第309話 一件落着……?

 軽食でそこそこお腹が膨れ、お茶で喉を潤し、トイレも仮で設置したもので済ませる。準備は万端だ。


「まさか魔の森用のものを持ち込んでいるとはな……」

「備えあれば憂いなしですよ、ヴィル様!」


 簡易宿泊所やら簡易トイレは、常に使える状態で収納魔法に入れてあるのだ!


 そんなまったり状態で待っていたところに、とうとうネズミがやってきた。


『主様、ネズミが到着しました。男爵の方です』


 ありがと。騎士団の方からも、連絡が来たね。今回限定で、携帯型通信機を貸与しているのだ。


「はい……はい、わかりました。殿下、キュナー男爵が到着しました」

「わかった」


 通信担当はイエル卿。この人、本当にちょっと前までの軽さが嘘のようだわ。キビキビ動く様子は、未来の白嶺騎士団団長とか言われてるって。


 いや、そうなる前に退団して実家の伯爵家を継ぐ人なんだけど。


 そういえば、ヴィル様とコーニー、どっちが先に結婚するんだろう? どっちももうお相手は決まってるのに。


 いや、リラの方かな。婚約は早かったんだし。ただなー。ヴィル様が王太子殿下の側近だから、式が伸び伸びになりそうな予感……


 ぐだぐだ考えていたら、男爵が廃屋の中に入ってきたらしい。辺りを見回しているのは、ナドーを探しているのかな?


 ここにはいませんよー。


「ナドー! どこにおる!!」


 おっと、キュナー男爵が苛立ってる。いつもなら、呼べば出てきたんだろうね。それが姿を現さないから、苛立っているみたい。


『主様、二匹目のネズミも来ました』


 お、本命登場ですね。


「殿下、ヒューヤード侯爵も到着したようです」

「よし」


 おっと、王太子殿下から圧を感じますよ。無意識のうちに周囲にプレッシャー与えるのは、ご遠慮ください。


「殿下、押さえてください。殿下の魔力は、周囲に漏れると危険です」

「わかっている」


 ヴィル様の言葉に、ふてくされたように返す殿下。あ、圧が消えた。


 そうこうしていたら、ヒューヤード侯爵も廃屋に入ってきたらしい。護衛を連れているけれど、あんまり腕はよくなさそう。


『落ち目で金のない家ですからね。料金をケチったんでしょう』


 いつの間にそんな言葉遣いを覚えたのかな? うちの有能執事は。


 ごろつき一歩手前程度の護衛を二人連れて、廃屋に入ってきたヒューヤード侯爵。


 頬はこけ、着ている服も何となくくたびれている。体面を保たなきゃならない社交の場ではそれなりの物を着るんだろうけれど、こんな場所では着古したものでいいやってところか。


「キュナー、こんな場所に呼び出すとは何事だ?」

「は? いや、私は呼び出していないぞ? 私の方も、子飼いの奴に呼び出され……しまった!」


 うん、気付いた時にはもう遅い。護衛二人には、とっとと眠ってもらいましょうか。何となく、こいつらも叩いたら埃が出てきそうだわ。


『こちらで叩いておきましょうか?』


 それはいい。ちゃんと立会人の元で自白魔法を使うから。


 いきなり護衛二人が倒れた事に、キュナー男爵とヒューヤード侯爵がうろたえ始めた。


「な……何が起こったのだ!」

「くそう! 誰だ!? 出てこい!! 儂等を敵に回して、ただですむと思うなよ!?」


 威勢の良い事で。殿下に確認すると、結界を解除していいと返ってきたから即解除。


「ほう? 貴様等ごときを敵に回して、どうただではすまないというのだ?」

「な!」

「で、でで、殿下……」


 悪者二人の顔は、驚き過ぎて逆におかしく感じる程。はっはっは、参ったかー。いや、今回私、大した事してませんが。結界張って、軽食用意した程度?


「キュナー男爵、貴様にはデュバル家への不法侵入及び盗難の嫌疑がかかっている。それとヒューヤード、貴様にも聞きたい事が山ほどあるのだ」


 じりじりと彼等に迫る殿下とは裏腹に、おっさん二人はお互いに後方に逃れようとしている。


 逃げられないよ? この部屋と廃屋全体に結界を張ったから。ヴィル様ですら破壊が難しいと言われた、私特製の結界だからね?


 というか、そろそろ眠らせてもいいですかね? 殿下も、少しは気が晴れたでしょ?




 催眠光線で眠らせた連中は、黒耀騎士団の人達に運んでもらう。なんかね、外にも何人か護衛という名のごろつきがいたみたい。


 ただ、彼等は黒耀騎士団の敵ではなかったようで、あっさり制圧されたってさ。やっぱり、金銭をケチるとこういう結果になるんだなー。


 護衛達は黒耀騎士団本部の地下牢へ。男爵と侯爵は泥棒を入れていたのと同じ移動用の小さな檻へ入れて、王宮へ。


 檻を担ぐのは、やはり黒耀騎士団。無言で運ぶ姿に、入れられた二人は怯えっぱなしだ。


 廃墟群からの移動は、目立たない質素な箱馬車と、檻に入れられた二人は荷馬車。


 ちなみに、檻には遮音結界を張っておいたよー。時刻としては夜だから、ギャーギャー喚かれると近所迷惑になるし。


 夜の王都……というか、王宮周辺は静かだ。酒を出す店などは、ここから離れているから、喧噪も届かない。


 その王都を、馬車が列をなして進んでいく。箱馬車の車内も静か。イエル卿は少し疲れた様子だし、殿下やヴィル様はこれからの事を考えているらしい。


 ユーインは、私の隣に寄り添っている。毒殺されかかってから、心配性に磨きがかかったみたい。


 大丈夫なんだけどねえ。毒なんて、体に入れなきゃなんとでもなるから。とはいえ、慢心は良くない。いつ何時、どんな襲撃を受けるかわからないんだから、気を引き締めていこう。




