第304話 暗殺の定番

 化粧品その他必要なものを持ってきたのは、ポルックスだ。


「邸からお持ちしました」


 部屋に妃殿下の侍女もいるからか、ポルックスがよそ行きの態度だ。


「ありがとう」


 受け取りつつ、小声で王都邸の様子を聞いてみる。


「で、そっちはどう?」

「ルミラ夫人がしっかりまとめあげてるよー。領地の方はジルベイラとエヴリラ様が支えておくってさ」

「そう。ありがとう」


 そういや、今回の王都行きは私一人でだったっけ。ルミラ夫人も、当主が王宮に行ったきり帰ってこないとなったら、驚いただろうなあ。


 後で皆には、温泉旅行をプレゼントしよう。




 王宮に来たのがお茶の時間。それから部屋へ案内してもらったり邸から化粧品その他を持ってきてもらったりしたら、夕食の時間と相成りました。


 私が王宮に滞在中は、術…お食事を殿下ご夫妻と一緒に取る事になったよ。もちろん、ユーインも一緒。


 あれから客間の方にヴィル様が来て、可哀想なものを見る目で「大変だな」って言われた。何か……同情するならヴィル様も一緒に食事、いかがですかって喉元まで出掛かったわ。


 食事の場所は、王宮の奥のエリアにある、王太子殿下専用の食堂。殿下は七歳からこの食堂を使っているそうだよ。


 え……そんな子供の頃から、一人で?


「それも王太子たる私の務め。五日に一度は、家族で食事をする時間が取られていたがな」


 それもどうなんだと思うけれど……これも「王位継承者を護る為」なんだってさ。


 何代か前に、食事時を狙って王宮を襲撃したバカがいたそうな。ただ、力はあったそうなので、本当に奥まで進み、あわや国王一家が全員殺されそうになったらしいよ。


 それ以来、食事時を狙われても問題ないように、王族はばらけて食事をするようになったんだって。うへえ。


 殿下専用の食堂は、王宮の部屋にしてはこぢんまりとしていて、質素な内装だ。居心地いいねえ。


 そんな食堂での夕食は、かしこまったものではなくて大変くだけていて気楽な場だった。


 食事の合間に雑談やら何やらが飛び交い、大変和やかであーる。今の状況を無視すれば、だけどねー。


 雑談が途切れた時、殿下から真剣な様子で念押しされた。


「侯爵には、なるべくロアの側にいてほしい」

「承知いたしました」


 妃殿下は対外的には体調不良として公務をお休みしているらしい。なので、私が四六時中貼り付いていても、問題ないんだってー。


「改めて、よろしくね、レラ様」

「こちらこそ、よろしくお願いします、妃殿下」


 ……普通に挨拶したはずなのに、何故かご夫妻は不満顔。なんでー?


「侯爵の我々に対する態度が硬いな」

「そうね。コーネシアさんとのように……とまでは言わないけれど、もう少し打ち解けてほしいわ」


 また無茶を仰る。ちなみに、コーニーには「さん」付けで、私には「様」付けなのは、それなり意味がある。


 コーニーはまだ「侯爵令嬢」であって、伯爵夫人ではない。比べて私は既に「女侯爵」の立場にある。こういう差。


 伯爵夫人なら、夫の伯爵と同格に扱われるので、コーニーも結婚したら妃殿下に「ネドン伯爵夫人」もしくは「コーネシア様」と呼ばれる訳だ。


「せめて、今回王宮に滞在している間だけでも、『ロア』と呼んでほしいわ」


 可愛らしい仕草で「お願い」とか言われると、断りにくいー。そういえば、王妃様の隠れ家では、そう呼んでましたねー。


 悩んだ末に、白旗を揚げました。


「……では、ロア様と」

「ありがとう、レラ様」


 おかしい……学院時代にも、ここまで親しそうなお付き合いはしていないんだけれど。


 もっとも、妃殿下……ロア様は学院時代、コアド公爵夫人となったベーチェアリナ夫人との方が仲が良かったからねー。


 同じ王族に嫁ぐという、運命共同体のようなものだったからかも。今でも仲が良いってのは、私も聞いたし。


 夕飯はいつもの王宮で食べる料理とそう変わらないという。王族だからといって、毎回美食を食べている訳ではないそうで、普通に王都で手に入る食材で料理をしているんだとか。


 とはいえ、そこは王宮に勤める料理人。国内随一の腕前なのは、これまでの料理でよくわかった。


 通常の夕食という事で、特にコース的なものではなく、メインディッシュにサイドディッシュを少し、飲み物と食後にデザートという、実にシンプルな構成。


 いや、庶民の食卓よりは豪勢ですが、王族の食事と思ったらシンプルでしょうよ。


 問題は、デザートの時間に起こった。


 テーブルには、コーヒーとデザート。デザートはロールケーキ。……これ、シャーティの店のじゃね? 王宮に配達してるの?


