第326話 Happy Birthday
唐突だが、私は忙しい。領内整備もまだまだだし、新しい事業も興している。それに加え、今度はトリヨンサーク行きだ。もう本当に忙しい。
なので、有象無象に関わっている暇はないのだよ。
「これ、うちの執事が集めたねじ込んでくるバカ共の家の弱みです!」
王太子殿下の執務室の机に叩き付けたのは、カストルがあっという間に調べ上げた各家の弱み。まー、出るわ出るわ。犯罪すれすれのもあったぞー。
とはいえ、そこは数代続く貴族、ヤバいラインをきちんと越えないよう、慎重にやってるわ。
でもー、やっぱり表沙汰にされたらちょーっと気まずいよねーって内容ばかり。
領内の作物流通に関わる脅迫ギリギリのお願いとか、地位を振りかざしての嫁取りとか、息子娘のおいたによる不始末の尻拭いとかとかとかとか。
特に不始末に関しては、表沙汰になると縁組みに影響が出るというね。
いきなり机の上に紙束を叩き付けられた王太子殿下は、驚いている。いや、ヴィル様達も驚いているか。
「ど、どうしたんだ? これ」
「先程も申しました通り、我が家の執事が調べ上げました。これを使って、ねじ込んで来てる連中蹴散らしてください」
「それは助かるが……また、どうしていきなり調べたんだ?」
「……」
ちょっと言いたくない。視線を逸らしていたら、脇から溜息が聞こえた。ヴィル様だ。
「大方、このうちのいくつかの家が、お前のところにもねじ込もうとしてきたんだろう」
バレてるー。無言は肯定と受け取られるよねー。何だか、殿下から呆れた視線を感じるけど、気にしない!
「とにかく! 材料は用意しましたから、後はよろしくお願いします」
「わかった。助かる」
にやりと笑った殿下は、私が渡した紙束をぱらぱらとめくっていた。
「よくこれだけ調べ上げたな」
「うちの執事、有能ですので」
「なるほど」
あとは殿下に丸投げだ。こういうのは、より権力を持った人がやるべきだからねー。
数日後、無事一掃されたとユーインから伝言を受け取った。我が家の方にも、面倒な手紙が届かなくなったので、良かった良かった。
虎の威を借る狐? そうですが何か? ただしこの狐、虎の命令には素直に従って働く勤勉な狐だからな?
使節団関連も忙しいけれど、それより大事な事で王宮はてんやわんやだ。
ロア様の出産である。
産婆は実家から連れてきた身元が確かな侍女だし、周囲に置いている者達もそう。
産室となった王宮奥の部屋にいるのは、そんな人達。その中に、私が紛れているのは何だか場違いな感じだよ。
部屋全体に結界を張り、殺菌効果のある術式を使っている。雑菌ダメ絶対。
広くない室内には、産婆の侍女と補助が二名、他にロア様のお世話係の侍女が四名。
産湯も魔法で作るので、余所でお湯を沸かす必要なし。魔法で瞬間で沸かし、すぐに冷却して適温にする。魔法って、本当便利。
私はその部屋の端に、衝立で囲ったスペースにいる。いや、目に入らない方がいいかと思ってさー。
室内の緊張とか、ロア様の苦しそうな息づかいとかが伝わってきて、ハラハラするわ。無事、生まれてきますように。
この部屋に入ってから、どれくらい経った頃か。ふと、か弱い魔力の波を感じた。
顔を上げると、私の耳に力強い産声が響く。
「お生まれになりました! 王子殿下です!!」
室内に、歓喜の声が響いた。お世継ぎの誕生だ。
「侯爵様! 申し訳ございませんが、一度結界を解いていただけませんか? 外へ報せにいかなくてはなりません」
おっと、そうだった。この結界、外から入れないのはもちろん、中からも出られないものだったっけ。
慌てて結界を解除すると、侍女の一人が慌ただしく部屋を駆けだしていく。王宮の廊下も、走っちゃいけないんじゃなかったっけ?
