第299話 バカばっか?

 人材なんて、そこらの転がっているものではないという事は、嫌というほど知っている。これまでにも、苦労したからさ……


「監督の才能を持った人なんて、そう簡単に見つからないよねー」

「本当にやるんだ? 映画」

「そりゃ、娯楽の定番だもの」


 今のデュバルに足りないのは、まず簡単に楽しめる娯楽だと思うんだよね。


 賭博は入れたくないし、レジャー施設は誰でもって訳にはいかない。これまでの生活環境が悪すぎたせいで、虚弱体質になっている人も少なくないから。


 私の魔法なら治せそうだけど、全員をやるとなると領主の仕事がおろそかになりかねない。生活出来ないって訳じゃないから、申し訳ないが放置している最中。


 だって、百人単位でいるんだよ? 私が過労死するわ。


 なので、そういった人達でも楽しめる娯楽を、って考えたら、まず映画って出てきたんだよねー。


「……監督ではないけれど、劇場の演出をやっていたり、戯曲を書いてる人はどう?」

「舞台か……」


 盲点だった。そうか、演劇って手がある。そういえば、ペイロンの狩猟祭の期間には、王都からきた劇団が芝居小屋を建ててたっけ。


 うん? 何か頭に引っかかったぞ? 何だっけ? 劇団? 芝居小屋?


「んー……あ! 遊園地!!」

「ああ。ある意味、今作れる一番の娯楽かもね」


 人間には、娯楽が必要なんだよ。別に目を逸らさせたい何かがある訳じゃないけれど、うちの領民って今まで不幸な中に生きていたからさ。


 今は生きてるだけで幸せ! かもしれないけれど、これからはその先、こんな楽しい事があるんだって事を、色々体験してほしい。


 だからこそ、まずは娯楽を! 人はパンのみにて生きるにあらず。いや、意味は違うけど。どっちかっていうと、パンとサーカス? あれ? あれも意味合いは違ったような……


「とにかく! 手っ取り早く楽しめる施設を作るわよ!」


 何にしても、我が領には娯楽が足りていないのだ。




「鉄が足りない?」

「ええ」


 こういった計画には、カストルがうってつけだ。頼んでおけば、用地を見繕ってあっという間に作り上げてしまうだろう。


 そう思ってたのにー。


 リラと二人で書類を格闘している新領主館の執務室にカストルを呼び出して頼んだら、こんな答えが返ってきてしまいましたよ。


「なんでまた、鉄が足りない訳?」

「主様、デュバル領で今作っているものは、何でしょう?」

「えー?」


 いや、正直色々作りすぎて、どれって言えない。悩む私に、カストルがとっとと答えを教えてくれた。


「一番は鉄道です。それに、車体も鉄を使います」

「あ」

「もう一つ、これはまだ建造には至っていませんが、大型船舶、作るんですよね? あれも鉄です」

「しまった」

「という訳で、鉄鉱石を大量に仕入れてはいますが、現状でも足りない状態です。遊園地はとてもとても」


 そうだよねえ。ジェットコースターには鉄が必要だ。いや、木製コースターというのもありだけど。


 でも、施設全てを木製で作れる訳でも……作れる?


「ねえカストル。魔の森には、やたらと硬い木があるよねえ?」

「ありますね」

「あれを使う訳にはいかないの?」

「あれは伐採したら数年新しい木が生えてこないのですよ」


 そうなんだ。てっきり植物系の魔物かと思ってた。


「植物系の魔物……それは、思いつきませんでしたねえ」


 あれ? 知らぬ間にカストルのヤバいスイッチ、押しちゃった?


「ヤバいスイッチとはなんですか。ですが、今の主様の言葉はいいアイデアだと思います」


 しまったあああああああああ。


「ねえ、そろそろ二人だけで通じる話、やめてくんない?」


 おっと、しまった。リラにはカストル達の念話が通じないんだっけ。


「登録すれば、使えますよ?」

「いや、私はいいです。その代わり、ちゃんと言葉に出して話して」


 カストルの提案が、リラに一蹴されたー。酷くね?




 遊園地を作る素材は、新しく造る植物系の魔物素材を使う事になったらしい。


 待って。新しく造る魔物って、どういう事?


「魔の森の魔物も、全て中央の研究所で造ったんですから、新しい素材用のおとなしい魔物程度、簡単ですよ」

「いやいやいや、何『ちょっと裏庭の畑からネギ引っこ抜いてきます』的ノリは!」

「ああ、そのくらいの感覚ですよ」

「世界が違う!」


 思わず頭を抱えちゃっても、仕方ないよね? 私、悪くない。


 リラはといえば、既に理解を拒否した様子。


「この執事だもん。何があってもおかしくないのよ、うん……」


 既に諦めモード!?


