第325話 関係ないと思ったのにー

 トリヨンサーク行きのメンバーを決める募集が始まった。王都が中心だけど、地方でも参加可能としていた。


 その場合、領主の許可と後援を得て参加する事がルールだってさー。


「という訳で、ぜひとも推薦していただきたいのですが!」


 鼻息荒く言ってきたのは、ヤールシオールだ。ちょっと領地に戻って書類仕事して、また王都へ帰るかーって時に、執務室にやってきた。


「どこからその話を聞いたの?」

「王都にはいくつも伝手がありますもの」


 ほほほと笑うヤールシオールは、やはりやり手だのう。


「あなたが留守にしたら、商会はどうなるの?」

「副会頭が育っていますから、問題ありません。それに、あちらの国からでも連絡は出来ますでしょう?」


 にやりと笑うヤールシオール。うん、そうね。うちで使っている携帯通信機は、距離に依存しないから。


「とりあえず、参加目的を聞きましょうか?」


 ただ何となくや、遠い国を見てみたい程度なら却下するよ?


 そうしたら……


「決まっているではありませんか! トリヨンサークにも、我が商会の販路を広げる為です!」

「ええええええええ!?」


 いや、本当にびっくりな答えだよ。


「我が商会って……うちで扱っている商品って、魔導具も多いんだけど?」

「その辺りは輸出に関して厳しい制限がありますので、それ以外の商品を出したいと思います」

「それ以外……?」


 何かあったっけ?


「嫌ですわ、ご当主様。我が商会には最大の強み、陶器があるではありませんか!」


 あれかー! 確かにちょっと余所ではみない品だけど、トリヨンサークにも似たようなものがあるかもしれないよ?


 そう言ったら、ヤールシオールは人差し指を立てて横に振った。


「以前、何やらよろしくない事をしたトリヨンサークの伯爵がいましたよねえ? 彼を通じて、我が商会の陶器がいくつか購入された記録があるんです」

「そうなの?」

「王都の支店での購入ですし、特に変わったところはなかったので、特記事項も記載されていませんでした。購入された商品も、一般モデルですし」


 現在、陶器は三つのモデルがあるそうな。庶民でも頑張れば買える一般モデル、下位貴族か裕福な商人向けの高級モデル。


 そして上位貴族や王宮を相手にする最高級モデルの三つ。実際、王宮からは問い合わせがきていて、いくつか納品済みだってさ。


 そういや、王宮の食事時に出てきたね、陶器の食器。


「よろしくない事をしていて、かつ、いつ腕が後ろに回るかわからない中で購入しているんですよ? これはもう、あちらには類似品はないと思うべきです!」


 そんなもんかなー? 何かの目くらましで購入したのかもしれないよ?


「ともかく! 我が商会の商品は絶対に売れます! ですから、販路を広げる為にもぜひ! 推薦状を!!」


 結局、押し切られる形で推薦状を書きましたとも。ヤールシオールとお付きの子達の分も、結界生成ブレスレット、注文しておかなきゃ。


 このブレスレット、大変使い勝手がいいんだけど、お高いのよ。しかも、ある程度魔力がある人向けは問題ないけれど、そうでない人用は最新式の高圧縮型魔力結晶が使われているので、魔力がなくても結界を張れる。


 ニエールが開発した巨大魔力結晶と同程度の容量を誇る高圧縮型魔力結晶は、直径五ミリ程度の結晶に、直径十五センチ以上の魔力結晶と同程度の魔力容量を持たせたもの。


 この高圧縮型魔力結晶が高いんだよねー。これ、最新技術だから。とはいえ、うちだと割安で購入できますけどー。


 何せ結晶の技術を握っているのがニエールだからね。しかもその結晶を作るのに欠かせないヒセット鉱石を国内で唯一扱っているの、うちの商会だからさー。




 王宮での使節団随員選抜試験は、順調に行われているそうだ。自身の息子は出したくないけれど、使用人や領民なら構わないって家は多いようで、そうした家の推薦状を持った平民が多く会場に集っているってさー。


 うちのヤールシオールは早々に試験を突破し、随員に選ばれている。あれ、全ての人をテストしてその中から選ぶのではなく、ある程度先着順で試験を行い、有能そうなら即採用なんだって。


