第303話 王宮に潜む危険
王太子妃殿下ご懐妊。本来ならおめでたい、嬉しい発表のはずなんだけど……
何故か、目の前にいる王太子殿下ご夫妻の表情は微妙だ。
「……侯爵、念の為、遮音結界を張ってもらえないか? 室内だけでいい」
「構いませんが……」
ちらりと室内の壁際を見る。侍女や侍従が既にいるんですが?
本来なら金獅子騎士も室内にいるべきなんだけど、問題起こしたからね……それに、ユーインが代行出来るって事なんだろう。
「よろしいのですか?」
「いい。ここにいるのは、信頼の置ける者達だけだ」
なるほど。ならば。
「張りました」
「侯爵、しばらく王宮に滞在してロアの側にいてほしい」
「はい?」
いきなりだなまた。冗談……と逃げるには、ご夫妻の表情が真剣だ。
「また、何かありましたか?」
「王宮内に、大公派がいるのは知っているな?」
おうふ。何というタイムリーな内容。ついさっき、そいつらの事を考えちゃってたよ。え……まさかフラグとか言わないよね?
いや、それよりも。
「……彼等が、妃殿下に何か悪さをすると?」
「ロアだけではない。腹の子ごと始末しようとする可能性がある」
妃殿下が息を呑む気配が伝わった。殿下……もう少し、歯に衣着せましょうよ。あなたの奥方、妊婦ですよ?
こっちの様子には気付かず、殿下は続けた。
「ロアの懐妊はまだ表沙汰にしていない。知っているのは父上と母上、それにここにいる面子だけだ」
「御殿医も知らないんですか?」
王宮で王族の健康を管理する御殿医は、王族の体調のありとあらゆる面を見る。当然、妃の懐妊も真っ先に知る立場の人なんだけど……
「ロアが輿入れの際、実家から連れてきた侍女の中に、産婆がいる。その侍女が、ロアの体調を診ているので問題ない」
なるほど。この国で言う産婆って、妊娠出産特化の医者の事を言う。ちゃんと国家資格があって、試験にパスして実務経験が何年かないと産婆と名乗っちゃいけないんだよね。
……この辺りの制度、作ったのは絶対転生者だよねええ?
それはともかく、実家から連れてきたという事は、ローアタワー家はこういう状況が起こるって、前もって知っていたって事?
私が疑問に思っている事が顔に出ていたのか、妃殿下がその事について教えてくれた。
「私の実家も、まだ妊娠を知りません。ですが、ローアタワー家は王家に連なる家。王太子妃や王妃の暗殺、後継者の暗殺には妊娠時期、出産直後が狙われやすいと知っているのです」
なるほど、「こういう事もあるかもしれないと思って」用意しておいたって事か。そりゃ、妃として王家に入るのだから、出産は絶対だよね。
逆に子に恵まれなかったら、それこそ問題が。貴族家でも跡継ぎ問題は大きいけれど、王家の場合はそれ以上だ。
最悪、家の場合は跡継ぎがなく滅んでも、所詮一貴族の家。影響は……まああるけれどそこまでじゃない。
でも、王家となると話は別。国の存続までかかってくるから。そんな大きな問題の中心である妃殿下の警護を、私に? せ、責任が……
内心頭を抱えていたら、殿下がにやりと笑う。
「一番警戒しているのは毒だが、侯爵ならあらゆる事態を想定してロアを保護出来るだろう?」
いや、それはその通りなんですが……これ、私じゃなくうちの有能執事の出番じゃね?
『主様が王宮に行って、僕らが主様ごと妃殿下を御守りすればいいんじゃないかなー? 二十四時間戦うよー』
普通なら過労を心配するところだけれど、有能執事達にその心配は無用だしね。そういや、カストルはまだ戻らないの?