「とりあえず、森の中央に戻らないとならないので、しばらく留守にします」

「あ、うん」

「では」


 目の前でいきなり人が消えるのって、心臓に悪いね。てか、あれって人だったっけ?


『主様……』


 いや、君はそっちの作業に集中しなさいよ。人の心の声を盗聴してないで。


 カストルがいなくなった執務室は、ちょっとだけ広く感じる。


「奴は幅を取っていたのか?」

「いや、どっちかっていったら存在感じゃないの?」


 そうかなー? でも、これでしばらく便利執事は側にいないのかー。


 と思ったら……


「ジャジャーン! 呼ばれて飛びでたポルックスでーす!」

「いや、呼んでないし」


 執務室に、文字通り飛び込んできたのはポルックスだった。そうか、ポルックスはこっちに残ってるのか。


 その当人はといえば、私の反応がご不満らしい。


「えー? 主様酷ーい。カストルとの扱いに、差がないー?」

「ないない」


 ぶーたれるポルックスに、口先だけで返しておく。さーて、仕事仕事。




 一日が終わって新領主館の居住エリアに戻ると、居間には何やらお疲れモードのユーインがいた。


「戻ってたんだ。お疲れー」

「ああ、レラ……本当に疲れた」


 心の底からの言葉だね。リラが無言で部屋の隅にあるワゴンへ向かう。お茶を淹れてくれるらしい。


「王宮で、何かあったの?」


 うちの旦那様の勤め先は王宮だ。しかも、次代の国王である王太子殿下の側付。護衛を兼ねて、殿下の側にいるのがお仕事らしい。


 本来、王族の警護は近衛である金獅子騎士団の仕事なんだけど、今年の二月末にあった襲撃事件により、金獅子騎士団への信頼そのものが揺らいでいるそうな。


 で、王太子殿下の側で御身を護る者が必要、という事で、学院の頃から付き合いがあるユーインやヴィル様、それに元白嶺騎士団のイエル卿を側に置いているんだってさ。


 他にも、元第二王子で王太子殿下の弟であるコアド公爵ルメス卿も、王太子殿下の仕事を手伝っているらしい。


 公爵の場合は元からの予定だから問題ないんだけどねー。


 溜息を吐くユーインは、最近新領主館に勤める使用人達の間で噂の的だ。何でも、色気が増したとか。何だそれ。


 でもまあ、こうして溜息を吐くユーインを見ていると、確かに陰りがあってフェロモンダダ漏れな感じはする。もう少し抑えようよ。


 そんなユーインの悩みごとは、やはり王宮にあるらしい。


「金獅子の連中はコアド公爵派だった訳だが、王宮にはまだ殿下を追い落とそうとする一派がいる」

「学院長を担ぐ一派だっけ?」

「そう」


 貴族学院の学院長を務めているのは、国王陛下の弟であるレイゼクス大公。私はつい前の感覚で「学院長」って呼んじゃうけど。


 その王弟である大公殿下も、王位継承権を持っている。実は王太子殿下、コアド公爵に続く第三位だそうな。


「その連中が、金獅子の連中が一掃された事でうるさくなってきているんだ」

「うわあ……」

「バカだわー」


 リラの言う通りだよ。


 普通さあ、金獅子の連中が失敗して処罰されたのを見たら、明日は我が身とおとなしくなるもんじゃないの?


 ライバル減った! ラッキー! 今のうちに動こうぜ! って、どうしてなるのかなあ?


「大公派も、金獅子の連中同様後先考えていないんだろう」

「王宮って、バカしかいないのかな……」


 ちょっと悲しくなってきた。


 とりあえず、大公派なんて表明している連中に関しては、そろそろ王家から鉄槌を下す予定らしい。


 その準備やら殿下の護衛やらで、王太子執務室のメンバーは連日忙しい日々を送っているのだとか。あー、本当、お疲れ様っす。


「でもまあ、王家が動いてくれるのなら、こちらとしてはありがたいかなー」


 また何かでテロの標的にされかねん。金獅子の連中のように、周囲にいる人を巻き添えにされたら堪らない。


 私ならいくらでも反撃出来るからいいんだけどさ。


 ま、大公派がこれ以上バカな行動に出ない事を祈るよ。

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