第302話 よくない話とめでたい話

 面接の結果、ゾクバル侯爵家の推薦状を持ってきたギスガン卿以下四名と、ラビゼイ侯爵家の推薦状を持ってきた五名、それにビルブローザ侯爵家の推薦状を持ってきた三名は採用となった。


 全員「女性が上司でも命令に従う」と宣言したし、契約書にもその辺りを盛り込むからね。


 何せ我が領は女性の登用数が多い。これからも、能力はあるのに評価されてこなかった人や、他に行き場がない人なんかを中心に雇っていこうと思ってる。ちゃんと、人柄も見るけどね。


 で、問題は子爵家以下の家から推薦状をもらってきた連中。


「女の指示? はっはっは、ご冗談を」

「ああ、その女に代わって、私がうまく人を使ってみせますよ」

「商会があるのですか? では、私が会頭を務めます」


 こんなのばっか。もちろん、笑顔でたたき出しましたとも。一昨日来やがれってんだ。


 何か涙目で喚いていたけれど、君達に推薦状を出した家にも、厳重抗議すっからな。覚えておけよ。




「にしても、まさかあの連中も面接内容が映像と音声で記録されてるなんて、思ってもみなかったでしょうね……」

「考えが甘いよねえ」


 執務室で、リラとジルベイラと一緒に休憩タイム。カフェオレと一緒に頂くのは、焼きドーナツ。


 これ、ポルックスのお手製だって。しかも、豆腐を使っていてヘルシーなんだとか。ポルックス……使える子……


 豆腐に関しては、実は温泉街を作る時に作ってもらった。大豆はあって味噌醤油はあるのに、何故豆腐はなかったのか。不思議だわ。


 面接風景は、抗議文と一緒に推薦状を書いた当主に送る。抗議文は要約すると「二度とこんな人材送ってくんじゃねえぞ」って内容です。


 いや、本当にね。これで推薦状を出した家の心証が大分悪くなったからね? これからの付き合いはご遠慮しますとも添えておくから。


 文句があるなら、面接映像王宮に持っていくぞとも書いておく。別に王宮が女性の登用に積極的になってる訳じゃないけれど、面接受けてた連中のうち、半数以上がかなりヤバい内容を口にしてるんだよねー。


 私の愛人に立候補するとか、領の運営にも参加するとか。愛人云々はユーインに知られたら、彼等の命がなくなりそうなので、王太子妃殿下辺りに泣きついてみようかなって思ってる。


 王妃様じゃないのは、穏便という言葉からは大きく逸れる結果になりそうだから。うん、一発で紹介状書いた家が吹っ飛びそう。色々な意味で。


 そういえば、気になる家があったんだよねえ。


「……推薦状を書いてきた家で、うちの西側にある三つの家があったよね?」

「あったわね。あれ、将来の火種にならない?」


 リラもやっぱりそう思うんだ……


 うちの西側には、三つの男爵家が領境を接しているんだけど、そこからの推薦状を持ってきたのが揃いも揃ってクズでしたー。


 北からノティル男爵家、ブナーパル男爵家、ティーフドン男爵家。それぞれ三男、三男、五男に推薦状を出してうちに送ってきたんだけど、まあ酷い。どれもこれも不快の一言だったよ。


 よくあんなのをうちに送る気になったよなあ。




「という事がありまして」

「まあ……大変だったわね」


 ただいま、王都のアスプザット邸に来ています。遊びじゃないよ? ちゃんと仕事だよ?


 来月の私のバースデーパーティーはやっと新都の新領主館で出来る運びになったから、その為のドレスを受け取りにね。


 ついでに、シーラ様に会って昨今の情報を仕入れておこうかと。


 ほらー、新婚だからー。社交もろくにしてなかったんだよねー。


 で、ついでにこの間まで我が領を悩ませていた推薦状持ちの就職希望者の話をだね。


「ゾクバルやラビゼイはさすがにレラの性格を知っているから、滅多な相手は送らないでしょう。あなたの機嫌を損ねたら、後の付き合いが大変になるもの」

「やっぱり、そうなんですね」


 いくらゾクバルが武門の家で、女性や子供、老人には優しくあるべきという家風だとしても、あれだけ女性上司に対する嫌悪感がない人ばかりってのは、さすがにない。


 最初から、そういう人を厳選して送ってきたんだなー。ラビゼイ家は武門の家柄じゃないけれど、あそこは当主が奥方のヘユテリア夫人を大事にしている家だからね。分家や親族も妻を大事にする傾向があるらしい。


 何かね、ラビゼイ侯爵の父親や祖父も、愛妻家だったんだって。


 両家に関しては、女性上位の家という訳ではないけれど、視線がフラットな感じ。


 そういえば、狩猟祭に女子の部を創設したらどうだって意見、両家から出たんだっけか。


「それで? その映像を王妃陛下にご覧頂くの?」

「いえ、妃殿下に泣きつこうかと」

「ああ」


 皆まで言わずとも、シーラ様ならわかってくれると思ってたー。


「なら、早い方がいいわ。今から王宮に面会の予約を取りましょう」


 シーラ様は使用人を呼ぶと、さらさらと便せん一枚に何やら書き付けて、封をしてから渡した。あのまま、王宮に持っていかせるらしい。


「ただ、ちょっと心配な事はあるのよね……」


 シーラ様の表情が曇ってる。


「どうかしたんですか?」

「このところ、妃殿下の体調が思わしくないみたいなの。殿下も心配なさっているわ」

「……ご病気ですか?」

「それなら御殿医が動くわ。でも、その形跡もないし」


 んんー?


