第298話 新始動

 まばゆい日差しが、窓越しに室内に入ってくる。遮光カーテンじゃないからなー。


 とはいえ、もう起きる時間かも。


「よっと」


 起き上がった隣には、彫像が寝ている。いや、旦那になったユーインなんだけど。


 これ、慣れるのに時間かかったんだよねー。てか、今もあんまり慣れてない。顔がいいって、得だよね、本当。


 珍しくまだ寝ている彼を置いて、居間の方へ移動した。お、朝食が用意されてる。私は和朝食、ユーインのは洋食。


 お腹空いてるから、先に食べちゃおうっと。炊きたてご飯に生卵、焼き魚、味噌汁、小鉢類がいくつかとお新香。朝から贅沢ー。


「んまー」


 ああ、幸せ。




 結婚式も祝賀パーティーも全部終えた後、移動陣を使ってデュバル領へ戻り、温泉街の高級ゾーンに作った離れタイプの宿へ。


 オーナー権限をフルに使って、二ヶ月貸し切りとしましたー。ほら、ハネムーンって言うじゃない? 蜜月よ蜜月。


 こっちには新婚旅行って概念自体がないし、何なら庶民は旅行自体ほぼしないけれど、やっぱり前世の記憶がある人間はねー。


 リラにも、ヴィル様と結婚したらここを新婚旅行先に推しておこう。


 ちなみに、宿で提供する食事に関しては、洋食と和食の二種類から選べるようにしている。


 米味噌醤油に関しては、割とオーゼリア国内でも生産されてるんだー。これに加え、我がデュバル領でも米の生産に乗り出しました。


 この辺り、カストルとポルックスがいい仕事をしてくれている。彼等が長年かけて研究した究極のお米がある……らしい。


 それをデュバルで栽培している最中。今朝私が食べたお米も、それ。まだ収穫には至っていないけれど、備蓄が魔の森の中央にかなりあるそうだ。


 なので、横流……んん、分けてもらっている。あのまま魔の森の中央に置いておいても、誰も食べないからね。食物はしっかり食べなきゃもったいない。


 季節は初夏。結婚した三月から比べると、緑が増えてる。ここ、窓の向こうには坪庭があるんだよね。この辺り、カストルが指示して作らせたそうな。


 彼の元主は私のご先祖様のお友達で、二人とも前世日本人。しかも、元主の方は前世で庭が好きだったらしく、色々な資料を眺めては溜息を吐く毎日だったってさ。


 転生したんだから、望みの庭を造れば良かったのに、彼は友達と共に故郷を飛び出して、無人だったこの大陸に棲み着き、魔法研究をし続けた。


 その結果、元々魔力を持たない人達にも魔力を後付する方法を見つけたんだけど、それはとある術式とワンセットになってしまったという。


 そのワンセットになった術式が、隷属魔法。実験を行った魔力を持たない人達って、奴隷だったんだよね。


 二人は何とか両方を切り離し、隷属魔法を解除する方法を探した。何せ、そのまま放っておくと大変危険な結果になっていたから。


 そんな中、私のご先祖様は事故に遭い、数名の奴隷と共に時を渡る。それが、建国間もないここオーゼリアだった訳だ。


 誰もいなかった大陸に、余所から人が入植して増えていたらしい。


 ご先祖様は、ひょんな事から建国王を助け、その褒美として領地と伯爵位を賜った訳だ。つまり、我が家は建国以来の名家……信じらんなーい。


 何せ、我が家は祖父と実父の代にあれこれやらかしてしまい、家の格……家格ががくんと落ちていたから。


 それも何とか回復し、隷属魔法に縛られていた領民……ご先祖様と一緒に時を渡った奴隷の子孫達も、無事解放する事が出来て、全ていい方向に動いている。


 いやー、良かった良かった。




 温泉で食っちゃ寝して風呂入って楽しんで。そんな夢のような時間はあっという間に過ぎ去ってしまいました。


「名残惜しい……」


 珍しく、ユーインも未練たらたらだ。彼はこの後、王都とデュバル間で遠距離通勤をする身になる。私が王都邸にいる時は、そっちに帰るそうな。


 まー、まだ新婚だからね。


 彼が通勤する先は王宮。王太子殿下の側近をやってるから。


 結婚式のちょっと前に起きた、金獅子騎士団の若手による国家転覆計画は無事頓挫し、私を襲撃した事を契機に全員捕縛されている。


 彼等にいらん入れ知恵をした人物も捕まり、しっかり罰を受けた。


 そういえば、元金獅子の連中、終身刑になって懲役だって聞いたけど、その引受先がまさかの我が家でしたー。


