第321話 禊ぎ……か?
狩猟祭も無事中日を迎えた。この日は狩猟はなく、ちょっとした遊びや自由参加の園遊会、夜には舞踏会などがある。
私はこの中日を使って、デュバル領に帰っていた。いや、仕事があってだね。領主が決裁しないといけない事って、たくさんあるんだよなあ。
そんな仕事の一つに、商会を任せているヤールシオールからの面会依頼があった。
「改まって、どうしたの?」
「実は……」
デュバルユルヴィル線が正式開通するのに合わせて、温泉街も稼働する事になっている。今までのは、全てプレオープンでした。
その正式オープンに際し、各宿やホテル、ひいては温泉街全体で目玉の料理や食材がほしいという話。
「食材……ねえ」
「今でも各地からの名産品をポルックスさんが買い集めてくれて助かっているんですけど、やはり領地産の目玉がほしいと思うんです」
「それを、今から?」
「ご当主様なら、見つけられるんじゃないかと」
にこりと笑うヤールシオール。実質上司に無理難題を突きつけるとは。お主、やるのう。
でもまあ、温泉街の宣伝になるのなら、探してみましょう。
「わかったわ。やってみる」
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね」
笑顔で退室していくヤールシオールを見送って、その姿が完全に見えなくなってから、リラの一言。
「安請け合いして」
「ぐ……それはそうなんだけどさあ」
やっぱり、泊まる場所の名物料理とか名産品とかあると、また来ようって気になるじゃない。食べ物って、集客力あるよね。
「それはそうだけど……当てはあるの?」
それなんだよねえ。デュバルはこれまでろくに手を入れてこなかった領地だから、特産品も作ってきていない。
何かあるとすれば、山かなあ? と思ったら。
「はーい! 呼ばれた気がして飛び出したー!」
「……ポルックス、もう少し普通に登場してくれないかなあ?」
「執務室だからいいけれど、これが私室で着替え中だったら、どうするつもりなんですか?」
私とリラから注意されたポルックスは、ちょっと膨れてみせる。
「大丈夫ですよう。ちゃんと主様が今どういう状況か確認してから移動してるから」
待て。それって四六時中私の事を監視しているようなもの!?
「そこまでじゃないでーす。大丈夫、位置情報を握ってるだけだから」
「安心出来るか!」
モラハラかストーカーのようなもんじゃないの!
ポルックスを叱っていたら、リラからとんでもな発言が出て来た。
「あー、いや、貴族家の当主である以上、常に居場所を把握されている必要性はあるので、彼の行動は間違ってない……のよ」
「ほらあ!」
リラの擁護に、ポルックスが復活する。でもちょっと待って。当主にはプライベートもないってか?
「ざっくり言っちゃうと、そう」
「……マジで?」
「うん」
なんてこったい。
「ほら! 当主の命を護る為ってのもあるし!」
「私、大抵の攻撃なら弾けるからいらない」
「使用人達に囲まれて生活している以上、居場所の把握くらいは――」
「だからって、二十四時間監視されてるのは耐えられないですー」
リラ、撃沈。たまには私だって言い負かす事はあるのだ。
ふんすと胸を張っていたら、リラの口から低い声が出てきた。
「普通の貴婦人は、それを受け入れているんだけどねえ?」
「うぐ!」
そう来るか!
「そうよねえ、うちのご当主様は、普通じゃないから、仕方ないかー」
「いや、ほら、それは」
「普通なら二、三人必要なドレスの着付けも、一人でやっちゃう時あるしー」
「そこは魔法で……ね?」
「普通の貴婦人は、魔法で着付けをしたりしません」
「うぐ」
結局、言い負かされたのは私でした。ムキー。
ヤールシオールからのお願いである食材、何とポルックスに当てがあるらしい。
「山にいくつかアクティビティを作ったでしょ? その時に見つけたんだー」
「山に?」
って事は、山菜か何か?
「キノコですよー」
「キノコ」
「オーゼリアでは食べられていないんだけど、前の主が前の人生で好きだったキノコなんだって」
何? ポルックスの前の主は、私やリラと同じ日本からの転生者。その人が好きだったキノコというと……
「エリンギとか、シメジとかかな?」
「エノキダケという手も」
リラと二人でこそこそ答え当てをやっていたら、ポルックスがずばりな答えを言っちゃった。
「確か、マイタケって言ってたよ」
「マイタケ!?」
私とリラの声が重なる。そうか、マイタケか! マイタケの天ぷら、おいしいんだよねー。
「じゃあ、温泉街の名物料理に、キノコの天ぷらをプラスする?」
「宿はいいけれど、ホテルはちょっと違う気がするなあ……」
マイタケ、天ぷら以外にも調理方法はあるしなあ。よし。
「ポルックス、マイタケを採れる場所を教えて。あと、栽培出来るようなら、その準備を」
「承知いたしました」
「リラは総料理長にマイタケを渡して、新しい料理を開発するように指示しておいて」
「わかりました」
総料理長は、温泉街の全ての料理に責任を持つ人。例の、野菜料理を多く出して貴族家当主にクビを食らった料理人だ。
彼をクビにした当主、惜しい事をしたねえ。そのおかげで、うちは助かってるから、文句はないけどさ。
さーて、温泉街に新しい風が吹くかな?
中日はデュバルに泊まって、翌朝ペイロンに戻る。さて、後半戦開始ですねー。
今年は女子の部に参加しないので、狩猟祭中はずっと天幕社交に参加だ。
その天幕社交、初っぱなから何だか妙な雰囲気だ。
天幕は毎年序列上位のところから始まる。その天幕の中が、常よりざわついていた。
派閥の序列上位の家って、爵位も高い上級貴族の家が殆どだから、こうした社交の場でざわつく事なんてほとんどないんだけど。
内心首を傾げていたら、最初に座った席の隣……ラビゼイ侯爵夫人ヘユテリア様が教えてくれた。
「皆様、少し動揺してらっしゃるようだわ」
「動揺……」
言われてみると、周囲の夫人方は困惑している人が多いみたい。
「今日の女子の部ね、飛び入り参加が四人もいるんですって」
「飛び入り参加ですか? ……出来るんですねえ」
狩猟って、準備が必要だから飛び入り参加はあまりないんだよね。特に女子は。
狩猟祭という名だし、イベントだから極力事故が起こらないように主催側も気を付けているけれど、やっぱり落馬だなんだと事故は起こるから。
事故が起こって怪我を負っても、研究所の皆が回復魔法を使うので、傷跡一つ残さないとはいえ、やっぱり痛いしね。
なのに、飛び入り参加、しかも四人も。
訝しんでいたら、ヘユテリア夫人が口元を扇で隠して、小声で教えてくれた。
「今年、問題を起こした夫人方がいたでしょう? 子爵家の」
「ああ……え? まさか、彼女達が?」
「ええ」
何だって、あの四人が? とても狩猟をやるようには見えなかったけれど。
「それぞれの家の当主……夫人方にとっては、舅様ね。彼等からの命令だそうよ。拒否したら、離縁を突きつけられるんですって」
「わあ」
狩猟祭参加を禊ぎに使うってか? それもどうなのよ。
「何でも、四人が四人とも乗馬もろくに出来ないんですって」
「え? 乗馬って、淑女の嗜みなんじゃ……」
「ええ。しかも、王家派閥の家に嫁いでいるでしょう? 特に乗馬は必須科目。なのに、それすら修めていないものが、他家の嫡男夫人に言いがかりを付けるとは何事か、という事らしいのよ」
馬にもろくに乗れない女子四人が、狩猟祭に参加……これは、醜態さらして笑いものになってこいって事か?
「……婚家の名前に、傷が付く事になりませんか?」
「既に派閥内では傷がついているわ。彼女達、やらかしたのが初日でしょう? その日の晩餐では、当主周辺の話題、それで持ちきりだったのよ」
知らなかったー。いや、晩餐会の席は伯爵やシーラ様が決めるから、当日にならないとわからないし。
あの二人の事だから、わざと私を遠ざけた可能性が高いなー。いや、心配されなくても、晩餐会会場で騒動なんて起こさないのに。
今年の女子の部は、一部が大変盛り上がっていました。違う意味で。いや、まさか参加しているとは思いませんでしたよ? サビニリア夫人。
しかも、乗馬も上手ければ弓もうまい。あれ? これ、トゥレマー卿が惚れ込んだのって、こういう面もあったんじゃね?
普段は内向的で控えめでも、芯は強い人なのかも。乗馬も完璧で、弓の腕もあるし。
四人にいびられていてショックを受けたのは、そういう攻撃に慣れていなかっただけなのかな。いや、慣れる必要はないんですけどー。
結局、いびっていた四人はサビニリア夫人のいい引き立て役になった。本人達も、それがわかったんだろうね。悔しそうな顔をしている。
いやあ、見事なへっぴり腰でした。映像で見ていた天幕の女性陣も、皆笑い転げていたよ。あれはないって。
まあ、落馬事故を起こさなかっただけ、良かったんじゃないかな? あれ、下手するとその場で死亡事故に繋がるから。
その日の晩餐会の主役は、確実にサビニリア夫人でした。旦那のトゥレマー卿も嬉しそうだったし、良かったんじゃないかなー。
飛び入り参加の四人? 晩餐会会場にいたっけ?
狩猟祭も無事済んだ。例の四人は最後まで、席替え後の場所で小さくなっていたね。自分達がどこで何をやったのか、夫や舅から散々説教されたんでしょう。
下手に反発すると、二度と社交に出してもらえなくなるだろうしね。
いるんだよ、社交に出してもらえない夫人。跡取りさえ産めば、後は用済みとばかりに領地に押し込められちゃう人とかね……
彼女達がそうならないって保障は、どこにもないもんなあ。
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