第306話 予想外のものまで出てきた

 ポルックスにデュバル邸へ魔法で送ってもらい、一息。もう夜も大分遅いので、殿下への報告は明日でいいかな。


 と思ったら、ルミラ夫人が苦笑している。


「レラ様、王宮から通信で、どんなに遅くてもいいから、戻ったらすぐに報告をするように、と」

「うわあああああん」


 そりゃ妃殿下を毒殺されかかったんだから気になるのはわかるけどさー。夜はおとなしく寝ててよー。


 仕方ないので、通信で報告だけする。


「もしもーし」

『侯爵か!? 何をそんなに間延びした声を出している!』


 げ。なんで通信にいきなり殿下が出てくるのよ。普通侍従とかが出てから、代わるでしょ!?


 と思ったら、通信機の向こうで争うような声と音が。


『レラか?』


 あ、今度はヴィル様だ。なるほど、通信機の前から殿下を排除したんだな。力業で。


『黒幕はわかったか?』

「黒幕と言えるかどうかはまだわかりませんが、レヤー男爵のすぐ上はヒューヤード侯爵だそうです」

『ヒューヤード? あの落ち目の侯爵か』


 ヴィル様、言い方ー。いや、私もそう思ったけれど。というか、社交界全体での共通認識なんだよね。




 通信を早々に終わらせ、明けて翌日。夜明けと共に起こされて、仕度をした後ユーインと一緒に王宮へ。寝不足で、頭が重い。


 王太子殿下の執務室に通されると、既にいつものメンバーが揃ってましたー。


「ヒューヤードだったそうだな」


 殿下、朝っぱらから機嫌悪ー。ヴィル様の顔色から察するに、一晩中荒れたな。ヴィル様、殿下の宥め役、お疲れ様です。


 疲れの残る顔で、ヴィル様は殿下に伝える。


「殿下、夕べも申し上げた通り、落ち目とはいえ相手は侯爵です。証拠もなしに自白魔法は使えませんよ」

「わかっている! ……侯爵、何とかならんか?」


 わかってないじゃん。ツッコミ入れたいけれど、相手は王太子殿下。我慢我慢。


「私には何も」


 あ、殿下が舌打ちした。はしたないですよー。


 ヒューヤード侯爵家は、王妃を輩出した事もある名門なんだけど、四代前くらいから段々家が傾いていってるんだよね。


 最初はギャンブルのやりすぎ。そこから借金を重ねるようになって、あっという間に元々あった領地の四分の一くらいまで減ったらしいよ。


 領地が減れば税収も減る。でも、侯爵としての体裁を保つ為には金がいる。で、また借金。その繰り返しだってさ。


 権勢を誇っていた頃は周囲に伯爵位の家も多かったそうだけど、落ちぶれてからはまともな家は離れていったってさ。


 今ヒューヤード侯爵の周囲にいるのは、問題がある当主の家ばかり。レヤー男爵家もその一つなんだろうねー。


 あ、そういえば。


「昨日聞いた録音で、レヤー男爵が人身売買がどうのと言っていましたよね?」


 殿下とヴィル様がはっとした顔をしてる。いや、なんでそこ気付かなかったんですか?


 商人であるソバイドが、会場は決まったとかなんとか、言っていなかったっけ? 商品も集まったとか……


「レヤー男爵家にいた商人のソバイドに、自白魔法を使って人身売買の会場を調べましょう。そこから、侯爵への繋がりが見つかるかもしれません。あと、皆さんはちゃんと寝てください。寝不足だと頭の回転が悪くなりますよ」


 殿下の恨みがましい目は、見なかった事にする。




 ロア様を交えた朝食を終え、少し仮眠してから昨日男爵邸から秘密裏に拘束されて運び出されたソバイドの元へ。


 王都の黒耀騎士団本部にある地下牢に、彼はいた。場所が場所なので、ユーインに一緒に来てもらってる。顔パスって、楽よねえ。


 牢で対面したソバイドは、私の姿を見て酷く驚いているんだけど。別に、幽霊じゃないよ。


「ひいいい! お、お許しを!」


 これだけ恐慌状態なら、自白魔法も簡単にかかるでしょ。さあ、キリキリ吐いてもらうよ。


 まずは、人身売買の会場は、どこかなー?


