第305話 辿っていく
人質無事救出の報せが来たのは、王宮に戻ってすぐくらい。
『無事に二人とも回収しましたよー』
「そう。ご苦労様。二人は王都邸で保護してちょうだい」
『りょ』
ポルックスにも、携帯を渡しておいてよかった。スマホもどきで通話しか使えないポンコツだけど、この国では十分優れた魔導具だ。
「毒を仕込んだ実行犯の家族は、無事保護出来ました」
「そうか」
今私がいるのは、王宮の王太子殿下専用執務室。つまり、王宮でも「中」と呼ばれる場所。
奥に部屋を与えられた身とすれば、中にいるくらいどうって事ないか。
室内には殿下、ユーインの他にヴィル様、イエル卿もいる。
ロア様は先に寝室に行ってるそうだ。そろそろ安定期に入るとはいえ、こんな話は聞かせたくないしね。
ケーキに毒を仕込んだ実行犯は、妻子を誘拐され人質にされていた。言う事聞かないなら、妻子を殺すと脅されて、仕方なくやったらしい。
あの場で捕まったのは、毒殺を強要した連中と落ち合う手筈になっていたからだって。そこで人質にされた妻子を帰してもらうはずだったんだとさ。
『ちなみにー、奴らは実行犯を殺す為に集まってましたよー』
これは念話なんだ。
『主様と打ち合わせしておいた方がいいと思ってー。あと、人質が捕まっていた場所は、貴族の邸でした』
なぬ? 誰の?
『レヤー男爵です』
レヤー男爵? さすがに男爵位は多すぎて、名前がわかんないな……
『主様は、伯爵位の名前も覚えていないってエヴリラ様が愚痴ってたよー』
おのれリラ。確かに覚えていないので嘘ではないけれど。くそう。人の名前と顔を覚えるの、苦手なんだよう。何か強烈な個性があれば大丈夫なんだけど。
『で、そのレヤー男爵家で気になる会話があったから、録音しておきましたー』
さすが有能執事。さすゆう。じゃあ、それは殿下達にも情報共有しておこうか。
『じゃあ、王宮にお持ちいたします』
最後だけバシッと決めるのは、何なんだろうね?
とりあえず、怪しい録音が手に入った事だけは、伝えておこうか。
「殿下、よろしいですか?」
「何だ?」
「我が家の者が、人質を救出した際、気になる会話を録音したそうです」
「何だと!?」
室内の空気がざわりと動いた気がした。
「その録音、これから王宮に届けさせても、よろしいですか?」
「許す」
「ありがとうございます」
まー、そうなるよねー。さて、何が録音されてるのかなー?
王宮に持ってきたのは、ルミラ夫人でしたー。遅い時間に、申し訳ない。
「では、早速聞こうか」
再生用のデバイスに録音媒体である魔力結晶を乗せると、自動で再生が始まる。
『……のように、会場も押さえてあります』
『ふむ。この広さなら、十分か』
『商品の方も、十分集まったかと思います』
『数はな。だが、目玉が足りん』
『目玉……でございますか? さすがに、身分のある方を拉致するのは、危険が過ぎるというものでございますよ』
『だが、ノルイン男爵の市場では、貴族籍の娘も出たというではないか』
会話の中に出て来た名前に、室内の温度が二、三度下がる。ノルイン男爵……って事は、彼等が言っている「商品」は人間?
『いっそ、王宮にいるあの娘を出せればなあ』
『閣下。さすがに不敬が過ぎますぞ』
『何をいう。あの方の指示がなければ、生きたまま連れ出す方法を考えたのに』
『御前からの指示は絶対です』
『わかっている。今頃、王宮の奥で王太子が涙に暮れている事だろうよ。あの若造、政略結婚の相手に相当入れ込んでおったからな』
『……』
『まあ、あの美しさならば致し方あるまい。ぐふふふ』
『地下に繋いでいる親子も、出品しますか?』
『あれか? うむう。見た目がなあ。まあ、それでもいいという物好きはいるだろうよ』
『夫の方は始末したのですよね?』
『ああ。そのうち報告がくるだろう。そうそう、あの小生意気な女も、殺さず商品にすれば良かったな』
『……妃殿下をですか?』
うお。部屋の温度がぐんと下がった。これ、殿下の魔力だな。
『もう一人の方もだ』
今、隣でバキって音がなった。怖くて、そっち見られない。でも、ユーインの手元に、そんな音を出すようなもの、あったっけ?
