第317話 こっちも試す
バースデーパーティーが終わり、短い休暇も終わって、七月もそろそろ終わりかって頃。
もう一つの試乗会の日でございます。
「全員集まってるね?」
「大丈夫、温泉街の方にも連絡取ってるし、何より今回は一家族一人、アテンダントを付けてるから」
リラの回答にほっとする。
本当は、ユルヴィルからの試乗会でも、全家族に一人アテンダントを付けたかったんだけど、さすがに人数的に無理でな……
半数程度に減った今なら、それも可能だ。今回のアテンダントの殆どは、教育を受けた領民の一部。
これがうまくいけば、彼等彼女等に続けと勉強を頑張ってくれる人達も出てくるでしょう。
今日の試乗会は、山岳鉄道でーす。私自身久しぶりだから、ちょっと楽しみ。
今回も前回同様、頂上の駅まで行って周辺を少し見て回ったら、また列車で地上まで帰るってルート。
「こちらの列車は、日中走るんだねえ」
「ぜひ、窓からの景色をお楽しみください」
「荷物は運ばせなくていいのかしら?」
「皆様のお荷物は、次の移動用にきちんと保管してございます」
「乗る場所は決まっているのかな?」
「こちらからがお席に近いですよ」
あちらこちらで交わされる会話。デュバルに来るまでの列車の旅がそれなり楽しかったようで、誰の顔にも期待が見て取れる。
ふっふっふ、驚くがいい。そして虜になるがいい。私の山岳鉄道の!
「まーた悪役ムーブしてる。ほら、私達も行くわよ」
「はーい」
リラ、クールだな。
ユルヴィルデュバル線に比べると、車内の造りは大分グレードが下がる。それに文句を言う家は、今のところ見られない。
「まあ、爵位もそうだし、派閥の序列も高い家だからね」
「文句を言うなら、わかりにくい場所でわかりにくい形で、か」
本当、貴族って怖いわー。
アテンダントからの連絡は、随時チーフアテンダントに入り、それらを整理したものがリラの元に送られている。リアルタイムで客の様子を観察している訳だ。
今のところ、概ね良好。朝早くに出発だったので、泊まった宿から朝食をお弁当という形で出してもらっている。
和風の宿に泊まった人には和風弁当を、ホテルに泊まった人には洋風弁当を。
これまでにいた転生者の影響か、オーゼリアには郊外にお弁当を持っていって楽しむという習慣がある。魔物は、魔の森以外では出没しないから。
まあ、希に氾濫の際に潜んで残り、そのまま繁殖して魔獣になっちゃうケースもあるそうだけど。
貴族なら護衛を連れて郊外に行くのもありだからねー。朝のお弁当も、好評のようです。
幾度も曲がる線路。その度に、少しずつ高度を上げていく。その様子も、客は楽しんでくれているようだ。
「他にも、付き合いのある家の個室に訪れたり、廊下で立ち話したりと、客側で勝手に楽しんでるみたい」
「勝手にって」
「こちらが提供した形じゃないんだから、そうなるでしょ? それに、この個室の会話は外に漏れないし」
そう、今私とリラが使っている個室は、特別仕立てなのだ。会話が外に漏れないよう遮音結界が随時張られているし、何よりここまで辿り着ける客はいない。
向こうの車両とこちらは、物理的に切り離されてるんだー。外からなら行き来出来るけど、中からは無理。
外も、今回は頂上駅までノンストップだしな!
各車両には、研究所の技術を生かしたトイレも設置。しかも空間干渉魔法を使って中は広くしている。
収納バッグで空間魔法の使いやすさを実感した研究所の連中が、試行錯誤した結果生まれた技術だ。
何故トイレを広くしたかといえば、女性がね……
「旅装の場合、スカートは広げないけれどそれなり長さがあるし。トイレは広く清潔にしておいて正解よ」
「だよねー」
どのトイレも、使用者が出た時点で洗浄の魔法が使われるように設定している。おかげで、どの客車も魔力結晶が欠かせない。
魔力コストは上がるけれど、その分運賃に上乗せする予定だ。この路線、使うのは貴族が多いだろうから、問題はないでしょ。
途中の駅は通過したけれど、私も知らなかった光景が広がっていた。
「おお、ログハウスが出来てる!」
「あの辺りはキャンプ地にしようって言ってたからでしょうね」
キャンプって、テント張って寝るんじゃなかったっけ?