「……しょ……小王国群の……」


 げ。小王国群!? 国外じゃない! ソバイドの口から出て来た国名は、小王国群でもオーゼリアよりにある国。聞いた事ないな……


『ほんの数年前に出来たばかりの国です。男爵領ほどの広さの国が二つ合わさって出来た国です』


 そうなんだ……って、このしゃべり方はカストル?


『はい。実験が終了しましたので、戻りました』


 実験って……まあいいや。その報告は後で聞きましょう。んで、新興国って事でいいのかな?


『概ね、間違いないかと』


 概ね?


『元あった国の、王位継承順位が低い王族が反乱を起こし、かつ隣国も武力で勝ち取り起こした国です』


 なるほど。だから「概ね」なんだ。


『ちなみに、その反乱に手を貸したのが、レヤー男爵以下ヒューヤード侯爵の仲間数名です』


 マジでー? そんな金、あったんだあいつら。


『ほぼ借金ですね。借金元は、ソバイドの商会です』


 おうふ。ソバイドが捕まって、レヤー男爵他お仲間も捕まれば、商会は確実に潰れるか。そんな危ない橋、よく渡ったね……


『ソバイドとしても、背水の陣だったようですよ。彼にはあまり、商才がなかったようです』


 うーむ。だから確実に金になるとわかっている犯罪行為に手を染めた……と。バレた時のリスク、考えなかったのかな。


『その為のヒューヤード侯爵だったんでしょうが……』


 落ち目の侯爵に、どこまでの力があるのか疑問だわ。


 それはともかく、会場が国外だとなると、ちょっと困るねえ。


『それでしたら、レヤー男爵の邸を調べてください。寝室の寝台の下に、隠し金庫があります』


 そうなの!? そういや、男爵邸はまだ手つかずだっけ。昨日の今日だものねえ。


『主様が魔法で調べた事にして、先程の場所を見つければ問題ないかと。その際、証人として第三者を連れて行く事をお薦めします』


 さすがに侯爵に上がった私を疑う人もそういないと思うけれど、念には念をだね。


『敵は腐っても侯爵。手を抜けません』


 わかったよ。


「ユーイン、一度王宮に戻ろう。殿下にも、会場の事を報告しないとならないし」

「そうだな」


 戻って報告して、男爵邸を調べる許可を得なきゃ。




 王宮で王太子殿下に報告すると、やっぱり渋い顔になってる。


「国外か……」

「しかも新興の小王国群の一国となると、下手に手を出すのは憚られます」

「いざとなったら、いくらでも押さえ込めるがな」


 何か怖い会話が殿下とヴィル様の間で交わされてるんですけどー。


 空気を読まず、明るく提案してみた。


「殿下に提案です。レヤー男爵の邸、調べさせてもらえませんか?」

「男爵の邸を? 何か見つかりそうか?」

「わかりませんが、出てくるかもしれないじゃないですか。国外に手を伸ばす前に、足下からしっかり調べておいた方がいいかと思いまして」


 殿下が何やら思案している。押し切れそうか?


