第301話 拾いものかも?

 領主には、領地内限定で様々な権限が与えられている。司法、行政、立法の三権だ。ぶっちゃけ、領内に限っては独裁って事です。


 なので、デュバルも私の好きに作り替えるのだ! ふははははは。


「何悪役ムーブしてんの?」

「え? 気分?」

「んな暇あったら、書類を決裁しなさい」

「はあい」


 リラはピカレスクロマンを理解してはくれないらしい。


 今現在取り組んでいるのは、おざなりにされていた領内の法について。いや、一応あったんだけど、大分古くてね。今にそぐわないところも出て来ているから、一度全面的に見直そうという話になったんだー。


 でも、いくら学院を卒業しているとはいえ、法律に関しちゃ素人。私達だけでどうにかなるものではない。


 という訳で、専門家を雇いましたー。そういう貴族家、多いんだってさ。


「いやあ、それにしても、こういった内容を明文化する家は珍しいですねえ」


 雇った専門家、デルスカー氏。男爵家出身だけど、現在は平民。法律の専門家で、貴族家が新しく法律を作る際に、王家が示した禁止事項に触れていないかどうかをチェックしたり、条文を作成したりするのが仕事。


 彼には、新しく作るデュバルの法を見てもらっている。中でも、基本的人権に近い考え方の部分に驚いたようだ。


「王国の指針からは、外れていないのでしょう?」

「それはもちろんです」

「ならいいわ。そのまま進めてちょうだい」

「かしこまりました」


 今回新しくするのは、産休育休の辺りと、モラハラ、パワハラ、セクハラなどのハラスメント系、それと労働者の権利周りなど。


 どこもこの辺りはいい加減でなー。そこまで酷い扱いをする領主ばかりではないんだけど、明文化されていないのだからと、やる連中も少なくない。


 だったら、領内だけでも法で縛ってしまえという話。主に縛られるのは私なんだけどー。


「それにしても、これだけ労働者を保護すると、領主である閣下が大変ではありませんか?」

「大変か大変じゃないかで言えば、大変なんだろうけれど、領内でくらい、安心して働ける環境、欲しいと思うのよ」


 うちは一番大きな商会も、ヤールシオールがやっているところで、実質うちのお抱え商会だ。


 そこで働く従業員の権利を守るという事は、負担はヤールシオールやオーナーの私にかかってくる。主に、金銭的な面で。


 保護しなければもっと稼げるとか、必要経費を使わずに済むとかになるんだけどねー。


 ただ、うちは割と儲けてる方なのよ。ヤールシオールに任せて扱っている魔導具や術式、それに陶器が売れていてねえ。


 単価が高いのに数が出ているから、ヤールシオールがうはうは状態よ。で、儲けたんなら従業員に還元しましょうって、単純な話でもあるんだ。


 前世の記憶の影響も、大きいのは事実。何が理由で死んだのかは覚えていないけれど、少なくとも職場には大いに不満があった。


 だからかなあ。なるべく従業員が満足出来る職場をって考えちゃうんだよね。


 もちろん、全員が満足出来る場を提供出来るとは思っていない。でも、ベストは無理でもベターは可能でしょうよ。


 という訳で、我が領では働き過ぎも禁止します。そこ、目をそらさない。ジルベイラ、君だよ。




 もう一人の過労死確定は、最近おとなしい。


「ニエールはどうしてる?」


 リラと一緒に書類の決裁をしている執務室に、ポルックスがお茶を持ってきてくれたので、ついでに聞いてみた。


「ここしばらくは、分室で規則正しい生活をしてるよー」

「え!? あのニエールが!?」


 いや、ポルックスを疑う訳ではないんだけれど……だって、あのニエールだよ? 三度の飯より魔法が好きって、あのニエールよ?


 放っておいたら延々研究に時間を費やすワーカホリックだもん。そりゃにわかには信じられませんて。


「新しく研究所から来た研究員が、うまく制御してくれてるみたいだよー」

「新研究員? 人事異動があったの?」

「うん。書類では提出してあるはずなんだけどー」

「あ、ここにあった」


 リラが書類の束から抜き出してきたのは、確かに研究所からの辞令だ。


 研究所の研究員、名前は……ロティクエータ・ルーシラ・クオドス。名前からして、貴族出身かな?


 あの研究所、貴族出身は多いから。ニエールだって、男爵家の娘だからね。


「クオドスって、聞かない名前ね」

「子爵家だからじゃない? あんたが付き合いのある家って、伯爵家以上が多いもの」


 まあ、そうっすね。別に差別している訳ではなく、王家派閥で固まっていると、どうしても序列上位の家の人が多くてな……


 でも、私が聞き覚えがない以上、王家派閥ではないな。


「クオドスは確かに子爵家だけれど、そのロティクエータって子は養女ですよー」

「そうなの?」

「元の家名はレロガット伯爵家」


 ん? レロガット伯爵家って、どっかで聞いたような……


「主様には、森を焼いた人の妹って言えば、わかるってカストルが」

「ああ! あの時の白騎士!」


 白騎士団長と一緒に来て、仕掛けを置いて行った人だ。それが原因で魔の森の氾濫が早まり、結果貴族派で大粛清が起こったんだっけ。


「イエル卿の同僚だった人だね。その人の、妹さんなんだ……」


 これは、兄の仇と思われてるとか?


