第314話 出発進行

 七月には私の誕生日がある。この年になってバースデーパーティーもないもんだと思うけれど、そこは貴族家当主。社交の一環としてやらなきゃいけない。


「なので、どうせなら、デュバルユルヴィル線のお披露目もかねて、招待客を王都……というか、ユルヴィル領から運んじゃおう作戦です!」

「まんまじゃない」


 久しぶりに王都にきたリラからの、鋭いツッコミ。うん、そうね……まんまだね。でもいいんだ。下手に凝ったタイトル付けると、何の事かわからなくなりそうだから。わかりやすさ第一なのだ。


「でも、鉄道のお披露目にはちょうどいいとは、思うわよ」

「でしょでしょ!? 貴族向けのハイグレードな車両も完成したし、ちょっとした小旅行だよね」

「小旅行っていうか、普通に旅行の距離だよね。日本で言うなら、東京から青森くらいの距離感じゃない?」


 そうだっけ? そうすると、確かに小旅行って感じじゃないね。がっつり旅行だわ。


 まー、直線距離だともうちょっと近いんだろうけど。街道の上に高架線を通したから、その分長くなってるんだー。


「ハイグレード車両か……あれ、クラシカルな造りでいいわよねえ」


 目指したのは、あのオリエント急行だからね。そりゃあゴージャスにしましたとも。


 走行距離でいけば、オリエント急行には全然及ばないけれど、車内泊が出来るようにしてある。ユルヴィルからノンストップで走らせても、八時間近くかかるのよ。


 機関車のスピードが、百キロ行くか行かないかくらいだからさ。安定して出せるのは、そこまでなんだって。


 でも、寝ている間にデュバルに到着ってのも、いいと思うんだ。


 これから先、機関車部分がもっと改良出来て速度が出せるようになったら、日中走らせるのもいいかもね。




 今年の私のバースデーパーティーへの招待状には、この鉄道の試乗会への招待状もセットでついている。


 これらの招待状、返事は必要ない。当日招待状を持って参加してくれればOK。招待状を出した人数分、こちらはおもてなしの用意をしているから。


 で、試乗会当日、王都からユルヴィルまでは専用の馬車を走らせる事にしている。招待客が多いので、時間差でそれぞれの王都邸へお迎えの馬車を出した。


 これで、ユルヴィルまで行ってもらう。


「序列下位の家から迎えに行ってるのよね?」


 デュバル王都邸で、招待客を迎えに行く馬車の手配をしているリラから確認が来た。


「そう。発車時間まで、結構かかるから」


 序列上位の人達を待たせるのもねえ。なので、下位からユルヴィルへ送って、上位の人達は最後の馬車に乗ってもらう。


 で、ユルヴィルに到着したら、即列車に乗ってもらう予定だ。とはいえ、荷物もあるから、全員乗るのに時間がかかるだろうなあ……


「荷物だけは、先行している人達の分を先に乗せればいいでしょ。荷物を先に載せた事で怒る人もいないわよ」


 それもそうか。


 向こうで発車時間を待つ人達には、サロンでくつろいでもらっている。デュバルで造った新酒のワインを出し、つまみはシャーティの店で新開発してもらったクラッカーやらカナッペやらチーズやら。


 カナッペの燻製は、トレスヴィラジで水揚げされた魚を使っている。なかなかいい味になったと、ポルックスが自画自賛してたわ。


 最近、カストルとポルックスに明確な性格の差が出て来ている。


 カストルは工業系、ポルックスは料理系。同じ「作る」でも、好みが分かれてきたみたい。


 そのポルックスは、新都に出店してきたシャーティの店に惚れ込み、連日通っているって聞いてる。


 シャーティの店、王都店は弟子の一人に任せて、デュバルの新都ネオポリスには自身で乗り込んできたってさ。気合いの入れ方が違うねえ。


 そのシャーティからは、出来るだけ新鮮な素材が欲しいというリクエストをもらったらしく、ポルックスが酪農に燃えている。


 デュバルは土地だけはあるからなあ。西の方なら、まだ手つかずの場所があるので、そっちで牧場を作るといいんじゃない?