 当然、採用枠には限度があるので、後から試験を受ける方が不利になる。


 何故こんな方法を採用したかといえば、こういう情報をいち早く、確実に得るのも才能の一つだから。そんなところで篩いにかけられてるんだね……


 私の方も、王宮でロア様の身辺警護を務めつつ、王都邸での書類決裁、それに加えて新しい魔導具の作成に取りかかっている。


 いや、ヤールシオールも来るなら、例のブレスレット、もう少し強力なものにしてもいいかなーって。


 ついでに、リラのブレスレットもアップグレードしておこうと思う。どんな災難からも「身を守る」為に、あれこれ入れる術式を選んでいく。


 高圧縮型魔力結晶を使うと、入れられる術式の難度と数が増えるので、ついあれもこれもと入れたくなるんだよなー。


 あと、携帯通信機ももうちょっと機能をアップしたくてだね。


「ハンズフリーで通話出来るようにしたいんだー。あと、写真と録音と録画機能を付けたい」

「ますますスマホに近づいてるわね」

「この程度じゃあ、ガラケーくらいじゃね?」


 スマホの強みって、カスタマイズじゃないかと思ってる。好みのアプリをインストールして、使いこなす。


 そういう意味でも、今回の携帯通信機のアップグレードは、ガラケー程度だな。


 他にも、緊急時に使えそうな機能をピックアップして、搭載リストに書き込んでいく。これ、出来ればうちで働く人間全てに持たせたいなあ。


 その為にも、まずは単価を下げないと。私も頑張って働きますか。




 八月が過ぎ、九月も終わりを迎える頃。民間からの随員枠が一杯になった。


「だというのに、どうにかしてくれとねじ込んで来るバカ共が多くてな」


 王宮に向かったら、ロア様の元ではなく王太子殿下の執務室に案内されちゃったー。そこで殿下の愚痴を聞く羽目に。


 ロア様は、今日いっぱいローアタワー家のご両親がいらしていて、久々の家族水入らずをお楽しみだそうな。


 それはともかく、ねじ込みに相当参っているらしい殿下は、ちょっと目が病んでいる。なので、珍しくも提案をしてみた。


「もういっそ、ねじ込んで来る連中はすっぱり切っちゃったらどうですか?」

「そうしたいのは山々だがな。どこも六代以上続く貴族の家柄だ。簡単には切れん」


 六代も爵位をキープしてるくせに、どうしてそんなに世渡り下手なのか。もうオーゼリア七不思議に入れていいんじゃないかな。


「なら彼等の弱みを握って、退けてはどうですかねー」


 それだけ続く家柄なら、探られて痛い腹の一つや二つあるもんだ。


 何げない私の言葉に、殿下は一瞬固まったけれど、すぐに何やら考え込んだ。


「ふむ。それも手だな」

「殿下。レラの甘言に乗せられないでください」


 失礼ですね、ヴィル様。こういうやり方を教えてくれたの、サンド様ですよ?


 表だって対立出来ない相手なら、裏から搦め手で落とせばいいって言ってましたもん。言わないけど。


「大体、そんな方法、どこで覚えた?」


 やっべ。ヴィル様に詰め寄られた。サンド様には、ヴィル達には内緒だぞ? って言われてるんだよねー。


 でも、ロクス様は似たような事、思いつきそうだけど。


 ヴィル様に睨まれても私が口を割らなかったので、ヴィル様が折れた。大きな溜息と共に。


「大方、ロクス辺りに入れ知恵されたんだろう。あいつのやり方はお前に合わない。忘れろ」


 確かに。裏から手を回すより、思い切り相手の鼻先に魔法をたたき込む方が性に合ってる。


 私はね。


 私以外の、それこそカストル辺りなら嬉々としてやるんだろうなー。


『ご命令があれば、いつなりと』


 あー、はいはい。今回のねじ込みは私に関係ないので、殿下に頑張ってもらいましょう。




 って、思ってたのにー。


「何で私の元にこんなに嘆願書がくるのさー」

「一応、王家派閥の序列上位だし、現在王宮にほいほい行ける身だからじゃない?」

「嬉しくない……」


 私の手元には、王太子殿下の元にねじ込んでいる連中からの推薦状が山になっている。


 連中、あちこちの伝手を頼って殿下にねじ込もうとしてるみたい。で、その伝手のうちの一つが私。


 いや、こいつらの伝手になった覚え、ないんですが!?


「大体、誰よこれ?」

「息子があんたと同じクラスにいたはずよ? こっちは娘があんたと同学年で総合魔法のクラスが一緒。こっちも同じね」


 総合魔法で同い年? しかも男子? 何故だろう……あんまりいいイメージがわかない。


 名前は……ヤセッツ子爵家、ドーザ男爵家、オヒヴェイド男爵家。見事に伯爵より下の爵位の家ばかりだねー。


 はて、こんな連中、総合魔法にいたっけ?


「ともかく、そんな薄い繋がりでこっちを便利に使おうなんておこがましいわ!」

「確かにね。伯爵の頃だってどうなのよって感じなのに、今やデュバルは侯爵家。そこにこんな厚かましい手紙を出せる辺り、さすが子爵家男爵家って感じだわ」


 そーなんだよねー。貴族は繋がりも大事だけれど、面子も大事。下位の家に言い様に扱われると、逆鱗に触れる恐れがある。


 これはあれか? 女当主だからって舐められてるのか? 喧嘩売るっていうんなら、高額買い取りするぞ?


 あれ? こんなやり取り、前にもやった記憶が……


「とりあえず、これらの手紙は見なかった事にして、廃棄しましょう」

「いいんだ?」

「逆に聞くけど、こんな厚かましい手紙にわざわざ返事を書いてやる必要、ある?」


 ないね。存在自体、消してしまおう。こんな失礼な手紙なんて、なかったんだ。


「……ついでにこいつらの弱みを握って、揺さぶりかけよう」


 よもや、私がねじ込んでくる奴らを一掃する事になるとはなー。おのれ厚かましい連中め。私にいらない仕事、させるんじゃないよ。

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