個人資産からだよ」


 ん? どゆこと?


 詳しく聞いてみると、ガルノバン内で使われている機械の特許的なものは全てアンドン陛下にあり、そこからの収益がもの凄いんだって。


「今度ギンゼールにも輸出が決まったしさ。さらに儲けられるってんだ、一度オーゼリアに来ておこうと思ってよ」

「はあ」


 どうしてギンゼールとの取引で儲かるから、我が国に来る事になるんだか。さっぱりわからん。


「一応お忍びだからさ、国内、案内してくんない?」

「無理です」

「えー? つれない事言うなよー」

「いや、やる事山積みだから、無理なんですってば」

「何だよ、やる事って」


 これ、言っていいのかな。ちょっと悩んでいたら、アンドン陛下がわかった、と言い出した。


「またギンゼールの時みたいに、どっかの国に行くんだろ? 今度はトリヨンサーク辺りか?」

「な、何でそれを?」

「え? 当てずっぽうだったんだが……マジで?」


 当てずっぽうで、正しい答えをぶち当てるなよおおおおお!


 頭を抱える私に、アンドン陛下からとんでもない言葉が出てきた。


「よし! そのトリヨンサーク行き、俺も噛ませろ」

「はあ?」


 何言ってんだ? こいつ。あ、一応国王だっけ。でも、内心だから不敬罪には問われないよね。


 てか、それを言ったら、ここに来た時の事はばっちり不敬罪に当たるなあ……


 ちょっと遠い目をしていたら、陛下にさらに頼まれた。


「いいだろう? うちの船、貸してやるからさあ」

「あ、船ならあるんでいりません」


 この為に造ったばかりの新造船がある。ちょっと、あれに乗るのは楽しみなんだ。


 私の返答が予想外過ぎたのか、アンドン陛下が酷く驚いている。


「えええええ!? う、うちの船、速いんだぞ!?」

「うちのもそれなりに速いですよ。それに、居住性は絶対うちの船の方が上です!」

「う、うちの船は揺れにくいんだからな!」

「うちの船はほぼ揺れませんよー。それに、長い航海を退屈しないよう、色々な設備があるんですから!」

「え? 何それ? クルーズ船みたいじゃん」


 いや、みたいじゃなくてクルーズ船だよ。

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