 お迎えの最後は、当然ながらアスプザット侯爵家ご一行様です。目と鼻の先にある王都邸に向かったら……


「あれ? 伯爵?」


 何故、ペイロンにいるはずの伯爵がここにいるの? しかもルイ兄も一緒に。あ、ロイド兄ちゃんもだ。


「何、鉄道の試乗会をするんだろう? ついでに、乗り心地を確認しておこうと思ってな」


 それで、ルイ兄とロイド兄ちゃんも連れてきたと? 確かに、アスプザット家からはサンド様とシーラ様、ロクス様とチェリ、それに加えてあと三人の参加枠が欲しいって言われてたけど。


 てっきり、ヴィル様とコーニー、イエル卿の分だと思ってた。


「あの三人は、そのうち別枠で乗れるだろうが」

「確かに」


 ヴィル様とイエル卿はギリギリまで王都で仕事がある関係上、移動陣を使ってデュバルへ来る手筈になっている。コーニーも一緒だ。


「それにしても、王都に来るなら来るって、教えてくれればいいのにー」

「教えたら面白くないだろう?」


 ルイ兄、それはどういう意味かね? にやりと笑う顔がちょっと憎たらしく見える。


「俺は止めたんだが……」


 ロイド兄ちゃん、苦労人になる未来が透けて見えてるよ。兄ちゃんはペイロンの分家筆頭である、クインレット家に生まれたのが運の尽きだね。


 三台の馬車でユルヴィル領へ。一台目にサンド様とシーラ様、それに伯爵。二台目にルイ兄、ロクス様、ロイド兄ちゃん。


 三台目がチェリと私とリラ。ちなみに、ユーインはヴィル様と一緒にギリギリまで王都でお仕事。なので、移動もヴィル様達と一緒に移動陣を使う。


 王都からユルヴィルまで、馬車で少し。車内では、女子だけでおしゃべりして過ごして楽しかったー。


 未だにチェリを「女神様」扱いしているリラも、少しは態度が緩んできたみたい。チェリもそれを喜んでいた。


 社交界ではそれなりにお友達も出来たようだけど、やっぱり心を許せる相手はそう多くないらしいんだよね。


「その点、レラは気を遣わなくていいから、気楽だわ」

「そうだね。一応公式の場ではそれなりの態度を取るけれど、車内は気を抜いていていいよ」

「ありがとう」


 ロクス様がアスプザットを継ぐから、妻のチェリも社交が大変なんだろうね。たまには羽を伸ばして、ゆっくりするといいよ。




 ユルヴィルには、大きな駅が出来上がっていた。


「おお……」


 しばらくこっちに来なかったから、出来具合とか知らなかったんだよね。こりゃ立派だわ。


「まだ開業はしていないけれど、ステーションホテルの方も出来上がってるわよ。近いうちに、視察の予定を入れるから」

「了解」


 こういう視察は楽しいから好き。


 ユルヴィルの駅舎は、ちょっと東京駅を思い出す造りだ。赤レンガで作られていて、鉄骨もガラスもふんだんに使っている。


 王都でも、あまり見ないデザインの建物だからか、シーラ様達も見上げてるよ。


「大きいわねえ」

「面白い意匠の建物だ」

「頑丈そうだな」


 伯爵、感想がそこ? 確かに、ペイロンでは建物は頑丈さが尊ばれるけれどね? もうちょっとこう……まあいっか。


 駅のロビーには、旅装の人々がいた。ちょっと前まで、ステーションホテルのサロンにいた人達だ。


 出発の時刻は夕方。明日の朝六時にデュバルに到着する予定になっている。


 夕方に出発するのに、朝六時到着とはこれ如何に? 列車は常に最高速度を出している訳ではないのだよ。場所によっては速度を落とすので、今回に限っては十時間以上乗車している事になる。


 駅員として雇い入れた人達も、教育が終わったので駅のそこここに配置されていた。彼等はユルヴィル領の若者で、農家の次男以降の人達。


 これまでは王都に出て職人になったり、商売の仕事に就いたりする道しかなかったそうだけど、これからは地元で仕事が出来るというので、歓迎されてるそうだよ。


 最初は、胡散臭いものを見る目で見られていたのにねー。


 駅員の案内で、客が列車に吸い込まれていく。持参してもらった招待状につけた試乗会への参加券は、そのまま乗車券になっているのだ!


 全員が乗り込んだのを確認して、駅長自らが発車の合図を出す。さあ、オーゼリア初の鉄道の旅の始まりだ!

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