第312話 新しい名前
ヒューヤード侯爵が企てた計画により、ヒューヤード侯爵家は元より、六つ以上の男爵家が潰れる事になったそうな。
我が家に隣接する三つの男爵家もなー。
「いや、しかしあの映像を見て、驚いたぞ」
面倒な話は終わりとばかりに、殿下が軽く口にした。
「奴ら、大した顔でもないのに、ユーインに勝つつもりだったようだな」
「はい?」
そんな場面、あったっけ?
首を傾げる私に、殿下の方が驚いている。
「言っていただろう? 侯爵の愛人になるとかなんとか」
「ああ! ありましたね」
あんまりにもバカバカしい発言だったから、素で頭から削除されてたわ。
「侯爵の愛人の位置を狙うという事は、敵に回すのがユーインという訳だ。あの連中、ユーインを見た事がなかったのかな?」
「木っ端ですからねえ。王都にも、あまり出てこなかったんじゃないでしょうか」
そういや、面接に着てきた服も、時代遅れというか、野暮ったいというか。とにかく洗練という言葉からはほど遠い装いだったなあ。
そうか、私の愛人の座を狙うって事は、ユーインを相手に争うって事でもあるんだ。ある意味、勇気あったな、あいつら。
その後も雑談は和やかに続き、昼食の時間が終了した。
「さて、午後も仕事だ。あのバカ共のせいで、余計な仕事が増えている」
殿下が愚痴ってるー。お疲れ様です。
潰した家にもそれぞれ領地があり、領民が生活している。領主が没落したからといって、領民をほったらかしには出来ない。彼等は大事な国民でもあるのだから。
潰した家の領地は一旦国に返上されるので、国から代官なりなんなりを派遣する必要がある。つまり、人事異動。
それらを実際に割り振るのは人事院の仕事だけれど、承認は王族がする必要がある。何せ国に返上されたって事は、王領になるからね。
つまり、王族の書類仕事が増える訳だ。殿下、頑張って仕事してください。
昼食会場から退出する際、ついでのように殿下に尋ねられた。
「ああ、そうだ。侯爵の今回の働き、真に大義であった。何か欲しいものはないか?」
軽いなー。いや、謁見の間とかで重々しくされるのは私も嫌だけど。
でも欲しいもの……欲しいものか……
「ものでなくてもいいですか?」
「何だ、土地でも狙うのか?」
やめてください、縁起でもない。これ以上領地が増えても、管理しきれません。
「違いますよ。人をください。有能な人」
「そう来るか……少し、時間をくれ。いい人材を見繕っておく」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
ダメ元で言ってみたけれど、大丈夫らしい。いやあ、言ってみるもんだなあ。
「あ、冷遇されている有能な女性がいたら、好待遇で引き受けますよ?」
「そ、そんなに嬉しいものなのか? 普通、女性は宝飾品やらドレスを喜ぶと思うのだが……」
殿下の呟きが聞こえる。いや、それらは自力でゲット出来ますので。現状、有能な人材は探すのも一苦労なんですわ。
殿下の呟きを聞いていたヴィル様が、苦笑している。
「殿下、レラを普通の女性扱いとは。なかなか紳士な態度ですねえ」
「む……そうなのか」
あれ? 殿下が何か納得してる。理不尽じゃないかね?
