第308話 仕掛ける

 泥棒に自白魔法を使おうと思い、一人だと後で何言われるかわからないから、カメラとマイクに加えて立ち会い人を募集してみた。殿下の執務室で。


 そうしたら、全員手を挙げるって……殿下、何素直に挙手してるんですか? あなた、危ない人間に近づけちゃいけない人ナンバーワンなんですが?


「……立ち会いは二人もいれば十分なんですが」

「ケチな事を言うな、侯爵。ここにいる全員で立ち会えばいいだろう」


 ケチって。殿下が言う言葉じゃないですよね? その証拠に、ヴィル様に「口が悪い」って怒られてるし。


 いや、ヴィル様も時折口が悪くなってますけど。自覚ないのかな。




 殿下の参加は外せないそうなので、泥棒を王宮の敷地内に連れてくる事になった。


 黒耀騎士団に囲まれているその様子は、異様の一言。


「こんなもの、あるんですねえ」


 泥棒は、座っているのがやっとの大きさの檻に入れられている。窮屈そうだ。


「本来は獰猛な動物用の檻だそうだ。大きさが丁度良かったのでな」


 泥棒を見下ろすのは、王太子殿下だ。その殿下を、泥棒は檻の中から不躾に見上げている。


「へえ、俺、王族って初めて見たぜ」


 肝の太い泥棒だなあ。檻の中だから手枷足枷をつけていないからかね?


 でもあの檻、魔法が付与されているから、中から外へは攻撃出来ないんだけど。


 それでも、何か魔法に近いものを使っているのを感じた。あ、檻の鍵を開けようとしてる。開かないよー。


「あれ? 何で……」

「無駄だよ。君の動きは全て見えてるからね?」

「え?」


 そこで驚くって事は、檻の中の動きが周囲には見えないはずと思っていた訳か。


『術式ではありませんが、魔力を魔法に近い形で使っています』


 ……どういう事?


『魔法は本来、魔力を術式という形で制御してあらゆる現象を起こす事です。ですが、目の前の泥棒は術式を使わず、認識阻害と幻影に近い現象を、魔力のみで起こしているようです』


 それはそれで、希有な才能なんじゃないのかな。


『魔法の基礎を学ばなかった結果かと。魔力を力尽くで振り回しているようなものです』


 じゃあ、教育を付ければ少しは役に立つ?


『この性格では難しいかと』


 カストルがばっさりいったー。目の前では、性懲りもなく檻から抜け出そうとした泥棒が、檻の外から小突かれている。


「いて! 痛えっての!」

「当たり前だ! 反省もしない泥棒風情が」

「け! 俺が泥棒になったのは、国の上の連中が悪いんだよ! 犯罪者が生まれるのは、政治が全部悪いんだぜ!」


 ん? この言い方はちょっと引っかかる。カストル、この泥棒、転生者って線はある?


『ないですね。ただ、身近に転生者がいた可能性までは否定出来ません』


 なるほど。さっきの言い回しは、そうした人に聞いたのかも。


 檻の周囲を囲む黒耀騎士団の騎士達は、王家をバカにされたような台詞に怒り心頭だ。


「貴様……殿下! この者は不敬罪で即刻極刑にすべきです」

「ちょちょちょ! ちょっと悪口言ったくらいで極刑って! それ、殺されるって事だろ! ふざけんな!」

「我々はふざけてなどいない」


 騎士団の様子に、やっと自分が置かれている状況がわかったらしい泥棒は、先程までのふてぶてしさはどこへやら、いきなり泣き落としにかかった。


「助けてくれよう! おいら、頼まれて盗みをしていただけなんだからよう!」

「……その、頼んできたのはどんな人物だ?」


 殿下の質問に併せて、自白魔法を使う。この檻、中からの魔法は通さないけれど、外からならいくらでも通す代物らしいよ。


 殿下からの問いに、泥棒は言いよどんでいる。


「隠すと為にならんぞ?」

「……あ……キュ、キュナー男爵って、呼ばれてた……」

「キュナー男爵?」


 聞き覚えない名前がまた出てきたー。


 殿下に変わって、今度はヴィル様が質問をする。


「泥棒、キュナー男爵と呼ばれている男の風貌……顔の特徴などはわかるか?」


 何か、目印になるようなものだ」


「……口ひげと……顎に、傷跡……」

「確かにキュナー男爵ですね。彼は数年前に起こった馬車の事故で顔に怪我を負い、傷跡があるんです」


 ちぇー。ヒューヤード侯爵じゃなかったんだー。


 残念に思う私の前で、ヴィル様がにやりとわらった。


「ヒューヤードとの繋がりが浮かんだ。キュナー男爵は、学院時代からのヒューヤードの悪友だそうだ」


 なんと、そんな繋がりが。




 他にも泥棒――ナドーという名前らしい――から聞き出した内容によると、キュナー男爵は彼を拾った恩人なんだって。


 地方の貧民街で行き倒れになりかけていたところを拾われ、能力を買われて泥棒の技術を身につけたそうな。それ、恩人って言っていいの?


