第296話 事件の黒幕……の?(旧第295話)

 コアド公爵の王都邸は、まさしくお屋敷! って感じだ。王宮からそんなに離れていない場所なのに、広い敷地に前庭と庭園がある。


 アスプザット家ですら、テラスハウス風なのに。「風」というのは、一見するとテラスハウスに見えるけど、一棟で一軒なのであくまで見た目がそれっぽいってだけの話。


 まあ、見た目はずらりと並んだ余所の邸と似たような造りだって事でもある。


 でも、コアド公爵家の王都邸は違う。さすがに各家の領主館ほどではないけれど、匹敵するくらいの大きさだ。


 そのコアド公爵家王都邸に、我が家の馬車が入っていく。


 車内にいるのは、ユーインとヴィル様、そしてリラと私。あの招待状、ヴィル様のところにも来ていたんだってー。


 どうでもいいけれど、本日の馬車は我が家の紋章が入った普通の馬車。馬も、普通に生きている。うちぐらいだろうなあ、こんな選択肢があるのって。


 正面で停車した馬車から降りて、家令に案内されるまま屋敷の中へ。おお、玄関ホールの規模も凄い。


 この屋敷、代々コアド公爵家が所有しているもので、一度も手放した事はないそうな。大抵の家では、一回や二回王都邸を手放す事態が起こるんだってさ。それもどうよ?


 通されたのは、一階奥の客間。大きな窓からは、庭園が一望出来る部屋。ここから見える庭も、素晴らしいねえ。


「ようこそ、我が家へ」


 客室でにこやかに出迎えてくれたのは、コアド公爵。と、その後ろに優雅に座るのは王太子殿下と妃殿下じゃありませんかー。


 まあ、いるとは思ってたけどね。


「急な事だけれど、兄夫婦も来ていてね。一緒でもいいかい?」

「もちろんです、閣下」


 こちらを代表して、ヴィル様が笑顔で対応。何という茶番。最初からお二人も参加する予定だったんでしょー。


 でも、そんな事を口にする程、礼儀知らずじゃないやい。ここは個人宅で非公式の場、軽く挨拶して席に着く。


「本当は妻も同席すると言っていたんだけれど、娘の世話があるからね」


 そう言ったコアド公の顔が、笑み崩れております。子煩悩で娘激ラブって話は、本当なんだ。


「ルメスは娘が大層可愛いらしい」

「女の子とは、あんなにも可愛いものなのですね。シイニールが生まれた時以上の可愛さですよ」

「母上もそんな事を仰っていたな……」


 殿下が引いております。その後、ひとしきりコアド公による「いかにうちの娘が可愛いか」という説明を聞いた後、本題に移った。


「さて、本日四人に来てもらったのは、他でもない。例の事件の黒幕の処分が終わったのでな」


 黒幕。金獅子騎士団の若手を唆し、王太子廃嫡を狙った奴か。そのとばっちりで私が襲撃されたけれど、あれ、計画を知らずにいても防御は出来たろうなー。


「まずは、先に言っておこう。ヴィルとユーインは事前に知っている。彼等も、捕縛や尋問、処分には立ち会ったからな」


 まあ、そうでしょうね。それを聞いたところで、怒る気もない。と言うか、今までよく隠し通せたなと称賛するよ。特にユーイン。


 考えてみたら、前職は王都の治安維持を担う黒耀騎士団にいたんだから、それくらいは出来るか。


 私もリラも、お互いの婚約者をチラリと見るだけで無言を通した。反論はないという意思表示でーす。


「続きだ。黒幕はポーラヴァン伯爵。貴族派の家だ」


 ポーラヴァン……聞き覚えがないなあ。貴族派だから?


「覚えがないといったところか?」


 ギク! 殿下が鋭い!


「も、申し訳ございません……」

「よい。女侯爵が知らないのも無理はないさ。あの家の者は、なかなか社交界には出てこないからな」


 そうなの? 貴族なんて、社交界に出て付き合いを続けないと、あっという間に色々干上がっちゃうような人達なのに。


 自分とこの領だけで、自給自足出来るなら何とかなるかなあといったところ。領地で取れた作物や名産品も、領地外で売らなきゃ現金収入にはならないからさ。


 なので、どこも商会を後見したり、社交界に出て自分とこの名産品を売り込む。それをしない家もあるとは。


「……ポーラヴァン伯爵家は、五代前までは侯爵家だったんだ」


 そう言い置いて、殿下が続けた。




 ポーラヴァン「侯爵家」が伯爵家に落ちた理由は、五代前の王妃争いに始まる。


 当時、まだ独身だった国王の妃に誰がなるか、国内では貴族間で熾烈な争いがあったそうだ。


 当然、ポーラヴァン侯爵も、その一人。彼にも娘がいて、何が何でも王妃にさせると息巻いていたんだとか。


 そんな中、とうとう王妃が決まる。それは、某伯爵家だったそうだ。


「殿下……それって……」

「そう、お前の実家、アスプザット家だ」


 え!? アスプザットって、王家と繋がりがあったの!?