 ケーキはロア様と私の前にだけ。男性陣はコーヒーのみ。甘い物は苦手ですかそうですか。おいしいのに。


 その場で、ポルックスからの念話が。


『主様ー、そのケーキ、毒入りでーす』


 ありがとう。本当いい仕事をするよね、君達。


『やったー! 褒められたー! あ、主様の分にも、毒が入ってるからねー』


 了解。


「ロア様、ケーキには触れないようにしてください」

「え?」

「毒が仕込まれているようです」


 場が凍った。最初に動いたのは王太子殿下だ。控えていた侍従を呼んで、早口に命令を下していく。


「厨房を閉鎖しろ。料理人とここまで運んだ人間は全て捕縛」

「はい」

「お待ちください」


 話がでかくなると、捕まえられる者も捕まえられなくなるよ。


「毒を仕込んだ人間は割り出せますから、落ち着いてください」

「何だと? そんな魔法があるのか?」


 半信半疑の殿下を相手に、唇に人差し指を当てて微笑む。


「企業秘密です」

「き……? 何だって?」


 そっか、こっちには企業ってまだないっけ。商会がせいぜいか。ちぇー。せっかく格好付けたのにー。


「ともかく、毒を仕込んだ人間を捕まえる術は非公開とさせていただきます」


 ポルックス、わかってるよね?


『はいはーい。仕込んだのは、ケーキを作った店の配達員でーす。ちなみに、店はシャーティの店であってますよー』


 やっぱり! 毒殺未遂犯め、あの店を穢すものは、何人たりとも許さんぞ!!


「……殿下、個人的に毒を盛った犯人が許せませんので、今すぐ退室の許可をいただけますか?」

「あ、ああ」

「ユーインはここで殿下達の警護をお願い」

「……わかった」


 そんな渋い顔しないの。元々のあなたの仕事ですよ。もう。


 若干私に気圧された殿下から許可はもらったので、行儀が悪いけれど部屋から駆けだした。


 この手でふん捕まえてやる! あとは自白魔法だな。配達員なら庶民だから、貴族のように家に対する配慮はいらない。


 がっつり締め上げてくれるわ!! 首洗って待ってろ!!




 とはいえ、私が王宮を飛び出して現場に向かっても、配達員が王都を出て行方をくらませたら追いかけづらいからね。


 先回りしてポルックスに身柄を押さえておいてもらいました。場所は王都の外れ。廃墟が連なる区画。


 てか、なんで王都にこんな区画があるんだろう? ちゃんと区画整理して再開発すればいいのに。


 そういや、以前この辺りの空き家に連れ込まれたっけね。従兄弟が暴走した時だっけ。


 ポルックスの気配を辿っていくと、ちょっと崩れかけの廃屋の中だ。取れかかった扉を潜って中に入った先には、ポルックスが立っている。


「あ、主様ー。ちゃんと捕まえておいたよー」

「さすが有能執事。ありがとう」


 彼の足下には、猿轡を噛ませて後ろ手と足を縛り上げられた男性が、芋虫のようにもぞもぞと動いている。


 こいつか……


「シャーティの店への連絡は?」

「ルミラ夫人を通して伝えてもらってまーす。あそこ、人気が出すぎて配達の手が足りなくなってるそうですよー」

「それでこんなのを使わざるを得なくなったの?」

「というか、この人三年前から店に勤めていまーす」


 昨日今日雇った訳じゃないのか……考えたら、当然かも。勤続年数が少ない人間に、王宮という特別な顧客への配達を頼むほどシャーティは抜けてないもの。


「三年前から仕込んでいたのか、それとも金か何かに目がくらんだか」

「主様の自白魔法の出番ですねー」


 何故、ポルックスがそんなに嬉しそうなのかな?


 自白魔法を使うと、何とも言えない内容が出てきた。


「家族を人質に……ねえ」

「それで毒を混入させたって訳ですかー」


 家族を攫った奴らの事は、よくわからないらしい。妻と子、二人が拉致されているという。


 毒混入を指示してきた男は、彼の記憶から画像として抜いた。ポルックスが。本当、有能だよね君ら……


「この顔の人物を探せばいいんですよねー?」

「ついでに攫われた家族の方も探して。大至急。手段は問わない」

「りょ」


 おい待て。そんな言い方どこで覚えてきた?


 あっという間にいなくなったポルックスに呆れながら、自白魔法を使った後の男性をどうするか、ちょっと悩む。




 結局、王都邸を介してユーインに連絡を取り、殿下の指示を仰いだ。


 結果、ロクス様が来ましたー。


「なんでロクス様?」

「兄上やユーイン卿が来ると、敵に察知されやすいからじゃない?」


 ああ、なるほど。ロクス様は地味な馬車に配下と共に乗ってきた。彼等の顔、アスプザット邸で見た事はないんだけど。


「そうだろうね。さすがに我が家でも、レラに後ろ暗いところは見せられないよ」


 いや、今見せてませんかね? ってか、あの家にもそういう面があったんだ……


 わかってるんだ。侯爵家ともなると、綺麗事だけじゃ済まないって事。私だって、有能執事達を便利に使い倒してるし。


「じゃあ、彼の事は我が家で預かるね。シャーティの方には、特に連絡は入れない。店にのぞき魔がいないとも限らないから」


 この場合ののぞき魔は、潜伏先の情報を雇い主に渡す人。いわゆる間者とかスパイって感じ。


 のぞき魔のたちが悪いところは、専門の教育を受けた者ではなく、あくまで一般の人間だって事。


 どこにでもいる近所のおばちゃんが、のぞき魔だったなんて事もあるそうな。恐ろしや。


 シャーティの店の店員は厳選してるって話だけど、以前も私に横柄な態度を取った奴がいるくらいだからね。のぞき魔の一人や二人、いても不思議はない。


 シャーティには、店員を雇うのならペイロン、アスプザット、デュバルの領の人を雇うように言っておこうっと。

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