 確かに、土木工事はあちこちでやってるからね……彼等はトレスヴィラジに送られ、大型船が停泊出来る沖合の港……人工島を作る現場に送られるらしい。


 人工島とウヌス村を結ぶ鉄道は、海の上を走る。最初は人工の土手を作って走らせるかーと思ってたんだけど、橋の形にして下を開ける事になった。


 海流とか、色々あるからね。流れを止めるのはやめた方がいいって事になったんだー。


 その分、工事は面倒臭い形になったそうだけど、あちこちから犯罪者を格安人夫として手に入れ、工事に使っているってさ。カストル……


 まあ、そんなこんなもあり、我が領はただいまあちこちで工事を行っているので、好景気に沸いております。




 そうなると、有象無象が近寄ってくるものなんだね。


「うへえ」


 新都が完成したので、そちらの領主館に顔を出したら、執務室の机には手紙が山と積まれていた。


「そっちは一応、全部付き合いのある家からの手紙よ。それ以外はこちらで処理しておいたから」

「あ、ありがとう……」


 これ以上に手紙、来てたんかい。


 差出人を確認すると、本当に一応付き合いがある程度の家ばかり。つまり、殆どが王家派閥の序列が低い家。


 式にも祝賀会にも招待はしなかった家が多く、結婚のお祝いがメインだった。手紙以外に、お祝いの品も山と積まれていましたよ……


「これ、お返しが大変だなあ」

「今回は、一律で返礼するって決まったから、陶器工場に大量発注したわよ」

「おお」


 返礼品は、陶器のペアカップアンドソーサー。ペアにしたのは、一応結婚のお祝いに対する返礼品だから。


 これは、式や祝賀会に来てくれた人にも送る予定。なので、工場に大量発注なのだよ。


 そちらも既に手続きは済んでいて、後は出来上がってきたら発送するだけなんだって。リラの仕事が早い。


 カップとソーサーのデザインは、デュバルに自生している固有種の高山植物をモデルにしているって。余所にないものだから、記念品? にはちょうどいい。


「陶器といえば、例のクマの置き物、色つきと色無しと両方欲しいって人が増えてるんだけど」

「マジでー?」


 クマだよ? ゴン助は可愛いけどさ、でもクマだよ? それを欲しがるとは……


「あと、クマが抱える盾の紋章、自分ところの紋章を入れてほしいって」

「オーダーメイドかよ……いや、セミオーダーかな?」

「何でもいいけど、需要があるうちに売りさばいておけば?」


 売りさばくって。いや、確かに需要のあるうちに売っておいた方が無難か。


「リラが現実的……」

「私はいつでも現実的です」

「偽苺……」

「人の黒歴史を掘り返すなああああああ!」


 リラに吠えられたので、執務室を退散した。




 新都が出来上がった関係で、商会やら個人商店、それに領民の何割かは移住してきている。


 これまで人が住んでいた辺りは旧市街としてそのまま残す予定。住み続けられる程度には、手を入れてあるからね。


 それに、綺麗に整えられた新都もいいけれど、旧市街のごちゃっとした感じが好きなんだよなあ。


 定期的に手を入れれば、まだまだ使えるし、このまま出来るだけ残す方向でいる。


 その旧市街、新都とは列車で繋げる予定。というか、もう工事は始まっている。


 扱いは路面電車のようなものなので、地面を走ってるよ。その辺り、他の鉄道とはちょっと違うかなー。


 車体はちょっとレトロな感じにする予定。車体横には広告を入れるスペースも作ってある。最初に広告を打つのは、商会と温泉街だね。


 広告と言っても、領内を走らせるものだから、当然領に関連したものだけ。余所の領の宣伝しても、効果は薄いだろうし。


 手紙を処理した後の執務室で、上がってきた都市間路面電車の報告書を見つつ、つい口から願望が出てきた。


「そのうち、動画で広告とか作れるようになればいいな!」

「テレビ局でも作るつもり? あ、その前に映画か」


 リラも、前世の歴史をよく知ってるね。テレビだと受信装置が家庭にないと困るしなー。


 その点、映画館なら人が足を運べばいいだけ。しばらくはいい娯楽になるでしょう。


 あ、撮影スタジオとか、監督育成とかも必要かな? どっかにいい才能、転がってないかしら。

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