第315話 到着ー
夏のオーゼリアは、日の入りが遅い。現在十九時。列車は順調に発車し、暮れゆく大地をひた走る。
といっても、街道の上の高架線上を、だけど。
「高い場所から見る景色、いいわね」
リラが、窓からの景色にご満悦だ。遠く西には、沈みかけの太陽。手前には、手つかずの森が広がる。前世では、お目にかかれなかったような景色だ。
寝台車であるこの列車には、食堂車が連結されている。他にも、バーカウンターを設えたサロンカーもね。
で、その食堂車、いっぺんに全ての乗客を入れる事は出来ないので、序列や爵位で順番を決めさせてもらった。
序列が低い家の人達に、ステーションホテルのサロンで軽食を振る舞った理由はこれ。空腹で待たされると怒る人が多くなるからさー。
先に酒や軽食で小腹を満たしていたら、少々待たされても文句は出ないでしょ。
という訳で、食堂車最初の客は、アスプザット侯爵家、ゾクバル侯爵家、ラビゼイ侯爵家、ペイロン、デュバル、その他って感じ。
一応、家族ごとの席にはした。うちは私とリラだけなので、二人席。
「また景色が見えるのね」
「大分暗くなってきたけどね。この先は、星空が見えるようになるんじゃないかな」
「それもいいかも」
だよねー。地上の明かりが少ないからか、この世界ではまだ平地からでも満天の星空が見えるんだー。
食堂車で出す夕食はフルコース。食材はまだ全てデュバル産とはならないけれど、魚やいくつかの野菜、パンの小麦などは領地産だ。
「ほう、いい味の魚だな」
「淡泊な身に、酸味のあるソースがいいアクセントになっているね」
ゾクバル侯爵やラビゼイ侯爵にも、気に入ってもらえたらしい。
口直しで出すソルベ、ゆくゆくはトレスヴィラジの果樹園で作ったフルーツを使いたいところ。今は他の領地産のフルーツを使ってるんだけどね。
食事も無事終わり、次の客の為に食堂車を後にする。そのまま部屋に帰ろうと思ったら、おっさん連中に捕まった。
「何だ、旦那はいないのか。なら、当主が参加しろ」
「こういう付き合いも、大事だからね」
笑顔が引きつるー。サンド様や伯爵も一緒だから、いっか。
当主一行が向かうのは、バーカウンターのあるサロンカー。ここは外の景色が眺められるよう、窓が大きめにしてある。
「こんな形の窓なんぞ、見た事がない」
「でも、これだけ大きいと外がよく見えるね。今は夜だから、星くらいしか見えないけれど」
この高さからこれだけの星が見えるのって、実は贅沢なんだけどなあ。オーゼリアだと、当たり前過ぎてこの貴重さがわからないんだろう。
「さて、こんだけの列車を走らせるとなると、デュバルに人を呼び込む準備が整ったと見ていいな?」
ソファに腰を下ろすなり、ゾクバル侯爵が切り出した。いきなりかー。
「ええ、新都も整備が終わりましたし、温泉街の方も稼働出来ます」
私の言葉に、一番喜んでいるのはラビゼイ侯爵だ。
「待っていたよお! 早速、別荘分譲の相談をしたいんだが」
ラビゼイ侯爵、相変わらずだなあ。そういえば、この人の家の者とかいう人物から、別荘の話が出てたっけ。
あれ、本当に侯爵家の人間だったんだ……
「待て。まったくお前は……見ろ、デュバルのが面食らってるだろうが」
「そんな事はないだろう。事前に、話はしてあるよねえ?」
「ソーデスネ。……とはいえ、別荘に関してはお断りの返事をしたと思いましたが?」
「水くさいなあ。知らぬ間柄じゃあるまいし、いいじゃないか。ほら、ホテルとかだと、使い勝手が……ね」
ね、じゃねーんですよ。
「別荘を分譲する予定は、今のところございません」
「そこは、同じ派閥同士、少しくらい融通してくれても――」
「いい加減にしろ! まったく。こいつの言葉は無視していいぞ。それ以上ゴリ押すなら、こっちもお前のところにねじ込むからな」
「嫌だねえ、戦う事しか能がない奴は」
「ああ!?」
待ってー。なんでこんな場所で言い合うのー? 腕にものを言わせるなら、こっちも魔法使っちゃうよ?
