第297話 私、幸せになります!
あれこれあった金獅子騎士団元団員の事件も終わり、モヤモヤは残ったものの全て片付いた。
そして、とうとう本日は私の結婚式でーす。
「やっぱりドレスを見ると、上がるねえ」
トルソーにかけられたドレスを眺めつつ、ちょっとウキウキしている自分がいる。いやあ、間に合うもんなんだねー。
実はこのドレスが仕上がってきたの、昨日の夜ですよ……届けに来たのは、なんとマダム・トワモエルご本人!
普通は配達専門の人に任せるのに。何でも、遅れたお詫びにとコサージュを一つおまけに作ってくれたんだって。
コサージュ一つと侮るなかれ。王都の女性なら誰もが一度は着てみたいと願うマダム・トワモエルお手製のコサージュだ。
しかも、使われているのは布だけでなく、ペイロンの真珠がふんだんに使われている。小粒とはいえ、これだけ使ったら相当買い付け金額もいっただろうに。
それでも、笑顔で「ご結婚、おめでとうございます」と目の下真っ黒にして言ってくれるマダム。だから私はこの人が好きなんだよね。
そのコサージュ、本日は式自体ではなく、祝賀パーティーのドレスに付けていく予定。
地が深い青だからね。そこに白と金、黒の三種類の真珠がちりばめられている。多分、マダムもそっちで使う用にと作ってくれたんじゃないかな。
ドレスやアクセサリーを持って、聖堂へ。キーバシアント聖堂は金獅子元団員による襲撃事件に関与した人達が処分された関係で、中身が大分入れ替わったそうだ。なので、本日は安心して式を挙げられるってもんよ。
女性の仕度には時間がかかるから、聖堂へ入ったのは私が最初。男の仕度は楽だもんなあ……こういう時は、男の方が便利だねって思う。
や、別に今から男になりたいとかいう願望はないけれど。
仕度を手伝ってくれるのは、ルミラ夫人。聖堂の控え室には、親族と付き添い、仕度を手伝う人以外は入っちゃいけない決まりなんだ。
特に、式に参列する人は親族以外立ち入り禁止。という訳で、ルミラ夫人には参列してもらえないのだ。
「当然の事ですよ、レラ様」
鏡に映るルミラ夫人の笑顔が怖いっす。身分社会だから、その壁を取っ払うような行為は慎まなくてはならない……らしい。
前世の記憶が残っている身としては、結構厳しいんだけどねー。
ドレスに着替えて、髪を結って化粧をし、アクセサリーを付ける。ヘッドドレスは生花だから、一番最後。
今朝は早いうちからお風呂にも入れられたし、カストル指導の下、使用人達によるホームエステも受けていたからお肌がツルモチ。フェイスだけじゃないのよ、これ全身だからね?
カストルは、何やら魔の森産の植物を使用した化粧品まで開発してるって。それらに関しては、高級品としてヤールシオールの商会が取り扱っているそうな。
いつの間に……いや、商売に関しては好きにやっていいって許可は出してるけどさ。でも、カストルはちょっとやり過ぎではないかね?
『これも主様を思えばこそです』
さいでっか。
整えた肌は化粧のりもよく、ルミラ夫人の手でどんどん綺麗になっていく。
「レラ様はお顔立ちが整ってらっしゃるから、化粧も薄くで済みますね」
えー? そーかなー? えへへ。褒められるのは嬉しいなー。
ルミラ夫人といつものようにあれこれ話しながら仕度をし、最後のアクセサリーまできた。
あれー? もっと時間かかると思ったのに、あっという間だったよ?