まあ、いっか。慶事だもんね。
衝立からそっと顔を出してロア様を伺うと、上体を少し起こして胸元に小さな布を抱えている。あれが、王子殿下か。
ロア様は疲れているけれど、とても幸せそうだ。
さすがに王太子殿下の前に王子様の顔を見る訳にもいかないので、おとなしく衝立のスペースに戻った。
廊下の向こうから、集団の足音が聞こえる。殿下が来たな。感動の親子初のご対面……ん? 殿下じゃない?
慌てて、部屋の結界をもう一度張る。衝立のスペースから出て、厳戒態勢へ。
「侯爵様? どうかなさいましたか?」
「殿下以外の連中が来た」
「え!?」
室内に、これまでとは違う緊張が走った。
「大丈夫。結界を張っておいたから」
余計な雑音をロア様に聞かせたくないから、遮音結界も張っておいた。あ、今度は殿下達が来た。部屋の前でもめてるねえ。
どうやら、抜け駆けをしてお子様誕生を祝おうと画策した一団がいたらしい。まだ若い連中だね。
一番乗りで祝いの言葉を捧げ、ロア様か殿下、もしくは両方の覚えがめでたくなるようにと思ったらしいよ。バカか。
案の定、殿下にもの凄い叱責をされて、恐怖のあまりひっくり返ってちびってる。あーあ、廊下の掃除をする人も、嫌だろうねえ。
おっと、結界解除しないと。殿下達が入ってこられない。
「ロア!」
「殿下」
「おめでとうございます、王太子殿下。王子殿下のご誕生です」
「おお」
殿下が引き連れてきたのは、いつもの執務室メンバーだったらしく、室内には入らないで扉の外で待機。こういう気遣いが出来なければ、殿下の覚えがめでたくはならないのだよ。
王太子殿下のご長男はルイド・ダーキュヴァン・シオヴァルと名付けられた。王子誕生は即日王都中に広められ、早速王子誕生の祝いの言葉があちこちで聞かれたそうだ。
その小さな王子様は、母君ロア様の腕の中でお利口さんに寝ている。
「侯爵、改めて、王子誕生までの間の事に感謝する」
「畏れ多い事にございます」
本日呼び出された理由は、王子誕生の際にロア様と王子を護った事に対する報奨だそうな。なので、今日いるのは王太子殿下ご夫妻と私、あと小さな王子様と乳母が一人。
殿下は、私の目の前でちょっと遠い目だ。
「まさか、王宮にあんなバカが潜んでいたとはな」
ああ、我先にと突入しようとした連中の事ですねー。あいつら、親も巻き込んで騒動になったらしいよ。
とはいえ、親のコネで王宮文官なんぞになっていたから、当然か。親子共々、王宮からの追放が確定したそうな。
一応領地持ちだから飢える事はないだろうけれど、二度と社交は出来まいて。
王宮追放って事は、王家からそっぽを向かれたも同然だからね。そんな家とお付き合いしたい貴族はいないだろうよ。
という訳で、ロア様の出産に関して、私の一番の功績は連中を部屋に入れなかった事……らしい。
「何か欲しい褒美はないか?」
褒美……褒美ねえ。
「では、研究費をください」
「研究費?」
「はい」
人手不足を解消……とまではいかないけれど、お金で解決出来る事は研究にも多い。
例の印鑑用の魔法のインク、諦めてないんだからね!
「……侯爵には、珍しいおねだりだな」
「そうですか? わかりやすいものだと思いますけれど」
お金って、ある意味共通の価値があるからさ。
「まあいい。危ない研究ではないだろうな?」
「そんな訳ないじゃないですか、失礼ですね。開発したいのは、誰が押印したかわかるインクですよ」
「……どういう事だ?」
殿下が眉間に皺を寄せたので、私はサイン代わりの印鑑を領内で試験的に導入するつもりである事を説明した。
「で、印鑑だと誰が押したかわからないって言われまして」
「それで、誰が押したかわかるインクを開発したいと……侯爵の頭の中は、一体どうなってるんだ?」
度々失礼ですね! 本当に。
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