と思ったら、サンド様が収めてくれた。
「そこまで。こんな場所で争うのは、得策じゃないって、君達も理解しているだろう? まったく、言い合っていると熱が上がるのは、君達の悪い癖だね」
サンド様の言葉に、さすがの二侯爵も何も言えない。図星だからかなー?
「折角素晴らしい旅に誘ってもらったのだから、もう少し楽しもうじゃないか。それと、ギーウィドフ、君がレラを困らせたと知ったら、ヘユテリア夫人が怒るんじゃないかな?」
「そ!」
「彼女は、レラを気に入っているからねえ。今頃シーラ達と一緒にいると思うけれど」
ラビゼイ侯爵の名前、ギーウィドフだったか。いつも家名で呼んでるから、忘れてたわ。
押しの強いラビゼイ侯爵も、愛妻ヘユテリア夫人の名前を出されては、何も言えないらしい。
結婚してもう何年も経っているというのに、侯爵から夫人への愛は少なくなるどころかいや増しているとか。凄いよなあ。
「彼女の為にも、温泉地の別荘が欲しかったのだけれど……」
「夫人は今回初めて行く温泉街を楽しみにしているのだろう? それを邪魔するのは、どうかと思うね」
温泉街って、宿に泊まるのも楽しみの一つだからねー。宿泊客にしか提供しない料理もあるしー。
「温泉街には種類豊富な宿を用意しております。その中からお気に入りを探すのも、また楽しいのではありませんか?」
どの宿も、こだわって造ったからね。カストルが。
とはいえ、ホスピタリティには自信がある。きっと自宅にいる時とはまた別のくつろぎを提供出来ると思いますよー。
夜の間も走り続けた列車は、翌朝デュバル新都ネオポリスの駅に到着した。
もうちょっと時間をかけて、朝食も提供するのもいいかも。今回は新領主館であるヌオーヴォ館で提供する予定。
「ほう、これがデュバルの新都か!」
「さすがに綺麗だねえ」
「なかなかの景観だな」
「よく整備されている」
色々な感想が聞こえてくるー。ふっふっふ、頑張って造った甲斐があるというもの。実際に図面引いてあれこれやったの、私じゃないけどー。
高架線の鉄道の駅は、建物の二階相当の高さにある。なので、ネオポリスが一望出来るのだ。
中央から同心円状に広がる街並み。一番北……山裾に当たる場所には新領主館であるヌオーヴォ館が。そしてその前には新都ネオポリスを縦断する幅広の大通りが伸びている。
その大通りが、駅のホームから見える訳ですよ。いやあ、工事を担当した人達、よく頑張った。
新都駅からヌオーヴォ館まで、地下鉄で移動する。新都駅のホームから地下鉄乗り場までは、エレベーターを付けた。
これ、一見するとただの大きな部屋なんだけど、扉が閉まるとゆっくり下降していくんだよね。
あれだ、ネズミのいるテーマパークのとあるマンションですよ。
「こんなところでホーンテッド――」
「皆まで言うな」
リラは当然知っているから遠い目をしているけれど、他の人達は大きな部屋に閉じ込められたようなものだから、不安そうだ。
「これ、いつまで待てばいいの?」
「というか、何故こん場所に閉じ込められているんだ?」
「どうなってるんだ?」
ざわざわしてきたー。あともうちょっと、お待ちください。
地下鉄乗り場に到着し、入ってきたのと反対の扉が静かに開くと、客が驚きの声を上げる。
そりゃそうだよねー。さっきまでとまるで違う空間が広がっているんだから。
ここにも駅員がいるので、彼等に従ってゆっくりと進んでもらう。私と一緒に移動しているのは序列上位の家の人達なので、この後まだ何回か誘導してもらわないとならないんだよね。
地下鉄は、その名前にそぐわないような作りをしている。
「見た目はクラシカルだけど、座席はそうでもないのね」
「いやあ、乗るの、貴族が多いからさ」
普通の横長シートだと、文句付けてくるのがいそうでさ。序列上位の家の当主は、逆に面白がりそうだけど。
外観は古い地下鉄……というよりは、古い路面電車っぽい外観。もちろん、一両じゃないけれど。
座席は全て進行方向に向いていて、二人掛けが両側に並んでいる。これ、女性が正装したら二人並んで乗るのは厳しいかもね。まだスカートを膨らませるスタイルが流行っているから。
今は女性陣も旅装が殆どなので、並んで座れる。スカート、ほぼ膨らませていないから。
第一陣が全員乗り込んだので、ヌオーヴォ館へ向けて出発!
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