 ともかく、最初に言いよどんだのはそういう理由からだった。


「すぐにキュナー男爵を呼び出せ!」


 執務室で激高する王太子殿下に、ヴィル様は冷静に返す。


「落ち着いてください、殿下。いっその事、どこかにキュナー男爵と一緒にヒューヤードを呼び出して一網打尽にしましょう」

「……出来るのか?」

「キュナー男爵の名前が出たのですから、こじつけてしまえばいい。理由は後付でどうとでもなります。何せ、ヒューヤード家は落ち目ですから」


 つまり、証言……と言えなくもない、程度のものだけれど、一応得たのだからそれを根拠に自白魔法を使おうという目論見だ。


 んで、こじつけで自白魔法を使ったところで、ヒューヤード侯爵家には既に王家に抗議出来るだけの立場も、抗議したところでそれを受け入れさせる力もない……と。


 ある意味王家の横暴とも取られかねない行動ですが、そこは特権でごり押ししてもらいましょう。


 ヴィル様の提案に、殿下も乗り気だ。


「よし、場所はどうする?」

「まずはナドーの名前でキュナー男爵を呼び出します。そこに、匿名でヒューヤードも呼び出しましょう。場所は王都の外れ、廃屋が並ぶ地域でどうですか?」

「よし。その場で自白魔法を使うのだな? では、立ち会いがいるよな!?」


 殿下、参加したいんですか? ヴィル様の目が眇められてますけど。


「ご自身のお立場を、今一度再確認していただきたいですね」

「何を言っている? 狙われたのは私の妻と子、それに臣下だぞ? 黙って王宮で指をくわえて見ていろというのか?」

「当然です。御身に何事かあれば、取り返しがつきません」

「その為の侯爵だ。そうだろう!?」


 いや、違いますよ。私は自白魔法を使う為に現場に行くんです。


 決して、殿下の御身をお護りする為ではないですからね?




 結局、殿下も参加する事に決まりましたー。ごり押しって、そこで使われるのはちょっと困るんですけどー。


 それにしても、ナドーの名前で男爵をおびき出すのはいいけれど、うまく来るのかね?


『男爵とナドーの間でしか通じない符丁を使いました。物欲に負けて来るでしょう』


 そうなんだ。仕掛けは完璧って感じね。


 先に廃屋に乗り込んでいた私達……殿下、ユーイン、ヴィル様、イエル卿、黒耀騎士団からゼードニヴァン子爵以下第一部隊員が数名、そして私。


 廃屋の周囲にも、離れて黒耀騎士団が二部隊囲っている。目当ての二人が廃屋に入ったら、外から包囲網を狭めて逃がさないようにだ。


 もっとも、ネズミがかかったら即、結界でこの廃屋を覆う手筈だけどねー。


 そして、屋内にいる私達の周囲には、外から見えない光学迷彩処理を施した遮音結界を張っている。なので、普通に喋っても音は外に漏れない。


「どのくらいで来ると思う?」

「今は夕刻、日が完全に暮れてからでしょう」


 殿下とヴィル様の会話を聞きながら、外の様子を魔法で伺う。早めにここに入ったのは、ネズミに気取られないようにする為だ。


 でも、お腹空いたね。


「軽食を持ってきたんですが、召し上がりますか?」


 長丁場になったら、食べ物飲み物があった方がいいからさー。ヴィル様とイエル卿には微妙な顔をされたけれど、殿下には歓迎されたよ。


「おお、気が利くな侯爵」

「レラ……お前ってやつは……」

「何だ? ヴィル。文句があるならお前は食べなくてもいいぞ?」

「食べますよ! まったく」


 軽食は、サンドイッチと塩バタークッキーとマフィン。塩バタークッキーは甘さ控え目で塩味が効いてるクッキー。


 マフィンはドライフルーツを入れているので、腹持ちがいいのだ。サンドイッチの具は、卵とハム、それにツナ。


 そう! ツナ缶を再現出来たのだよ! いや、缶詰にはしていないけれど。


 まだまだ漁獲量が安定しないので大量生産は出来ないけれど、我が家で消費する分だけはポルックスが頑張ってくれている。


「ん? これは何だ?」

「魚の身を加熱して油に漬けたものです」

「聞いた事がないな。だがうまい!」


 ツナサンドは、人気の様子。あ、飲み物もちゃんと持参しましたよ? ルミラ夫人が淹れてくれたお茶とコーヒー。


 私のは、特別にカフェオレです。ミルクの甘みがウマー。


「何ていうか……これ、場所が廃屋でなければ、庭園の茶会って言っても通りそうだね……」


 イエル卿がぼそりと呟く。茶会というか、ピクニックじゃないかなー?

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