 よく聞いたら、オーゼリアで王家筋と呼べるのは、王女か王子が降嫁もしくは婿入りした場合のみを言うんだって。


 娘を王家に妃としてあげても、王家筋にはならないそうな。


 まー、そりゃそうか。貴族は血筋と家が大事だもんね。その家に王家の血が入った訳ではないのなら、王家筋とは呼ばれないか。


 ちなみに、アスプザット家は王妃を輩出した関係で侯爵に陞爵したそうな。


「アスプザットに負けたポーラヴァンは、密かに王妃に決まったアスプザットの令嬢を暗殺しようとしたんだ」

「え」


 待って。アスプザットって、王家よりもペイロンとの繋がりが強い家よ? 当時のお嬢様がどういう人が知らないけれど、周囲にはペイロンの腕利きが護衛についていても、不思議はないんじゃない?


 あそこ、物理攻撃はもちろんの事、魔法攻撃も強いよ? だからこそ、魔法研究所なんてものがあるんだから。


 もっとも、あそこの設立って私が口を出した事も関わってるっていうんだけどさー。いやほら、強さを求めるのなら、研究は大事じゃない?


 話は逸れたけれど、結局暗殺は失敗した。そして、ポーラヴァン侯爵当主は強制隠居の末、彼自身の母方の伯爵家へ身柄が移された。


 彼の娘……王妃にと考えていた女性は、修道院へ。親のとばっちりかな?


 家はまだ幼い末子が継ぎ、爵位を伯爵に落としたという。その時、領地も大幅に削られたってさ。


「そんな経緯のあるポーラヴァン伯爵が、今回の黒幕だった訳だが……」

「まだ、何かあるんですか?」


 もうお腹いっぱいですー。これ以上はいらないですー。


「伯爵を裏から操った者の存在が出てきた」


 殿下がうんざりしながら口にした言葉は、想定内のものでしたー。


「ポーラヴァン伯爵を引っ張り出し、自白魔法を使った結果、出てきた事なんだが。彼を唆したのは、トリヨンサークのクイソサ伯爵というらしい」


 ……誰それ? てか、トリヨンサーク? それって、ギンゼールの東隣の国じゃなかったっけ? オーゼリアからは、一番離れている国だよね?


 何で、その国の伯爵が?


『調べますか?』


 う……今回はちょっと気になるけれど、その辺りは王宮に任せましょう! いらん事に首を突っ込むと面倒な事になるって、私も学習したんだ!


『承知いたしました』


 うちの有能執事に頼めば、トリヨンサークの伯爵の意図がわかるんだろうけれど、それがわかった経緯がバレるのはちょっとね……


 カストル達を取り上げられる事はないだろうけれど、依頼は舞い込むだろうから。国に貢献はしますが、そんな面倒までは見切れない!




 ポーラヴァン伯爵の動機は、まさにこの五代前の事件にあるという。


「どうも私の側にヴィルがいる事が気に食わなかったらしい。現在、ポーラヴァン伯爵家にも息子がいるが、ちょうど女侯爵と同い年だな」


 あー。って事は、ギリギリ殿下の側近が務まるかどうかって年代ですね。


「そういえば、そんな名前の男子、いたわ……」


 隣でリラがぼそっと呟いております。そうか、隣のクラスだったのか。それじゃあ知らないのも当然だね!


 過去の、あったかもしれない栄光を夢見て、現王家打倒を夢見たのか、それとも家の凋落の原因と思い込んでいる現王家に一矢報いたかったのか。


 いずれにしても、他人を操ってどうこうしようって辺りが気に食わない。どうせなら、自分の力で当たって砕けなさいよ!


「ポーラヴァン伯爵家は、二度にわたる王家への攻撃により爵位と家財、領地を没収、伯爵当人は無期限の懲役刑、家族は平民に落とされた」


 命があるだけましと思うか、いっそ……と思うか。それは本人達が考える事かな。


 ポーラヴァン伯爵の裏にいた、外国のクイソサ伯爵は、その身柄を捕らえる事は出来なかったって。どうも、私を襲撃する事件の少し前に、国外に出たそうな。用意がいいなあ。


「一応、伝手を辿ってトリヨンサークに照会しているが、返答が来るかどうか……」


 うちとあの国って、正式な国交はないもんね。魔の森挟んで向こう側の国だからなー。遠すぎて、付き合うメリット、あんまりないもん。移動手段も、今のところ海路くらいしかないし。


 にしても、トリヨンサークねえ……これ以上、関わってこないといいけど。


 あ! これ、フラグ? フラグ立てちゃった? やばい! どっかで折らなきゃ!!

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