第323話 胃が痛くなりそう
今年の狩猟祭は、ほんの些細な事から実家を巻き込む大騒動になるのだと学びました。
「いや、本当にただの女子同士のいびりから、実家の利権をなくす羽目になるとは思いませんでしたよ……」
「侯爵でもそう思うのなら、当人達はもっと思っているだろうな」
王宮での夕食時、今年の狩猟祭の話題になり、つい愚痴が出た私に対する、王太子殿下の言葉だ。
夕食の参加メンバーは、王太子殿下ご夫妻、ユーインと私、それにヴィル様とリラだ。
イエル卿は本日コーニーと夕食デートだそうで、浮かれながら執務室を後にしたそうでーす。後でデートの様子をコーニーから聞こうっと。
「ヴィルは、この件をどう思う?」
話を振られたヴィル様は、何て事はないという様子で答えた。
「ネヘロ子爵家の夫人が下手を打ちましたね。表だって人の目がある場所で相手を貶めたのだから、当然の結果でしょう」
おっと、ばっさり言ったなあ。まあ、ヴィル様はいびりとか嫌いな人だから、当然かも。
この人も私と同じで、どうせやり合うなら正々堂々とやれやと言う人だ。
ヴィル様の返答に、殿下は面白そうな顔をしている。
「ほう? 裏でいびれば良かったと?」
「そうは言ってませんよ。いびり自体するべきではありませんが、どうしても腹に据えかねるという事はあるでしょう。その場合は、貴族夫人らしく相手にだけ伝わるような話術を使うべきです。実際、天幕社交ではそういったやり取りは多いと聞きますから」
「それは、誰から聞いた話だ? エヴリラ嬢か?」
「母ですよ」
にやついていた殿下が、いきなりすんってなった。
「何だ、つまらん」
「彼女がこの手の話をする訳、ないでしょうが。まだ狩猟祭に参加するようになって、二年目ですよ」
そうなんだよねー。去年が狩猟祭デビューだったんだよ。そこにツアシー伯爵夫人からいきなりいちゃもん付けられたんだもんなあ。あ、元伯爵夫人か。
そういや、去年のあれが悪い方のモデルケースとして知られているはずなのに、アビーヌ夫人は自分が似たような事をしているって、気付かなかったのかね。
ヴィル様の返答が気に入らなかったのか、それとも単にヴィル様をからかいたいだけなのか、殿下がにやりと笑う。
「王家派閥の中で、夫人同士がいがみ合うのは如何なものかと思うのだが? 派閥の長としては、その辺りどう思うんだ?」
「それは弟が継ぐ立場ですよ。個人的意見としては、皆仲良くするようにと言っても、意味はないでしょう。意思を持った人間なんですから。だからこそ、表には出さず、周囲に知られないように攻撃する分には見逃すんです。そこは社交界と一緒ですね」
「むう」
殿下がヴィル様に言い負かされた。
「去年のツアシー元伯爵夫人にしろ、今年のアビーヌ夫人にしろ、今まで何を学んできたのかと問いただしたくなります。結果、どちらも実家が迷惑を被った訳ですが」
殿下も何も言えない。ツインデッツ伯爵家の話は、王宮でも広く知れ渡っているしね。
伯爵も、娘の態度一つで川の利権を手放す事になるとは思わなかっただろうよ。
不幸中の幸いなのは、アビーヌ夫人が離縁されなかった事。領地に引っ込んで社交には顔を出せないけれど、跡継ぎを産む仕事は残されている。
それに、ツインデッツ伯爵家にネヘロ子爵家の人脈を紹介するのは、まだ続いているっていうしね。そこからの巻き返しを図るんじゃないかなー。
「そんな簡単に行くかしらね?」
王宮からの帰りの馬車で、晩餐の話題で話していた際、リラがツインデッツ伯爵家を鼻で笑った。
「娘一人躾けられなかった家よ? しかも、娘の婚家の舅殿に言いくるめられて、川の利権まで手放さざるを得なかったような弱気な人が、これから盛り返しなんて出来るもんですか」
おおう、今夜のリラは毒を吐く。あ、ユーインは馬車の脇を馬で併走中です。王宮への通勤には、デュバル産の人形馬を使ってるから。
「何故そこまでツインデッツ伯爵家を悪く思ってるの?」
「悪く思ってる訳じゃないわ。甘いなとは思ってるけど」
それって、イコールじゃないの? いや、リラがそう言うのなら、違うんだろうけど。
でも、ツインデッツと何かあったのかと疑いたくなるくらいの毒ですよー。
そう言ったら、黒い笑みを浮かべた。
「あの甘ちゃんなところとか、子供の躾が行き届いていないところとか、規模はまるきり違うけれど、うちの実家を思い出すのよ」
