第320話 序列も落ちる時がある

 昨日の天幕社交の一件は、既に女性陣全てで情報共有されているらしい。


「今日は少し席替えをしています」


 天幕社交が始まる前に、シーラ様から言われましたー。つまり、問題ありの二人を物理的に引き離すという訳ですね。


 天幕の移動は、基本出来ないようになっている。それで社交というのもどうよ? とは思うけれど、そういう「決まり」だから仕方ない。


 ただし、もてなし側……ペイロン、アスプザット、デュバルは移動可能。


 ……おかしくね? ペイロン、アスプザットはいいけれど、何故そこにデュバルが入るの?


「デュバル家からも、狩猟祭への寄付金があるからよ」

「そうなんですか!?」

「知らなかったの?」


 知りませんでしたよ!


 狩猟祭は表向きペイロン主催となっているので、参加者から費用は受け取っていない。


 ただ、ペイロンと深く繋がっていて派閥のトップであるアスプザット家は、昔から寄付という形で費用の一部を負担してきたらしい。


 で、私が当主になってから、デュバルからも寄付金があるそうでーす。ジルベイラだな。後で確認しておこうっと。


 とりあえず、そんな訳でデュバルも主催者側に立っているという訳。なので、相変わらず天幕を移動可能という訳だ。




 席を移動したのは、セバンルッツ家の方々。そう、お二人。昨日はいらっしゃらなかった、当主夫人も今日は参戦だ。


「体調を崩しまして、こちらに到着するのが遅れましたの」


 そう言って鷹揚に笑うのは、セバンルッツ家当主夫人フォネセア様。


「デュバル侯爵には、息子がお世話になっております」

「いえ、こちらこそ」


 そうだった。この目の前の小柄な女性は、ゾクバル侯爵からの推薦状を持ってうちに来た、ギスガン・セバンルッツの母君だったわ。


 そうかー。この人が旦那を尻に敷くのかー。思いがけず、ギスガンの母君に出会えて、ちょっと楽しい。


 嫡男トゥレマー卿の奥方であるサビニリア夫人は昨日のショックが尾を引いてるようで、顔色がよろしくない。


 天幕から運び出された後、軽いとはいえ魔法治療を受けたそうだから、相当ショックだったんだろう。


 でも、ここは中位とはいえ上位に近い家の天幕。夫人方も心得ている人が多い。


 フォネセア夫人との会話を進めつつ、サビニリア夫人への気配りをしている。さすが、序列上位に近い家ともなると、夫人の手腕も違うわー。


 フォネセア夫人も、長男の嫁であるサビニリア夫人を気遣っているし。ここはこれで大丈夫かも。


 問題は、次の天幕ですよねー。


「レラ、顔が引きつっているわよ」

「ええええええ」

「エヴリラさん、この子をよろしくね」

「お任せ下さい」


 いつの間にか、リラがシーラ様からの信頼を勝ち取っている。


「何ジト目で見てるの?」

「えー? だってー、なんでシーラ様が私をリラに託す訳ー?」

「それだけあんたが大事だからでしょ?」


 何故そうなる? 首を傾げたら、リラに盛大な溜息を吐かれた。天幕の外で良かったね。


「関係性をよく考えましょう。私はアスプザット侯爵夫人の長男で、新しく家を興したウィンヴィル様のところへ嫁ぐ事が決まった身。で、あんたは子供の頃から手塩にかけて育てたもう一人の娘。その娘が暗い顔をしていたら、そりゃ『母親』は心配するでしょうよ。でも、立場が邪魔をしてそうそう側にいる事も出来ない。なら、側付として公然と一緒にいられる『身内』に託そうと考えても、不思議はないんじゃない?」

「うぬう」


 そんなに暗い顔、してたかな?


「あんたは女同士の暗いいざこざは嫌いだものね」

「……どっちかっていうと、表だってぶっ飛ばせる方が好き」


 さすがに気に入らないからって、派閥の中位にいる家の嫡男夫人をぶっ飛ばす訳にはいかない。私が迷惑を被った訳でもないんだしさ。


 大体、アビーヌ夫人みたいなタイプ、元々嫌いなんだよね。


「喧嘩するならタイマンで正々堂々とやれっての」

「思考回路が脳筋……まあいいわ。多分彼女、今日はおとなしいでしょうから」


 どういう事?