「どちらかといえば、新しい魔導具用の素材を欲しがると思ったよ」
甘いなヴィル様。それを欲しがるのは私じゃありません。
「そういうのを欲しがるのは、ニエールの方ですよ」
「なるほど。そうか」
納得してるし。嘘は言っていないから、いっか。
王宮での昼食から十日。日々王都邸にて書類と格闘中です。
リラは容赦なくいくつかのプロジェクトを凍結し、残ったプロジェクトに全力注力出来るようにまとめてくれた。
今更だけど、本当に優秀だよなあ。前世の記憶があるからといって、ここまで出来る人材もそういない。
元々の優秀さに加えて、この世界でも努力している証拠だね。
『努力するのは当然です。私には、突出した才能はないもの』
「いやいやいや、人をまとめて差配するって、十分な才能だよ」
『それも、ヒイヒイ言いながらやってるのよ。それに、周囲の人が助けてくれるし。私一人なら、こんなにうまくやれないわ』
周囲の人だって、ただぼんやりやってる人を助けたりしないよ。一生懸命頑張っているからこそ、助けてくれるんじゃないかなー。
何回か言ってるけれど、リラはこういうところ、頑なだ。今世でも前世でも、家族に恵まれずに踏みつけられてきたからかなあ……
『それはともかく、人材が増えるんですって?』
「そう! 王太子殿下直々に紹介してくれるっていうから、期待出来るよー」
『今から楽しみね!』
人材不足は、長年デュバルの悩みだからね。もっとも、今までの人材不足は祖父や実父の自業自得なんだけど。
領地の荒れ方を見るに、多分その前のご先祖様の代でもあまり領地に手を入れていないようなんだよなー。
初代のご先祖様は、どうしてあんなになるまで放っておいたんだろう? ちょっと過去に行って小一時間くらい正座させたい。
殿下推薦の人材は、二十日後に王都邸に面接に来るそうだ。二十日後……ギリギリかな。
今年の私のバースデーパーティーは、新都の新領主館で行う。あ、そろそろあっちの名前を考えておけって言われたっけ。
領主館に名前って必要か? という私の疑問には、慣習という一言が返ってきた。そうか……最強だな、慣習。
せめて面接前には決めておけ、というリラを筆頭にルミラ夫人、セブニア夫人、お義姉様のお友達四人衆と私の同学年三人娘からの圧がきている。
そんなに名前がほしいなら、君達でつけなよと言ったら、速攻却下されたっけ……
邸の主が名付けるものなんだってさー。新領主館は私の代で造られた建物なので、私が名付けるらしい。
あと、新都の名前も。名付けばっかりじゃね? うぬぬ……何かいい案はないものか。
あ、トレスヴィラジをつけた時って、ラテン語で付けたんじゃなかったっけ? なら、今回もそれを使うのはどうよ?
「カストルいるー?」
「ここに」
いつの間に、執務室にいたの? ついさっきまで、影も形もなかったよね?
私の内心の疑問は、にっこりと笑って躱されてしまいましたよ。
君、私の執事だよね?
「新都をラテン語にすると、どうなる?」
「nova civita……ノヴァチヴィタという発音が、一番近いかと」
何か……音がやだな。他にもいくつか出してもらった中で、何故かギリシャ語のネオポリが残った。
「そういや。都市国家の事をポリスって言うんだっけ……よし、新都の名前はネオポリス、新領主館はヌオーヴォ館、旧領主館をヴェッキオ館とします」
ヌオーヴォ、ヴェッキオはイタリア語で「新」と「旧」。つまり、直訳で新館と旧館だ。芸がなくてもいいのだ! わかりやすければ!
ビデオ会議で新都と新領主館、旧領主館の名前を告げると、微妙な顔をしたのはやはりリラ。
『ネオポリスって……まんまじゃん。ヌオーヴォって、新しいって意味じゃなかったっけ? ヴェッキオ……そんな名前の宮殿、イタリアにあったわよね……』
ブツブツ言わない! 名付けを私に一任した以上、文句はなしだ。他の人達はそれなり受け入れているんだからさ。
やー、これで一仕事終わったわー。
『いや、まだまだ仕事は山積みだからね? 全部あんたが思いついて始めたプロジェクトだから。責任持ってちょうだい』
うわあああああああん。
引き続き王都邸で書類を裁き、王宮にお邪魔してロア様と昼食やお茶をご一緒し、ほぼ連日夕食を王太子殿下ご夫妻と食べる生活。
帰りはユーインと一緒の馬車だ。王都邸での食事回数が減ってるうううう。
せっかく用意してもらった料理なのに!
まあ、私が食べない日の食事は、まかないとして使用人達で食べてもらっている。
うちのまかない、他の貴族邸からもうらやましがられる内容らしい。使っている食材や調味料は、主である私と一緒だからね。
食事って、日々の楽しみでもあるからさ。なるべくおいしいものを食べて、モチベーションアップしてもらいましょうって魂胆。
なので、私の分の食事が飛ぶのは、別に構わないそうな。料理や食材が無駄にならないのなら、良かったよ。
そんな中、とうとうやってきました、殿下推薦の人材。さて、では面接開始と行きましょうか。
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