 王宮に到着すると、表からはわからない裏の端……庭園からもろくに見えないよう植栽で隠された場所に向かう。


 大きな木の陰に隠れるように、平屋の建物があった。そこが目的地らしい。


「ここ、何ですか?」

「王宮にある地下牢だ。主に貴族階級にある者達を放り込む為の場所だな」


 ヴィル様が懇切丁寧に教えてくれたけれど、その分怖い。そうかー。王宮にも地下牢ってあるんだー。


 平屋の中にある階段を下りると、確かにそこは牢屋だ。貴族が入るとはとても思えない、むき出しの石壁に石床の部屋がいくつか。全て鉄格子が嵌められていて、こちらから中が丸見え状態。


 その鉄格子の中には入らず、手前のちょっと広めの空間に、檻は置かれた。


「さて、では侯爵、頼む」

「承知いたしました」


 私に言うって事は、自白魔法を使えって事ですねー。二人いっぺんに使っておこう。


「もう尋問出来ますよ」

「よし。では尋ねよう。私の妃を殺そうと企んだのはどちらだ?」


 王太子殿下、直球ですねえ。檻の中の二人はといえば、何やらもごもごと口ごもっている。


「はっきり言え!」

「ヒューヤードが……決めました……」


 キュナー男爵が答えた。ヒューヤード侯爵は、まだだんまりだ。


「ではヒューヤード。何故、私の妃を殺そうとした?」

「それは……」

「それは?」

「た、大公殿下を王位に就ける為に……」


 答えを聞いた途端、王太子殿下がヒューヤード侯爵を入れている檻を足で蹴った!


「殿下!」

「自白は聞いた! とっととこいつを処刑せよ!!」


 殿下ー、落ち着いてー。激高する殿下を押さえつつ、ヴィル様がこちらを見る。


「レラ、殿下を眠らせてくれ」

「ヴィル!! 侯爵! ヴィルの言う事には従うな!!」


 これ、どうすればいいの? おろおろしていたら、私の横から魔法が放たれた。イエル卿だ。


「俺は殿下に魔法を使うなって、言われていないからね」


 へらっと笑う彼に、ヴィル様が苦笑する。眠らされた殿下は、黒耀騎士団によってこの場から運び出されるらしい。


「さて。ここからは殿下に代わり私が尋問する。ヒューヤード、何故、大公殿下を王位に就けようと考えた? それにより、どんな利益が貴様にある?」

「……大公殿下は、独身だ……私には、年若い娘がいる。娘を、大公殿下の妃に差し出し、生まれた子が王になれば、私は権勢を取り戻せるのだ……」

「そういえば、ヒューヤード家から王妃を出した事があるという話だったな」


 国王の外戚になるのが目的かー。でも、我が国って王の外戚にはそこまで権力、ないんだよね。


 下手に政治介入されても困るので、外戚になると中央から弾かれる事が多いらしい。よほど有能な人でない限り、中央には残れないってさ。


 ロア様の父君ローアタワー公爵閣下は王家の血を引く公爵家であり、元々中央との関わりが薄いそうだ。


 なので、ロア様が輿入れしても、中央とは一線を引いて付き合っているらしい。王家の方々とは親族として、別枠で付き合いがあるそうだけど。


 ちなみに、ヒューヤード侯爵のお嬢さんは現在十六歳。学院に通うお年頃だそうだよ。


 学院長って、現在三十越えてるよね……? いくつの年の差だ。


「その前に、あの学院長が自分の生徒と結婚など、考えもしないだろうよ」

「ですよねえ」


 ヴィル様の言葉に、思わず頷いてしまう。大公である学院長は、教育に熱心な方だもんなあ。


 他にも色々聞き出し、わかった事がある。


 人身売買の組織は、ノルイン男爵が残したものではなく、新しく立ち上げたものである事、率先して動いたのは、レヤー男爵と一緒に捕まえたソバイドという商人だった事。


 盗品も、人身売買と同じルートで競売に掛ける予定だった事、それにより、闇市場を独占する予定だった事などなどなど。


 半分夢物語みたいな話だけれど、実際攫われたり宝飾品を盗まれたりしている被害者がいる。


 人身売買に関しては、攫われた人達が隠されている場所もわかった。レヤー男爵の領地が国の南端にあって、そこの村に押し込められているらしい。


 これに関しては、国軍を動かして救出に当たるそうだ。全員、無事に救出されますように。


 この人身売買やロア様殺害に関して、王宮内に残っていた大公派……という名の身勝手な連中は、これを機に王宮から追放される事が決まった。


 どうやら、連中をまとめていた……というか、神輿として担がれていたのがヒューヤード侯爵で、彼の捕縛と同時に派閥が瓦解したらしい。


 ほぼ全員、何かしらの形で盗品と人身売買に関わっていたものだから、当主は捕縛、家族も一度調べを受けて、関わっていないと判断された時点で解放されていくそうだ。何とも、大がかりな話になったねえ。

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