『最終調整をしてるところだってー。ついさっき、連絡来ましたよー』
そっか。向こうも順調そうで何より。となれば……
「……わかりました。お引き受けします」
「おお! そうか!」
「ただし、私が王宮に居続ける理由は、そちらで用意してください。あと、私が妃殿下の側にいる理由も」
何事もなく、いきなり妃殿下の側に私がべったりついていたら、周囲に勘付かれるでしょうよ。
まあ、それも込みで考えてそうなんだけどねー。
「理由……理由か……いいだろう。こちらで用意する。早速で悪いが、今から頼む。必要なものは、こちらで用意しよう」
「わかりました。あ、後で自宅から持ち込みたい品がありますので、許可をお願いします」
正直、化粧品とか肌に直接付けるものは、デュバル産のものが最高なんだよねー。有能執事達がこだわって作ってるから。
私の言葉に、殿下が首を傾げている。
「それは構わんが……何か、こだわりの品なのか?」
いや、そこツッコんでどうするのよ。下着にこだわりがあるんですーとかだったら、言われた方も困るだろうに。
そして、こういう場では、やはり女性が味方になってくれるもの。
「殿下、女性には女性の都合というものがありますよ。こちらが無理を言っている立場なのですから」
「お、おお。そうだな。よし、許可は出そう」
「ありがとうございます」
このお礼は、妃殿下に対してですよー。
王宮で一時的に住む部屋へ向かう為、侍女の先導で部屋を出る。ユーインも一緒だ。
「……いいのか?」
彼が呟くように聞いてきた。さっき決まったばかりの、妃殿下を護衛する話だね。
「うちには優秀な人間が多いから、何とかなるでしょ」
多少領主が不在になったとしても、ちゃんと仕事を仕上げてくれるよ。私の判断が必要なら、王宮に連絡すればいいし、その手段はいくらでもある。
「そうではなく……いや、それもあるんだが」
「危ないって事?」
無言だ。なら、正解だね。
「正直、問題ないと思うよ」
「だが」
「心配してくれるのはわかってるし、言いたくなる気持ちも理解出来る。でもね、それを踏まえた上で、やらなきゃダメだって思うの」
たかが自分達が有利になる為だけに、女性やお腹の子を殺そうとする連中なぞ、一掃されてしまえばいいのだ。
大公派についてる連中なんて、今の体制では出世出来ないから、大公殿下を国王にって思ってる連中ばっかりでしょ。
今の王家って、政治の意味では問題がない。それどころか、これまでに類を見ない程うまく国を運営してるんじゃないかな。
小王国群との繋がりだけでなく、ガルノバンとの国交正常化やギンゼールとの国交樹立や、二国を相手にした交易。
加えて国内で蔓延っていた各種犯罪も摘発されている。治安が良くなり、貿易や関税で国庫も潤うてものよ。
……あれ? そのどれにも、関わった気がするなあ。気のせい?
「と、ともかく、いつものように、やりたいようにやるだけだから」
「なら、いいが」
ユーインの場合、私の安全を心配する面もあるんだけど、それ以上に「やりたくない事を押しつけられる・やらされる」事をとても嫌う。
元々、私がそういう性格だからなんだろうなあ。とにかく、やりたい事をやっていてほしいってのが、ユーインの希望……らしい。
いやあ、今更だけど、いい旦那捕まえたわ。
王宮に住む貴族ってのは、一定数いるそうな。そのどれもが国王や王妃の側近だったりお気に入りだったり。
要は、いつでも側にいてほしい人って枠らしいよ。
で、それらは王太子殿下ご夫妻にも当てはまる。
「こちらは王太子妃殿下専用の客間です」
侍女に案内されて通された部屋は、客間と呼ばれてはいても、前述の「お気に入り枠の人」が住む部屋。最初から、そういう場所が用意されてるんだね。
ちなみに、王宮の奥でも、王太子殿下ご夫妻の部屋から凄く近い。何なら、同じエリアと言っても過言じゃない場所。
そしてこの部屋、夫婦で使える部屋だそうですよ。
「何かごめんね、ユーイン」
「いや。殿下からは再三王宮に住むように言われていたからな」
そんな事言ってたのか、殿下は。今度妃殿下を交えてぎっちり「新婚夫婦の夫を取り上げる愚行」についてお話し合いしようじゃないの。
「レラ、殿下は夫婦で住むようにと言われているんだ」
あれー? そうだったの? でも、やっぱりお話し合いかな。
「デュバル領の仕事が山積みなんだから、王宮に住み続けるのはどっちにしても無理だよ」
「わかっている。だから、断った。殿下も、仰る事自体を遊戯の一種と捉えているのだろう」
それって、ユーインに断られるまでがセットって事? 何やってんですか殿下。
「金獅子の問題は解決したが、まだまだあの方の周囲は安定していない。妃殿下のご懐妊で、少しは落ち着くかもしれないが」
まだ王宮内に大公派なる連中がいるくらいだもんね。王太子とはいえ……いや、だからこそか。気が抜けない訳だ。
人間、緊張してばかりだと身が持たない。それもあって、学生時代から気の置けない仲間であるユーインやヴィル様、イエル卿を側に置いてるのか。
ユーインとのやり取りも、リラックスの為のものと思えば、逆に可哀想に思えてくるよ……
「物理、魔法、毒も含めて、暗殺から身を護る道具、開発した方がいいかなあ」
正直、既に結界発生の腕輪はあります。リラに常時付けさせているから。これはヴィル様も承知の事。
私やコーニーは自分で自分の身を守れるけれど、リラはその手段がない。だから魔導具に頼っているんだ。
あとは、意識かねえ? リラは今まで暗殺とはほど遠い場所にいたから、危険察知能力が低め。でも、それは普通の事でもある。
私やコーニーが高すぎって言われるくらいだからねー。もっとも、私も魔法頼りなので抜けてる部分は大きい。
ただ、私の魔法は普通一般の手段だと突破出来ないからさ。そういう意味では、魔法一択でもいいと思うんだよね。
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