第300話 こういうのも、領主の仕事

 領内整備も進み、新都も大分人が多くなってきた。旧市街はその分閑散としているのかと思ったら、意外? にも移住希望者が多いという。


「旧市街に?」

「ええ。他の領で土地を持てなかった農民や、家を継げない次男、三男などが流れ込んできているようです」


 ジルベイラが、ちょっと困り顔だ。人がいなければ旧市街を一時閉鎖も出来るのに、そうも出来なくなったから。


 あそこを残すのなら、一度大きく手を入れた方がいいって言われたんだよね。主に道路の下に。ええ、上下水道ですよ。


 今は上水は井戸を、下水は一応あるけど基本垂れ流し状態。おかげで臭いがね……


 何せ旧市街、古いから。造られたのが二百年近く前と言えば、その古さが実感してもらえるだろう。


 で、どうせ人がいなくなるのなら、そのタイミングで旧市街にも手を入れて、新都と同じ上下水道に浄水システムを導入しようかって提案してたんだ。


 それにしても、人が増えるのはまあいいのだが。うちの領民と結婚して、子供を作るとなると魔力の遺伝という問題が出てくるんだよねー。


 とはいえ、移住希望者がいる以上、「入れません」は出来ないし。何せうちは万年人不足。


 でもなー。余所の人間が増えると、治安が悪化しないかが心配。最悪、システム用の工事は分割して進められるから。


「よし、交番制度を導入します!」

「こうばん……制度、ですか?」

「そう、一定区画には必ず一つ作って、地元の問題解決や治安維持を担当してもらうの。そういう意味では、腕っ節の強いのがほしいなあ……」


 うーん……ペイロンから、魔の森での狩りを引退した人達、紹介してもらえないだろうか。


 あそこの森に入ってる連中、結構筋を通す奴らばっかなのよ。ていうか、そういう者しか生き残れないっていうか……


「ジルベイラ、ペイロンに連絡して、引退した魔の森の狩人達、雇い入れられないか聞いてみて」

「彼等を使うんですか? 対人戦は慣れていないのでは?」

「別に相手を殲滅しろって言うんじゃないんだから。捕縛くらいなら、何とかなるでしょ」


 ポルックスにでも、集中講座を開かせて治安維持の方法をたたき込んでもらうのもいい。


『はいはーい! まっかせてー』


 相変わらず軽いな。でも、お任せで行けるのなら、それに越した事はない。


 カストルの方も、逐一報告を受けている。今のところ、元になる植物の選定の最中だってさ。元って……


 ともかく、選定が終わり次第次のステップに移るそうだから、気長に待とう。いや、本当は急ぎたいんだけど。


 交番制度は、旧市街でいい結果が出せたら、新都でも採用したいな。




 その為にも、まずは人材確保。育成も続けて行っているからか、領民の中からも人材は出て来てる。でも、まだまだ足りない。


 人が増えれば、それだけ仕事も増える。雇用というよりは、領主の仕事がな。


「今のところ新都では大きな問題はないみたいね」

「そうですね。新都には、元からいた領民と、レラ様が自ら連れてきた方々が殆どですから」


 領主自らスカウトしたんだもんなー。本来なら、それ専門の人員がいてもおかしくないのにー。


「あと、あちらこちらから推薦状を持った人も、来てますねえ」

「推薦状?」


 この国での推薦状って、紹介状プラス書いた人からの猛プッシュという意味がある。


 つまり、「私の身内だから使ってね。保証人は私がなるよ」って事。大抵、貴族か富裕な家の当主が書き、推薦状を持った人間が何かやらかしたら、損害賠償義務が保証人に課される。


 そんな推薦状を持って新都に来てるって事は、「雇え」というプレッシャー付きって事か。


 でも、うち陞爵したばかりですが、侯爵家ですよ? どこの誰の推薦状を持ってきてるんだ?