 なのに、意外にもヴィル様から横やりが入った。


「レラ、何か隠してないか?」

「え?」

「お前が自ら面倒な事を申し出る時は、大抵何かある時だよなあ?」


 うひい。付き合いの長さが裏目に出てるうううう。な、何か言い訳を……あ。


「ご、ごめんなさい!」

「やっぱり何かあるのか?」

「その……新しい術式を試してみたくて……男爵の邸での探し物、ちょうどいいかなあって」


 ちょっと言い訳がニエールっぽいけれど、私も昔から開発した術式を試す時、無茶をしているからね。そして、それはヴィル様もよく知っている。


 読み通り、ヴィル様が大きな溜息を吐いた。


「……周囲に影響が出る類いのものか?」

「だ、大丈夫です! 邸の中……というか、敷地の中限定にしますから!」

「絶対だぞ? あと、騎士団の誰かを同行させろ。勝手にやったと後で言われないように」

「わ、わかりました」


 ヴィル様がカストルと同じ事を言ってるよ。




 王宮で打ち合わせを行った後、一度王都邸に戻り軽い服装に着替える。間違っても、侯爵家当主に見えないような、庶民っぽいものにね。


「レラ様、いつの間にそんな服を用意されてたんですか?」

「え? その、マダムにちょっとね……」


 マダムのところは貴族向けのドレスが主流なんだけど、マダムの弟子の一人が庶民向けの店を開店させたんだよね。


 で、そこで仕立ててもらったんだー。白の半袖のオーバーサイズワンピの上から、ジャンパースカート風のものを重ね着する。


 ちょっと富裕な家のお嬢さんって感じ。靴はボタンブーツ。今の時期、王都だと気温的にギリギリはけるかなー。


 王都の夏は暑いんだよね……


 ユーインもシャツにトラウザーズ、ベストと軽い服装。ただし、腰に剣帯をつけて帯剣してる。そのうち、仕込み杖でも作ろうかな。


 仕度が調ったので、カストルに待ち合わせ場所の近くまで魔法で送ってもらう。


 今回、同行してくれるのは黒耀騎士団の一人、いつぞやの金獅子連中に襲われた際、助けてくれた隊の隊長さん。確か、ゼードニヴァン子爵だっけ。


 子爵家当主だけれど、家が領地なしの官僚家らしく、ご自身は文官より武官に才があるとそちらに進んだんだとか。弟さんが文官の道に進んでるんだって。


 待ち合わせ場所は、男爵邸から歩いて少しの公園。噴水の縁に座ってる子爵の姿があった。


「お待たせしました」


 今日は侯爵としてではなく、町娘としてここにいるからね。ゼートニヴァン子爵はちょっと驚いた顔を見せたけれど、すぐに笑顔になった。


「いえ、そんなに待ってませんよ。では、行きましょうか」

「ええ」


 さて、では証拠を求めて男爵邸に行こうか。




 男爵邸には、裏から入る。一応、この家の使用人が外出から戻った風を装う為に。


「鍵なんて、いつ用意したんですか?」

「秘密でーす」


 ごめんね子爵。世の中には、知らない方がいい事って、一杯あるんだよ……


「ここから魔法を使いますから、ちょっと変な感じがするかもしれません」

「そうなんですね……うお! な、何かきた!」

「それです」


 実際に、カストル達が作った術式を使っている。似た術式はあるんだけど、それの上位版って感じ。


 立体的に、空間を把握する術式……と言えばいいのかな? 魔力で物体を感知するので、壁や床なんかもすり抜けられる。でも、それらがあるのはわかるって感じ。


 裏から入った邸を、ゆっくり歩きながら「見て」いく。男爵の寝室は二階。あった。


「上の部屋に、ちょっと変なところがありますから、そこを見に行きましょう」

「わかりました」


 三人で、二階に上がる。あれ? 屋根裏にも部屋があるね。


『そちらは地下同様人を閉じ込めておく為に造られた場所です』


 ろくな事してないな、あの男爵。犯罪に加担するくらいだから、当然かも。


 二階の南向きの部屋が男爵の寝室だ。またデカい寝台だねえ。


「この下ですね」

「大きな寝台ですね。動かすのが大変だ

「いえ、簡単ですよ」


 もちろん、魔法で浮かせて移動させた。子爵、何でそんなに驚くの?


「ねえ、ユーイン。子爵は何であんなに驚いているの?」

「騎士団は剣が主体だから、魔法が得意な者はあまりいないんだ。魔法は白嶺がいるから。なので、普段見慣れないんだと思う」


 そうなんだ。確かに、こんな使い方する人は、あまりいないかもね。


 移動させた寝台の下には、床下収納のようなものがある。触れないよう、これも魔法で開けようとしたら、鍵がかかっていた。


「鍵がかかってるね」

「開けられそうか?」

「平気」


 こそこそユーインとやり取りして、魔法で鍵を開ける。単純な造りの鍵だから、開けるのも楽だわー。シリンダー錠よりも簡単だよ。


 そうして開いた先には、やっぱり床下収納のようなスペースがあって、そこに書類やら貴金属が入ってるっぽいケースがたくさん。


 全部外に出して、中身を確認してみた。


「ん? このネックレス……」

「どうかしましたか? 子爵」

「いえ、これなんですが」


 子爵が指差した先には、ケースに収まったネックレスがある。中央に大きめの真珠をあしらい、その周囲をルビーで飾っている。


 同じモチーフを左右二つずつ連ねたネックレスは、なかなかお値段が張りそうだ。


「以前、某伯爵家で盗まれた品に似ているんですよ……」

「え」


 もしかして、あの男爵、泥棒までしていたの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る