ああ、なるほど。実家に対する嫌悪感が、似たような家に感じるツインデッツ家への毒として出てきた……と。
「まあ、うちの実家の父親の方が悪辣だったけどー。でも、甘ちゃんで騙されやすいのは似てるわ。商家との取引も、大分騙されてたから」
「そうなの!?」
商人に騙される貴族……いや、いない訳じゃないけれど、商人って、もっと金持ちの貴族を狙って騙すイメージがあったわ。
言っちゃ悪いが、リラの実家であるセニアン男爵家って、騙す価値がないっていうか……げふんげふん。
私が内心で失礼な事を考えているのを余所に、リラは皮肉な笑みを口元に乗せた。
「信じられる? その騙している商家、私がクソオヤジの娘だと知っていて帳簿をいじらせていたのよ?」
「おおう……何と言う……」
「多分、帳簿に細工したら、それを理由にうちの領地を全部引っぺがすつもりだったのよ。そんな事、する訳ないのに」
不正の細工をするくらいなら、どうにかして家から逃げ出す。そう言い切るリラの強い事。いや、本当にあの時私に声をかけてくれて良かったわ。
夏場の王都は暑さもあって、あまり貴族達がいない。その結果、社交行事も涼しくなるまでないって事。
おかげで王都邸での仕事が捗る捗る。
「書類が山ー」
「当然です。嘆いてないで、とっとと決裁してちょうだい」
おおう、もうサインではなく、判子にしたい。ぺったんぺったんやる方が、楽な気がしてきた。
「それだと、偽造された時が怖いわ」
「うーん……じゃあ、インクに魔力を乗せて、誰が押したか判別出来るようにしよう。そうすれば、偽造防止にも役に立つし」
お、これ、新商品になるんじゃね?
我ながらナイスアイデーアと思っていたら、リラが真顔でこちらを見ている。
「……そのインク、誰が開発するの?」
「え? それはやっぱり分室……」
「今、分室がどれだけ忙しいか、知ってる?」
「え? そうなの?」
私の確認に、リラが黙ったまま頷く。怖いよ……
「現在分室メンバーは、総出でポルックスが設計したマイタケ養殖所の建設の下準備に当たってるのよ。並行して人形の改良も行ってるわ」
「そ、そうだったんだあ」
「養殖所の後も、ウヌス村沖の人工島の建設にも携わるし、造船の方も少しずつ進めてる。あんたが思いついたインクの研究なんて、してる暇ある人はいないのよ」
おおう、分室大忙し。
でもなー、あそこ、半分以上趣味で研究やってる連中ばっかりだから、インクのアイデア持っていけば面白がって作ってくれそうなんだけど。
ああいうの、得意な研究員って誰だったっけ……
ニエールはダメ。魔法成分が少ないものには興味持たないから。どっちかっていったら、偽造印判定の術式の方に興味持ちそう。
ニエールなら、小一時間くらいでさっくり作ってくれるんじゃないかなー。
「とりあえず、出来上がりはいつでもいいからって言って、分室に依頼を――」
「それはこっちでやっておくから、あんたは目の前の書類に集中!」
リラに怒られた。
午前中は書類仕事、午後から王宮へ向かい、日によっては昼食をロア様と一緒にしている。
今日は昼食を一緒にする日なので、夕食前に王都邸に帰るのだ。一日置きだからねー。
王宮も落ち着いたとはいえ、約束は約束。ロア様の出産までは、なるべく側にいますとも。
狩猟祭を越えると、王家派閥での大きなイベントはないからね。後は普通の社交行事のみだ。
それも、年内は晩餐会がせいぜいだ。舞踏会や夜会は年を越さないと開催されない。
その前段階って事で、王都内ではあちこちで小さな集まりが開かれているけれど。
「そうしたものに、レラ様は出席しないの?」
「ええ。領地の仕事で忙しくて」
半分本当で半分嘘。年内のイベントは、出なくてもいいってシーラ様のお墨付きをもらっているのだ。
大体、年内のイベントは来年の二月にデビューする若い子達向けのプレデビューイベントが殆どだ。なので、デビュー済みの人達は社交に精を出す必要はない。
まあ、親しい人達との極私的なお茶会とか、昼食会、園遊会くらいなら開催されるけどねー。
って考えていたのがいけなかったのか、昼食も終わろうかという頃に、ロア様から爆弾発言が出た。
「そうそう。来月には私的なお茶会をお義母様……王妃陛下が開くので、参加してちょうだい」
「はい?」
忘れていたけれど、ここは王宮。王妃様の本拠地じゃないですかやだー。
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