「そんなキャンプ、ここまで来る財力のある貴族が、したがると思う?」
「ええと、野戦訓練の一環……とか?」
「いちいちお高い金かけて、ここまで来て訓練?」
ダメかー。
「自然を感じる、ってキャッチフレーズなら、ログハウスでも十分じゃない? 野外での食事も楽しめるんだし」
キャンプと言えばバーベキュー。この場合、本来はグリルと呼ばれるそうだけど。本式のバーベキューって、一晩焼き続けると知った時の衝撃よ……
それはともかく、スタッフが用意する野趣溢れる料理を野外で堪能する、がここのコンセプト。好きな方はご自分で用意するのもありですよ。
キャンプ地があれだったんだから、頂上駅周辺もか? と思ったら、やっぱり整備が終わってましたー。
「今回は特別にスタッフを置いているけれど、今後は正式開通するまで人は置かないわよ」
「それでいいと思う」
ちなみに、キャンプ地や頂上駅の防犯対策は、カメラとマイク、それと人形だってさ。ここに治安維持の為の兵士を置くのは、興ざめだもんね。
しかも人形、甲冑を着てます。普段は甲冑の置き物としてそこにいて、いざ事が起こったらそのまま動くらしい。
それ、ホラーって言わない?
「それで敵が怯んだら、それはそれでいいんじゃない? 楽に制圧出来るし」
リラの思考回路が、こう……いや、何も言うまい。
久しぶりに降り立った頂上駅は、やはり気温が低かった。乗客からも、肌寒いというコメントが聞こえる。
「じゃ、エアコン入れておきましょうか」
「え?」
待って? そんなのあるの? てか、いつ作ったの?
混乱する私に、リラがなんでもない事のように言った。
「魔法に決まってるじゃない。ここら一体を結界で覆って、中の気温や湿度を快適に保つようにしたものよ」
「ああ、そうなんだ……」
そういえば、そんな術式、夏の王都の暑さに負けて作ったか依頼した記憶があるね。ここに採用していたんだ。
駅直結の建物は、ガラスを多用したモダンな造り。周囲の乗客からは、驚きの声が聞こえてくる。
「まあ、ご覧になって、あの壁。全てガラスではなくて?」
「我が家の窓より大きいな」
「まあ、うちでも全面ガラス張りの温室を作りましょうよ」
「む……そうだな……」
ふっふっふ。あれ、ただのガラスじゃないんですよ。ペットボトルもどきを作る際に出来た、新素材だったりする。
軽くて丈夫。そして透明度もいい。そりゃあ窓やら何やらに使うでしょうよ。カストル、ナイスだ。
『お褒めにあずかり、光栄です』
君、今は人工島の作業に掛かりきりじゃなかったっけ?
『ええ。ですから、こうして念話のみの参加です』
参加してたんかい。でもまあ、これは綺麗だからいいや。
『ありがとうございます。全て、主様の発想が元です』
たまには、私の思いつきもいい仕事をするんだな。リラには怒られたけれど。
建物は、駅直結のホテルとレストラン。四階建てで、一階は飲み物や軽食を提供するカフェで、二階と三階が宿泊の為のフロア、四階は展望レストランとなっている。
で、今回はこの四階で昼食だ。
全面ガラス張りのレストランは、どの席からでも眺めがいい。連なる山々、緑為す山間。緑も目に優しく、食事もおいしい。
いやー、厨房スタッフも頑張ったね!
「ここの料理長、某伯爵家をクビになった料理人だったそうよ」
「マジで? どこの家?」
「貴族派の一つ……とだけ。しかも腕が悪いとかではなく、主の健康を考えて野菜多めの料理を作ったら、クビになったんですって」
うわあ。なんて我が儘な当主なんだ。でも、よくそんな人材を引っ張ってこれたね?
「ヤールシオール様の伝手ですって」
「彼女、どこにどんな伝手を持っているか、わからないね」
さすがやり手の女商会長。
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