「……レラ様、着付けからここまで、軽く二時間はかかっていますよ?」
「え? そうなの!?」
気付かなかった。時間が経つのって、こんなに早いんだ……
アクセサリー類もつけ終わり、後はヘッドドレスのみ。こればかりは式開始の直前に付けるから、今は魔法で保存されている。
生花で作った冠……花冠。これ自体は花屋さんで作ってもらって、出来たところをカストルに保存魔法を使ってもらった。
実は、この保存魔法、普通に知られているものではない。魔の森産の術式なんだ。ニエールに知られたら、大変だろうなあ。
一応、表向きは結界を張って中の温度を低めに保つ……ように見せかけている。簡易の冷蔵庫だね。
その術式だと、本来ならここまで保てないんだけどねー。誰も気付いていないからいいや。
花冠を眺めていたら、扉をノックする音。ルミラ夫人が出ると、カストルが来たらしい。
「失礼します。ユーイン様のお支度、終わりました」
「そう、ありがとう」
時計の針は、式開始三十分前を指している。あと少しで、結婚式かー。
これまで、色々あったねえ。最初の出会いから、ペイロンでのあれこれ、仮の婚約者になり正式婚約者に。
その間にも、家を継いだり森の氾濫があったり、リラに会ったり女子達とのあれこれがあったり。
ゴン助や子リスちゃん関連もあったね。いやあ、子リスちゃんちの問題は、あんな大事になるとは思わなかったわー。
兄との関係改善もあったね。そこからの昔の使用人達のやらかしが発覚したり、そいつらを捕まえたり、従兄弟が暴走したり、兄がユルヴィルを継ぐ事になったり。うん、卒業前でも山盛りだ。
学院卒業後はガルノバン行ったり人材確保の為に動いたらついうっかりクソ男に傷つけられた令嬢を助けたり、学院時代のクラスメートの実家を実質潰す事になったり、新しい領地を手に入れたり。
その新しい領地は盗賊の巣窟になっていたから、一掃する必要があったし、そいつらのせいで男の働き手が激減してたり。
その辺りをどうにかしようとてこ入れしてたら、今度はガルノバン王に連れられて北の国ギンゼールへ。
そこで内乱を起こしていた連中を一掃し、黒幕も潰し、見返りに鉱山もらったり。
……考えてみたら、色々やってるね。で、ついこの間は金獅子達に襲撃された訳だ。何だろう? この波瀾万丈な人生。私、こんなの望んでないんですけど。
田舎でいいからのんべんだらりと過ごしたいんだよね。
『……主様には、少々難しいかと』
何でよ! いいじゃん! 侯爵に上がったんだし、少しは怠けたって許されるでしょ!?
『では、トレスヴィラジに造ってる最中の果樹園を閉鎖しますか?』
え?
『温泉街はもう少しで完成ですが、あちらも放棄しますか?』
いや、それは。
『フロトマーロに港を造る計画もありましたねえ。あれも頓挫させましょう』
いや待って。ちょっと待って。そういう事じゃなくてだね?
『ですが、これらは全て主様が計画を立て、実行し、実現させている最中のものばかりです。これら全ては「仕事」と呼ばれるものではありませんか?』
そうだけど。そーなんですけどー。
『では、主様の夢の実現の為に、頑張って働きましょうね?』
何だろう、この敗北感。しかも、同じ控え室にいるのにわざわざ念話を使う周到さ。ありがたいんだかありがたくないんだか、わかんないや。
控え室で緊張? の時間を過ごしていた私の元に、呼び出しがきた。
「お式のお時間です」
無言で立ち、ルミラ夫人にヘッドドレスを装着してもらう。カストルには、保存魔法を切ってもらうのを忘れずに。
花冠から長いヴェールが足下へと落ちる。このヴェールも、マダム・トワモエルの工房で作ってもらったもの。職人の力作だそうだ。
軽く薄いヴェールは付けている事を忘れそう。布地に関しては、我が領から出してまーす。
これ、私が契約している蜘蛛の魔物、アルビオンが出した糸を細く撚って織った布。軽くて丈夫なのだ。
アル……頑張って糸を作ってくれたんだね。
『アルビオンには、褒美の魔物をたくさん与えました』
ありがとう! 有能執事! 今までで一番感謝してるかも!
「……」
何か、部屋の隅からジト目で見られた。いやほら、感謝してるって。
祭壇の前には、新郎新婦が一緒に進む。扉の前で合流したユーインは、何やら驚いた顔でこちらを見ていた。
「……とても、綺麗だ」
「ありがとう、ユーインも格好良いよ」
彼は白のフロックコート。ジャケットの形をどれにするかでマダムが悩んでいたから、こんなのもいいんじゃないって言ったらこれに決まった。
鍛えているし上背があるから、何着ても似合うねえ。この辺り、ヴィル様もそうなんだよなー。あ、ルイ兄も。
ペイロン関連の連中は、鍛えている関係か姿勢も綺麗なんだよね。
扉の前で待つ事しばし。開けられた向こう側は、高い場所にある窓から入る光で明るく照らされている。
その中を、ユーインに手を取られてゆっくりと進んだ。緊張で、ちょっと足下が怪しい。転けませんように。
「大丈夫」
隣のユーインが小声で言ってきた。
「倒れても、抱えるから」
バレてたー。でも、彼のそんな一言に緊張が解けて、体の余計な力が抜けたみたい。
目の前には祭壇。ここで結婚を誓うのか。前世ではついぞしなかった結婚を、まさか転生先でする事になるとはね。
しかも、貴族に生まれたのに一応恋愛結婚。凄いね。
前世の記憶が戻ってからのあれこれが、脳裏をよぎる。ついさっきまで思い出していたあれこれに加え、その前にもあったね、色々と。
まあそれはさておき。ひょんな事から実家を追い出されちゃったけど、元気に今まで生きてこられた。
これからは、幸せになります!
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