第324話 売られた喧嘩は倍額で買う
ロア様から予告をもらってから数日後。見慣れた庭園奥の建物に来ていた。
王妃様の隠れ家で、王妃様の内輪のお茶会でーす。
「ここでは気を楽にしてちょうだい」
そう笑う王妃様のお召し物は、珍しくもかなりラフなもの。体を締め付けないラインで、ゆったりと着こなしている。ちょっと、アジアンテイスト?
「お義母様、見た事のない意匠ですね」
そう仰るのはロア様。彼女も今日のお茶会の参加者です。他にはリラとコーニー。
ここでコーニーと一緒になるとは。今年はイエル卿の都合が付かず、一緒に行けないからって理由で私のバースデーパーティーには不参加だったんだよねー。
なので、コーニーに会うのは久しぶり。でも、この場で再会を喜ぶ訳にもいかん。いくら「気を楽にして」って言われてもね。
ロア様の言葉に、王妃様……ここではネミ様と呼ばないと怒られるか。ネミ様がゆったりと微笑んだ。
「ええ、つい最近、献上されたものなの。調べた結果、おかしな効能はないそうだから、着てみたのよ。どうかしら?」
「よくお似合いです」
ロア様の言葉に、無言で頷いちゃった。いや、本当にお似合いです。ネミ様って、可愛らしいタイプの美人だから、細かい花模様がよく似合う。
あれ、大きな花柄だったら、また着る人を選ぶ品だよなあ。
ぼーっと考えていたら、ネミ様の口からびっくりする名前が飛び出てきた。
「これね、トリヨンサークの使者から献上されたものなの」
なんですとー?
トリヨンサーク。オーゼリアとは魔の森を挟んで反対側にある国で、ギンゼールから見ると東側に隣接する国。
魔の森を行き来出来れば近い国なんだろうけれど、実際には大陸の縁をぐるっと回らないと行けない場所にあるので、かなり遠いイメージだ。
そのトリヨンサーク、ここ最近はよく耳にする国名だったりする。あまりいい内容でないのが、ちょっと気になるよねー。
で、そのトリヨンサークから、ギンゼールを通じて使者が来たそうな。
「まずは簡単な挨拶を……と、これの他にもいくつか布地を持ってきたわ」
「まあ。トリヨンサークは紡績が中心の国なのでしょうか?」
「他にも工芸品をいくつか持ってきていたわね。それでね、来年の春には、使節団をこちらに寄越したいって言うのよ」
おっと、こちらからも使節団を出すって話、王太子殿下がしてましたよねー。私もそれに参加が決定してたはずだけど。
当然、それはネミ様もご承知のはず。ちらりとネミ様を伺うと、視線がばっちり合っちゃいましたー。
「王太子から、あちらの国に使節団を送るという話は、聞いていて?」
「は……はい……」
「その時期は?」
「そちらは、まだ聞いていません」
話を聞いたのは、大公派が一掃された後。私のバースデーの前だったね。
あれから具体的な話は進められてないし、何よりバースデーパーティーやら狩猟祭やらでこっちが忙しくて。
とはいえ、王宮には毎日通っていたんだから、何か決まったらすぐに話は聞けたはず。って事は、何も決まってないんだな。
「王太子もあちらこちらで調整を行っているんだけれど、何せ国交すらまともにない国でしょう? 参加人数が集まらなくて」
ネミ様の言葉に、なるほどと思う。使節団というからには、ヴィル様や私達だけって訳にはいかない。
体裁を整える為にも、文官も複数名同行させる必要がある。その人選が難航してるって訳か。
トリヨンサーク、遠いもんなあ。下手したら、帰国出来ないなんて事にもなるかもしれないし。
『もしもの時は、森を開放しますので、帰還には問題ありません』
おっと。久しぶりのカストルからの念話だ。いやいやいや、まだ帰れないと決まった訳では……てか、まだトリヨンサークに行ってもいないよ。
『あくまで、もしもの時は、ですよ』
そーですか。その時はお願いするわ。
『承知いたしました』
トリヨンサーク、行くだけでも大変なんだけどなー。
場所はわかっていても、どういう国かまったくわからないところへ、好んで行きたい人はそう多くない。
特に長く平和が続いているオーゼリアの文官は、誰も行きたがらないそうだ。この国、平和が長く続いているせいか、チャレンジ精神のある人、多くないよね。