 中位でも、下位に近い家を集めた天幕に入ると、何やら微妙な空気。なにこれ。


 内心ギョッとしていると、奥の席に座る夫人から声をかけられた。


「ごきげんよう、デュバル侯爵。こちらにいらっしゃらない?」

「ごきげんよう、トシェルク伯爵夫人」


 ルミラ夫人の母君だー。


 トシェルク伯爵家は中位だけど、どちらかといったら上位より。それはこの天幕にいる女性陣も知っている。


 ああ、なるほど。セバンルッツ家と席を交換したの、トシェルク家なんだ。


「そんなお顔をなさらないで。天幕での席替えは、よくある事ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。狩猟の場で毎年小さい事故は必ず起こるように、天幕でも小さないざこざは必ず起こるものですからね」


 その調整の為に、毎年どこかしらで席替えが起こるそうな。うわあ、これ、後でシーラ様に説教されるかも。今まで気付いてなかったもん。


 にしても、席替えにわざわざトシェルク家を使うとは。


 逆か。トシェルク家を席替えさせるほどの事だと、主催者側に思われたんだ。


 そして、トシェルク家は席替えで下の序列の席に移動させられても、周囲が「調整の為の席替えだ」と思うほど、派閥の中では揺るぎない存在感の家という訳。


 ちらりと見たアビーヌ夫人は、一人で小さく縮こまっている。昨日彼女の周囲にいた取り巻き達はどうしたんだろう?


「あちらの周囲の方々は、下位の天幕にいますよ。後で顔を見られるんじゃないかしら?」


 わー、さすがトシェルク伯爵夫人。容赦なし。顔立ちも性格も、ルミラ夫人は母君に似たんだね。


 ルミラ夫人も、怒ると笑顔の圧が凄いもん。




 天幕で座る席は、夫や父親の序列がものを言う。でも、実はこの天幕での社交の結果次第で、夫の序列にも影響が出るそうな。


 どういう事かと言えば……


「どうして!? どうして私がこの席なのよおおおお!」


 一番下位の天幕で号泣しているのは、昨日アビーヌ夫人と一緒になってサビニリア夫人をいびっていたうちの一人。


 彼女の夫の実家は序列下位よりとはいえ中位の家だったのに、今日は完全下位の天幕にいる。


 あー、やっちゃったねー。背後でリラも呆れているよ。


 ちなみに、彼女と同じくアビーヌ夫人に加担したもう二人の夫人達は、もう一個上の天幕に席替えされていた。


 おそらく、これからの夫や嫁ぎ先の序列にも、影響を与えるでしょう。おかげで夫人達の表情の暗いこと。そこだけどんより暗雲が垂れ込めていたよ。


 んで、最下位の天幕のここです。 一人だけここに落とされた形の彼女は、大変納得いかない様子


「侯爵様! どうして私だけここなんですか!? 他の二人は!? それに、アビーヌ様だって!!」


 いや、私に聞かれましても。席を決めているの、実質シーラ様だし。


 とはいえ、そこは婚家の力がものを言うんじゃないかなー。今回の騒動の中で、いびった側で一番力があるの、ネヘロ子爵家だもん。そりゃ主犯でもアビーヌ夫人を下位には落とせないわなあ。


 その分、中位の天幕で針のむしろ状態でしたが。でも、それをここで言うほど、私はお馬鹿さんではない。


「ええと、私にはわかりかねますけれど……」

「嘘よ! こ、こんな事が夫に知れたら、私、離縁されてしまうわあああああ!」


 いや、そこで号泣しないでよ。周囲の奥方達もしらけた目で見てるじゃん。あなたが貶したこの天幕にも、夫人方がいるってわかってる?


 まあ、最下位の家って、王家派閥に入って間もないとか、あまり大きくない家ばかりだからなあ。


 どうしたもんかと思ってたら、小声で名を呼ばれた。


「ローレル様」

「……まあ、ゴーセル男爵夫人、それとイエセア様」


 コーニーのお友達で、いつぞや子リスちゃんちの入り婿オヤジを成敗した時に手を貸してくれた、ゴーセル男爵家のイエセア様とお母様。


 何だか、あれも遠い昔のように感じるよ。ほんの数年前の事なのに。


 お二人に誘われるまま、近くの席に腰を下ろす。


「あの方、天幕に入って早々、あのように嘆かれて」

「そのまま嘆きっぱなしで、私達も困っていたのよ」

「ああ……」


 周囲も近寄りたくなくて、彼女の周囲だけぽっかり空いている。そりゃあんな事を喚く人の側には、いたくないよなあ。同類と思われたら大変だ。

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