『ああ、女侯爵でしたか。確かに、美しい方だと評判ですなあ』
『ああいうのを飼い慣らしたいと思う連中は、存外多いものよ』
『ですが、あの方は有名ですから、国内では売りさばけませんでしょう』
『何、あの方にお願いして、トリヨンサーク辺りで売ればいい』
トリヨンサーク!? またこの名前?
『さて、ではそろそろ』
『そうだな。市場が開かれるまで、商品は一箇所に集めておくか』
『では、地下の者達も』
『移動させろ』
録音は、ここまでだ。
「……これは、どこで記録された会話だ?」
「レヤー男爵邸だそうです」
「すぐに兵をレヤー男爵邸へ向かわせろ!!」
殿下、めっちゃ怒ってます。
「お待ちください、殿下」
「何故止める!? 侯爵も汚らしい欲の餌食にされるところだったんだぞ!?」
「落ち着いてください。その前に、毒殺されるところでした。もっとも、レラならそのどちらも防げますが。フェゾガン、お前も殺気を押さえろ」
冷静なヴィル様の言葉に、殿下もユーインも渋々従っている。
ところで、録音の最後に地下に捕らえられていた人質親子を移動するとか言っていたけれど。
『現在、レヤー男爵とその配下は、気持ちよくお休み中でーす。催眠光線って、強力ですねー』
あれを使ったのか。つか、いつの間に使えるようになったの?
殿下とユーインが落ち着いたのを見て、ヴィル様が続けた。
「気になるのは、会話の中に出て来た『あの方』の存在です。レラ、現在レヤー男爵が邸にいるかどうか、わかるか?」
「我が家の執事が、魔法で眠らせているようです」
「催眠光線か……」
バレてるー。魔法って言っただけなのにー。催眠光線以外にも、眠らせる魔法、あるのにー。
「なら明日の昼まで起きるまい。レラ、悪いが秘密裏にレヤー男爵邸まで行って、自白魔法を使ってくれ。『あの方』の名前を引っ張り出すんだ」
「了解です」
とっとと黒幕をあぶり出しましょう!
でも、ここでユーインから待ったがかかった。
「待て、アスプザット。レラに危険な事をさせるな。自白魔法なら、研究所から専門家を呼べばいい」
「この時間だぞ? 呼ぶとしても明日の朝一番だ。その間に男爵に逃げられたら目も当てられん」
今回ばかりは、時間との勝負だよね。ユーインも理解したのか、これまた渋い顔になっている。
気持ちはわかるけど、私は私に出来る事をするまでだよ。
「ユーイン、男爵邸まで一緒に来てくれる?」
「もちろんだ」
側にいれば、少しは心配も減るでしょう。
王宮を出て、一度デュバル邸に入ってからポルックスに送ってもらう。もちろん、行き先はレヤー男爵邸。
馬車を使わない理由は、こっちの方が早いからってのもあるけれど、私が王都邸から出ていないというアリバイ作りの面もある。
敵がどこで見ているか、わからないし。
ちなみに、使用人や護衛の者達は、先にポルックスが眠らせてくれている。いや、本当に有能だよ、君達。
魔法で移動した先は、あの録音内容を喋っていた部屋。なので、足下に二人ほど転がっています。
「レヤー男爵と、商人のソバイドでーす」
商人ねえ。んじゃ、男爵から自白魔法、いってみるかー。
自白魔法は、本人が意識していない記憶から真実を語らせるもの。思い込みのフィルターは外れるので、見たまま聞いたままを話す。
「ヒューヤード侯爵から、話をもらったのだ……ノルイン男爵が築き上げた人身売買の組織を真似して、金儲けが出来ると……」
思わずユーインと顔を見合わせる。ヒューヤード侯爵って、落ち目ではあるけれどぎりぎり侯爵位を保っている家じゃない。
滅多に領地には戻らず、ずっと代官を置いているタイプの貴族で、王都から離れる事はないらしいよ。ちなみに、無派閥。
「王太子妃殿下を毒殺するよう指示したのも、ヒューヤード侯爵?」
「……うう」
雑魚のくせに抵抗するとは。魔法の出力、上げちゃうぞ?
「妃殿下を毒殺するよう命令したのは、ヒューヤード侯爵なの?」
「そう……です……」
これで、自白ゲット。次はヒューヤード侯爵かな!
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