とはいえ、自分の身を守れるような人は、文官なんかにはならないか。
「今回の使節団の目的を考えれば、体裁を取り繕えるだけの人員がいればいいの。なので、王宮の文官ではなくとも、市井から募集してもいいのではと思っているのよ」
えー? それ、王宮の文官の命より、平民の命の方が軽いから利用するって聞こえますよー? 王宮の文官って、全員貴族出身だから。
「不服なようね? 侯爵」
「いえ、そういう訳では……」
「もちろん、募集要項にはちゃんと危険だという事も含むわよ? トリヨンサークの国の事情もあるのだし。でも、王宮のだれきった者達より、市井の者達の方が胆力があるのではなくて?」
あ、違った。ネミ様、王宮の文官に期待していないんだ。それどころか、見切りつけてないか? これ。
「まあ、文官なんて書類を処理出来ればいいのだし、適材適所というのなら、彼等を危険が待っているかもしれない国に送り出すのは違うわよね」
それは確かに。
「では、市井から集めた者達に、文官を名乗らせるのですか?」
「いいえ? 一時的に文官の地位を与えます。これは、最終面接に通った者だけに伝える予定だけれど」
わー。それ、最初に通達すれば、凄い人数押しかけそうですよねー。王宮の文官への門って、もの凄く狭いもの。
というか、今回のトリヨンサーク使節団、一石で二鳥どころか三鳥か四鳥くらい狙ってない?
あちらの国との国交樹立が可能か探る、あちらの国を探る、オーゼリアに仕掛けてきた連中を見つける、捕まえる。
これに加えて、市井から有能な人材を探す、もしくはその突破口にする。うまく行けば、この後もそうした道筋を付ける事が出来る。
為政者って、一つの事でこんだけの旨味を見つけなきゃいけない存在なのかー……私には無理。うちの領地で手一杯です。つか溺れ気味だよ。
王妃様の隠れ家でのお茶会の後、ロア様に誘われて、女子だけでの夕食会。
「そのままで、気にしないでちょうだい」
そう言われて、お茶会の格好のままの参加でーす。本来なら、王都邸に戻って着替えが必要なんだけどね。
これも、ごく内輪の私的な夕食会って事だそう。
食事中は、雑談が交わされる程度。本来ならこういう場での雑談は情報交換の意味があるんだけど、今回は本当に雑談だった。
それぞれのパートナーの王宮での様子とか、普段の自分達の過ごし方とか。まあ、こちらに関しては私が言える事は少ないんだけれど。
何せ、普段やっているのは領地経営ですからねえ。
本題に入るのは、食事が終わって最後のデザートの時。
「お義母様からもお話があったように、現在使節団の団員調整が難航しています」
やっぱりその話題かー。そして、お茶会とこの夕食会にコーニーがいるという事は、彼女とイエル卿も使節団に参加するって事だね。
「気付いているとは思うけれど、あなた方はそれぞれ伴侶、婚約者と一緒に同行してもらいます」
私とコーニーは、まあわかる。自分の身は自分で守れるから。問題はリラ。ただし、彼女にはこれでもかというくらい機能を盛ったブレスレットを渡しているからね。
だって、リラにいなくなられたら、私が困る。もう我が家にはなくてはならない人なのよ。
「それと、先に通達しておく事があります。その為に、三人には残ってもらったのよ。これは、殿下も両陛下もご承知の事です」
本題中の本題か。
「使節団には、もう三家、貴族家の当主が同行します。彼等の行動を、よく見ておいてほしいの」
「行動を見る……とは?」
まるで監視しておけと言わんばかりなんですが。
私の確認の言葉に、ロア様が珍しく厳しい表情をした。
「彼等は、トリヨンサークと繋がっていると疑われている家です」
待ってー。そんなのまとめて向こうに連れて行ったら、疑ってまーすって宣伝するようなものじゃないのー。
うちの王家、向こうに喧嘩売るつもりかね? あ、先に喧嘩売られたのはこっちか。じゃあ、高値で買い取るぜって方針?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます