第318話 逃げちゃダメ?

 山岳鉄道の試乗会も、満足していただけた様子。


「このままガルノバンへ行けるのかね?」

「そちらは、正式開通してからになります」

「山の上に、こんなに簡単に来る事が出来るなんて! 隣国も近くなるし、いい事ずくめね」

「ありがとうございます」

「あのホテル、早く泊まってみたいわ」

「開業は鉄道の正式開通に合わせております」

「素晴らしい景色だ。あの、きねんしゃしん……とやらも、中々いいな」

「あなたったら、調子に乗って何枚も撮影してもらって」

「本日撮影した分は、後ほどご自宅に届けさせていただきます」


 アテンダント達も、それぞれの担当家族の面倒をよく見てくれてる。良かった良かった。


 今回の試乗会、大成功だね。




「という事がありました」


 バースデーパーティーも二つの試乗会も終えて、王都にとんぼ返りした私を待っていたのは、王宮からのご招待でしたー。


 しかも、昼食のお招きだったはずなのに、何故か朝っぱらからユーインと一緒に来てるんですけどー。来てる先、王太子殿下の執務室なんですけどー。


 そこで、自領で行った試乗会とバースデーパーティーの様子をあれこれ話す羽目になったよ。なんでー?


「なるほど。それで? 私とロアをその試乗会に招かなかった理由は?」


 えー? 一国の王太子殿下を招待とかそんなめんど……畏れ多い事、出来ませんて。


「ロア様、安定期に入ったとはいえ、まだまだ油断出来ない時でしょう? 遠いデュバルまで来てもらうのはちょっと……」

「むう」


 ロア様の名前を出しておけば、殿下も無理は言えまい。


「ヴィルやユーインは行ったのか?」

「試乗会には参加していませんよ」

「誕生会には出席しました」

「あ、俺も誕生会にはコーニーと一緒に出席しました!」


 ヴィル様、ユーイン、イエル卿がそれぞれ答えたのに、殿下のご機嫌は斜めだ。


 この三人が試乗会に参加しなかったのは、後日特別試乗会を行う予定だからだ。


 ガルノバンの方の山岳鉄道、工事が終了したんだよねー。これから試験走行を経て、試乗会を行う予定。


 そっちはごく身内だけで行う予定なので、参加者はここにいる殿下以外の男性陣とその婚約者だけなのよ。


 試験走行や試乗会に関しては、ガルノバン側にも通達済みなので問題なし。正式開業までには、駅での入国手続きが出来るように準備しておかなきゃ。




 本日の王宮での昼食会は、殿下の側近とその伴侶……予定者含む……との懇親会を兼ねている。なので、コーニーとリラも出席なのだ。


 コーニーは王都在住だけどリラは領地でお仕事中だから、昼前には移動陣で王都邸に来てもらう手筈になっている。


 そこからは、王宮からお迎えの馬車を手配してくれるって。


「コーネシア嬢はまだしも、エヴリラ嬢に会うのは久しぶりか?」

「ご無沙汰いたしております……」


 リラが緊張してる。まあ、本来なら軽々しく会える相手じゃないからね、王太子殿下って。


 学院在学中ならまだしも、私達の年代は殿下と入れ替わりでの入学だし、何よりリラは途中からの編入だ。


 あ、リラの実家に対するヘイトが揺り返しのように……


「レラ、落ち着いて」

「ユーイン……」


 私の感情の動きに敏感なユーインが、隣から声をかけてくる。そうだね。ここで感情のままに魔法を暴走させたら、大問題だ。ここ、王宮なんだし。




 昼食会という事で、社交の場としてはカジュアルに分類される。つまり、気安い。


「むう、そんなに頂上駅は面白いのか?」

「面白いと言いますか……景色は綺麗だと思いますよ。映像がありますから、ご覧になりますか?」

「見る」


 殿下は素直だよなあ。育ちがいいからかね?


 映像を見るのは、食事が終わってからという事になった。昼食会の後は、歓談の時間を取るのが当たり前だしねー。


 別室に移動し、ついこの間の試乗会で撮った映像を上映する。


「まあ、あれは全てガラス?」

「ええ。新素材を混ぜ込んだ、強化ガラスですが」

「侯爵、その話を詳しく聞かせろ」

「後でよろしいでしょうか? ああ、あちらは記念写真を撮っている様子です」

「あらあら、ラビゼイ侯爵ったら」


 映像の中で、ラビゼイ侯爵がヘユテリア夫人をがっしり抱きしめてるんだよねー。あの時は、周囲からも苦笑が漏れたっけ……


 ヘユテリア夫人の方は、慣れているのか夫のあしらい方が上手かった。やんわり手を避けて、夫である侯爵の目を景色に向けさせたり、新技術へ向けさせたりしている。うん、素晴らしい手腕だ。


「そういえば、ラビゼイ侯爵が温泉街に別荘を作りたいと言っていなかったか?」


 ヴィル様、よくご存知で。


「別荘の分譲はしていないとお断りしましたし、何よりヘユテリア夫人が温泉街のホテルをお気に召したようなので、長逗留が心配ですね」


 ラビゼイ侯爵夫妻が泊まったホテルには、宿泊客限定のエステサロンがある。夫人は、それが大層お気に召したらしい。


 いや、エステサロンっていつの間に……この辺りは、なんとリラの発案でポルックスが色々頑張ったって。


 おかげで、女性人気がうなぎ登り。違うホテルや宿に泊まった人達も、次はそこに泊まる! と息巻いていたっけ……


 まあ、繁盛するのはいい事だ。


 ちなみに、温泉街の宿やホテルは全てヤールシオールの商会が運営していて、余所の資本は入っていない。


「ガルノバン側は開通したのか?」


 殿下、いいところに気がつきましたねえ。おっと、上から目線だった。


「工事は終わりました。現在、試験運行を繰り返しています」

「……そんなに何度もするものなのか?」

「ええ、万が一の事故も起こしてはいけませんから」


 何せ人の命を預かるから。他にも、隣国からの貴重な品などを扱う事になる。石橋を叩きすぎても足らないと思うくらいだ。


「正式開通はいつ頃になりそうだ?」

「そうですねえ……おそらく、冬頃になるかと」


 一度、ガルノバン側でも試乗会をしたいしね。アンドン陛下とか、嬉々として参加しそう……宰相様は絶対参加してほしいけれど。


 それも、試験運転が終わってからかなー。




 今年はバースデーパーティーと狩猟祭でデュバルとペイロンに戻る以外は、王都邸で夏を過ごしている。


 いや、覚悟していたより暑いわ。


「エアコン開発してくれて、本当に助かるわー……」

「こうまで暑いとね。熱中症が怖い」


 リラの言葉に、いつぞやのユーインパパの事を思い出す。


「熱中症って、こっちではあまり知られていないから、考えを広めた方がいいのかな?」

「どうだろう? 王都は確かに暑いけど……ヤバいのは、庶民の方かな? でも、彼等は彼等で生活の知恵を持ってるからね」


 リラ曰く、暑い地方の庶民は、夏場日の出ている時間帯、あまり外に出ないそうだ。


 農家はそれでやっていけるのか? と思うけれど、その分早朝から畑仕事をして、日中暑い時期は家の涼しい場所で寝ているんだって。


「場所にもよるだろうけれど、オーゼリアって湿度はそんなに高くないでしょう? 日陰なら、過ごしやすい気温になったりするのよ」

「なるほどー」


 貴族や金持ちなら、今回開発してもらったエアコンのような魔法や、涼しくなる魔導具を買える。それで暑い夏をしのぐそうな。


 なら、特に動かなくていいか。




 王都にいる間、二日に一度は昼食、違う日には夕食を王宮で殿下ご夫妻と一緒にする。本日は、夕食をご一緒する日。


 その場に、本日は殿下の弟、元第二王子殿下のコアド公爵夫妻も参加していた。


「久しぶりですね」

「ご無沙汰いたしております、コアド公爵夫人」


 ベーチェアリナ夫人は、記憶にある姿より綺麗になっていた。最後に見たのは……王妃様の隠れ家でだっけかな?


 本日は姫君を乳母に任せて、この席にいる。


「ロアお義姉様、もうじきですね」

「ええ、アリーが言っていたように、腰が痛いわ」


 この義理姉妹は、学院在学中から仲が良かった。今はコアド公爵夫人が育児に追われているので王宮に来る機会が減っているそうだけど、それ以前は夫婦でよく王宮に来ていたという。


 本当にね、公爵派とかぬかしていたあの金獅子の連中は、もう少し本人達をしっかり見ろっての。


 食事の間は雑談をしていたが、食事が終わって酒やお茶を片手に語らいの時間となった途端、公爵からきな臭い話が出て来た。


「例の国ですが、潜り込ませていた者達が消息を絶ちました」

「そうか……」


 これは、聞かなかった振りをした方がいいかな? でも、殿下も公爵も、こっちをじいっと見ているんだよね……


 これ、聞かなきゃダメな話? 逃げちゃダメ?

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