「何事もなければいいのだけれどね」


 シーラ様、それはフラグになりますよ?




 アスプザット邸から面会の予約を入れた翌日、お茶の時間に王宮へとお邪魔しております。


 いやー、面会をお願いして、すぐ実現するのも侯爵位ならではですかねー。とはいえ、私が横入りした分、繰り下がりで予定が変更になった人達がいるんだけどね……


 それを考えると夜も眠れなくなりそうだから、割り切る。権力があるんだから、いいのだ。その分、責任も重くなったんだし。


 デュバル王都邸から馬車で王宮へ。歩いても行ける距離なんだけど、こういう時は馬車を使わないといけないからさー。


 表の大玄関で馬車を降り、侍従に案内されるまま王宮の中を進む。相変わらず、迷う事間違いなしの建物だよ、ここ。


 王宮は概ね三つの領域に分けられている。表と呼ばれるのは行政区域で、官僚達がわらわらいるのはここ。王立裁判所もここにある。


 裁かれるのは主に貴族。特権階級だからといって、何をしてもいいって訳じゃない。王国の法に触れる事をすれば、こういう場所で裁かれるのだ。


 中と呼ばれるのは、主に王族及び大臣達の執務室が集まる場所。他にも彼等専用の客間やら控え室などがある。大抵の貴族は、ここまでは入れるって感じかなー。


 で、奥が王族のプライベートエリア。ここに入るには、許可を得ないとならない。


 本日私が案内されたのも、この奥のエリア。妃殿下に面会の約束を取り付けてるからかねえ。


 奥のエリアは王宮の庭園が望める眺望のいい部屋ばかり。東南に面しているから、日当たりもよろしい。


 そんな部屋の一つ、王太子妃専用の客間に通された。ら、その場には何故か王太子殿下と、ユーインがいる。


 そういえば、ここは彼の職場だよ。


 本日の妃殿下のお召し物は、ゆったりしたティーガウン。体を締め付けないタイプのドレスで、くつろいだ場所で着る物だ。言ってしまえば部屋着。


 こういうドレスで客をもてなしていいのも、身分が高い人の特権だね。


「ごきげんよう、レラ様」


 妃殿下は、ちょっと申し訳なさそうだ。という事は、王太子殿下がねじ込んだな。


 でも、これから話す内容を考えると、殿下がいた方がいいかも。


「ご無沙汰しております、王太子殿下、並びに妃殿下」

「何、新婚なのだからな。頻繁に王宮に来る事もないだろう」


 ここでそれを言うか。殿下の隣のユーインが、ちょっとぶすっとしてるのは何でだ?


「ユーイン、新妻の前でその顔はないだろう」

「新婚とおわかりなら、もう少し私の仕事を減らしていただきたい。金獅子の掃除は終わったんですよね?」

「う……それはー、ほら、あれだ」

「何ですか?」

「やはり周囲に置くなら、同年代の方がいいだろう?」

「護衛を何だとお思いで?」


 殿下がユーインにやり込められてる。というか、単純に気のあう相手を側に置いておきたいんだろうね。


 金獅子の件もあるし、まだ王宮内には大公派とかいうのが蔓延ってるそうだから、殿下も気が抜けないんだろう。


「レラ様、あなたにも迷惑を掛けてしまいましたね。許してちょうだい」

「お構いなく、妃殿下。迷惑などと思っていませんもの」

「ほら! ユーイン。奥方はこう言っているぞ!?」


 もういいから、このままだと話が進まないでしょ? ユーイン。どうどう。




 近況報告やら何やらの雑談で場が温まったところで、許可をもらい記録媒体を取り出した。


 一度侍従の手に渡し、危険がないかどうかのチェックを受ける。侯爵の身分になると、ここまで持ち物とかノーチェックだからね。


 殿下は侍従の手から渡された記録媒体を指先でつまみ、目線の高さに持ち上げて角度を変えて眺めている。


「これは?」

「先日、我が領で新規に採用する人員の面接を行った際の、記録映像です。音声もありますよ」

「……デュバルは末恐ろしいな」


 こういうところ、殿下の頭の回転って早いよね。面接の記録映像があるという事は、誰が何を言ったか残っているという事。


 言った言わないの水掛け論が出来ない状態なんですよー。いや、いい証拠だわ。


「それで、この映像を見ればいいのかしら?」


 妃殿下が首を傾げる。そーなんだよねー。本当はその予定だったんだけど……


「そう思って持ってきたのですが……出来れば、殿下にお預けしたいと思います。後ほど、女官の方々に見て頂きたいのですが」

「妃には見せられないと?」


 殿下がいぶかしげだ。


「映像の中で、女性蔑視の酷い言葉が出て来ますから、今の妃殿下にはお聞かせしたくないんです。どのような影響が出るかわかりませんから」


 あ、殿下と妃殿下、二人ともが驚いてる。


「……いつ、気付いた?」

「ここで妃殿下のお姿を見た時ですよ。おめでとうございます」


 妃殿下、おめでたですよ。体調が悪いっていうのは、つわりだったんだろうね。


 これで王国の跡継ぎが誕生する訳だ。いやー、めでたいめでたい。

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