「ちなみに、彼女は純粋に魔法が好きだから、研究所に入ったみたい。で、ニエール女史は憧れの人だって」


 ……それって、前にいたニエールのストーカーと同類って事? でも、ロティクエータ嬢が、ニエールをコントロールしてくれてるんだよね?


 んー……実害がないどころか、益しかないのなら、このままでいっか。


「そういや、ニエールって今何の研究してるんだっけ?」

「魔力結晶の研究ですよー。巨大化はもちろんの事、鉱石だけで魔力結晶が作れないかって試してるみたい」


 そういや、巨大魔力結晶にはヒセット鉱石が不可欠で、その鉱山をギンゼールからもらったんだっけ。


 まだ産出した鉱石を輸送するルートが出来ていないから、手持ちの分はギンゼールから直接持ち帰ったものだけ。それを使って、研究してたのか。


 だからニエールがここしばらく静かだったんだな。


「んじゃ、ニエールにはこのまま研究続行で、ロティクエータ嬢にはニエールの面倒を見ててもらおうかな」

「了解でーす。そのように伝えておくね」

「よろしく」


 軽いけど、ポルックスも仕事が出来る子だからね。




 旧市街に来ている人員の中で、推薦状を持っている者はさすがに無視出来ない。なので、一応面接をする事になった。


 面接最初の人物は、ゾクバル侯爵の推薦状を持ってきた人。


「セバンルッツ家の三男? 確か、ゾクバル侯爵の弟さんが婿入りした家だよね」

「そうね。三男だから伯爵家は継げないし、伯父であるゾクバル侯爵の伝手でデュバルに来たってところ?」

「なんでうちなんだろう? ゾクバル侯爵領で仕事を見つけられなかったのかな?」


 伝手というのなら、向こうで仕事を見つけるべきなんじゃね?


「デュバルは今好景気で、人手不足だっていうのが領外にも知られてるからじゃない? ここでなら、仕事にあぶれないって思われてるんじゃないかしら?」


 リラの言葉には一理ある。でも、何か納得したくないよなー。


 人手不足は本当だけどさー。だからって、どうでもいい人材を求めている訳じゃないのだよ。


「とりあえず、ゾクバル侯爵が保証人になるんだから、採用してもいいんじゃない? 何かあったら侯爵に損害賠償を請求すればいいんだし」


 リラがドライ。まあ、まずは会ってみましょうか。


 セバンルッツ家の三男ギスガン卿は、見た目はゾクバル侯爵にちょっと似ている。伯父と甥だからかな。


「貴重なお時間をちょうだいし、感謝いたします、閣下」

「ゾクバル侯爵からの推薦は、我が家としても無碍には出来ませんからね」


 何せ派閥の序列上位の家だ。だから忖度しろと言われている訳ではないけれど、面接もせずに落としたら絶対何か言われる。


 いくつか質問してみると、希望は軍関係だという。でも、うちの領は軍を持っていない。


 ぶっちゃけ、領の軍っていうと、治安維持か盗賊討伐の為の組織なんだよね。うちの場合、盗賊は有能執事が一掃しちゃったから。


 でも、治安維持という意味では、ちょっといいかも。聞けば、剣の腕はもちろん、魔法も少々嗜むとか。


「……うちで雇った場合、旧市街の治安維持の仕事をしてもらう事になると思うのだけど、大丈夫かしら?」

「願ってもありません。恥ずかしながら、自分は書類仕事より荒事の方が得意ですから」

「それと、確認しておきたいのだけれど、我が領は女性を多く登用しています。あなたの上司も女性になる可能性があるの。それは、大丈夫?」

「問題ありません。上が誰であろうとも、命令に従うのが軍人です」


 さすがはゾクバル侯爵の甥。あそこ、武門の家だからなー。


「それに……」

「それに?」

「我が家は、母の方が父より立場が強いのです」

「あー……」


 そういや、ゾクバル侯爵の弟さん、セバンルッツ家に婿入りしてるんだっけ。


「大柄な父が、小柄な母に敵いません。なので、男など所詮女性には勝てないんだと思っています」


 なるほど。軍人として上の命令には絶対という教育と、自宅でのかかあ天下で女性に従う事に抵抗がないって訳か。


 ゾクバル侯爵、ここまで考えて推薦状を書いたのかなあ? もしかして、奥方であるユザレナ夫人の考えだったりして。

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