 改めて推薦状を見たら、まあ凄い。ゾクバル家、ラビゼイ家はまだしも、ビルブローザ家、コアド家、ローアタワー家。


 ペイロンやアスプザットの推薦状がないのは、書く前に私に話を直接通すから。今の王都邸の使用人も、大半はアスプザット家から紹介してもらった人間だ。


「新都で雇うのであれば、やはりしっかりした保証人のある人物の方がいいでしょう」

「だよねー」


 しかも、大量に人員募集している領なんて、今のところうちくらいだし。どこも自分とこの分家や親類で事足りるから。


 うちの場合はほら、親戚周りが壊滅状態だし。ユルヴィルはユルヴィルでやる事一杯だから、あそこから人員かっさらう訳にもいかないでしょ。てか、そもそも少ないしねー。


 となると、やはりバックがしっかりした領外の人間を雇う以外に手がない。しかし、今回推薦状を持ってうちに来たの、見事に男ばっかだなあ。


「しばらく男は雇わないって宣言しておこうかなー」

「よろしいんですか?」

「うん。下手にジルベイラや他の子達の下につけて、女の言う事なんて聞いてられっかとか態度に出されたら、実力行使しちゃいそうだし」


 私が。


 世の中には、男に生まれたというだけで「自分偉い」と勘違いする奴が一定数いる。


 今回推薦状を持ってきた者達が全員そうだとは思わないけれど、確率は非常に高い。何故なら、貴族の生まれだから。


 何でこう、貴族とか富裕な家に生まれると、男尊女卑が強くなるんだろうねえ。うち、当主の私からして女だから、男尊女卑は許しませんぜ。




 女性が働くに当たって、大事なのは妊娠出産に関わる事だと思うんだ。産休育休はもちろんの事、そこから職場に復帰した後の事も考えておかないとね。


 確かに、結婚妊娠出産を契機に、家庭に入る事を選択する女性は多いでしょう。それはいいんだ。


 ただ、そちらを選ばず、家庭を持っても働き続ける事を選択した女性達が、憂いなく働けるのは大事だと思うのよ。


 私がすべき事は、そうした環境を整える事。


「幸いうちの領民は全員魔力持ちだから、そういう意味では雇用創設は難しくないかも」

「……土木工事をさせるんですか?」

「いや、そうじゃなくてね」


 共働きの家庭や子供のある家庭の家事代行とかをだね。


「洗濯なんかも、家でやらずに店に出すのが当たり前って風潮になれば、楽になると思わない?」

「洗濯屋ですね。王都では、当たり前にある職業だと知って、ちょっと驚きました」

「王都だと、利用するのは富裕層に限定されてるけれど、数を捌く事によって単価を下げられるんじゃないかなーって」


 薄利多売ってやつです。家事の中でも洗濯って、かなり多くの労力を使うと思うのよ。この国、洗濯機とかないし。


 一時期魔導具として作ろうかと思った事もありました。でもねー。だったら魔法が使える人に洗濯屋をやらせた方が効率よくない? って事に気付いたのよー。


「同じように、掃除も魔法で埃やゴミをまとめたりするだけなら、安価で依頼出来るのは楽じゃない? 何にしても、全部自分一人でやらなきゃならないって事にならなければ、精神的にも肉体的にも助かると思うんだ」


 大家族なら、人手も多いから何とかなるかもしれないけどねー。うちの場合、大家族になりようがなかったから。本当、申し訳ない。


 私の話を聞いたジルベイラが、何やら不思議そうな顔をしている。


「レラ様は、働く女性の大変さをよくご存知なんですねえ」


 ギク。前世の記憶で聞きかじったあれこれですとは言えない。


 正直、前世では結婚も子育ても経験はなかったけれど、大変だって話は周囲から聞いていたし、何より仕事して帰ったら自分のご飯を作るのすら億劫だったよ。


 その記憶から、思わずあれこれ考えちゃうんだよなあ。




 これらの話は、本日執務室にいなかったリラにも、情報共有という形で話した。


「ともかく、家事代行に関しては女性の為だけでなく、独身の男性とか、家庭持っていても共働き世帯とかにはいいと思うんだ」

「お値段次第とは思うけど、『家事代行を使うのが当たり前』という意識になるのはいい事だと思うわ。面倒なのは、周囲からの視線や意見という名の押しつけだから」


 リラがすんごい嫌そうな顔をしている。何か、地雷な話題があったんだろうか。


「働いていようがいまいが、家事代行は絶対使うべき、ってところまで行けば、成功かしらねー」


 なるほど。最終的な意識改革としては、「使えるのが当たり前」より「絶対使うべき」を目指した方がいいのか。


「あと、それに併せてモラハラやDVの周知徹底と取り締まりもね」

「大事だよね」


 男性からだけでなく、女性から男性への暴力も見逃さないぞ。


 ……誰です? 「お前が言うな」って思ったのは。私は反撃はするが、好んで相手をぶちのめそうとした事はないぞ?


 ……ないよね?

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