第295話 優雅な一時
舞踏会シーズンは、どこの家も忙しい。開始時間は大抵夜なんだけど、仕度は昼から始まるのでね。
その分、日中の社交行事がないのは助かる。いや、これに昼食会だの園遊会だのを挟まれたら、過労で倒れるよ、マジで。
「今夜はどこだっけ?」
「王立歌劇場での舞踏会よ。主催はローアタワー公爵ね」
あー、妃殿下の実家かー。
ローアタワー家は王家の血を引く公爵家で、王都に大きな邸宅を持つ大貴族。でも、派閥には属していない。
ただ、王家の血を引いている事と、王太子妃殿下を輩出した事でうっすら王家派かなってところ。
今、うちの派閥は飛ぶ鳥落とす勢いだからなー。派閥に入りたい弱小貴族が列をなしているんだとか。
貴族派は前ビルブローザ侯爵がやらかしてから求心力が低下しているし、中立派は元々どこにも入りたくない家の受け皿だからね。
後は、王都からは遠くて王都邸も用意出来ない弱小貴族は最初から派閥に入っていない。というか、入れないそうな。
派閥に入るにも、何やら審査があるようで。簡単には入れないんだってさ。
なら、派閥に入れない弱小貴族は弱小貴族でまとまればいいのでは? とも思うけれど、まとめられるような家はないんだと。
それに、弱小は弱小で上下があるらしく、その辺りで争いが起きかねないんだとか。貴族って、難しい……
今をときめくローアタワー家主催の舞踏会は、今期一番華やかなのではないだろうか。
小王国群から仕入れた花がふんだんに飾られ、選曲もそれにふさわしくタイトルに「花」が入っているものが多い。
脇に置かれたテーブルにも、全てに小ぶりの花が飾られている。これ、普通は銀細工とかなのに。
この時期、オーゼリアでは花が咲く地域は限られている。そこから調達するにしろ、小王国群から輸入するにしろ、生花を手に入れるのは大変……下世話な言い方をすれば、お金がかかるのだ。
なのに、会場の端々にまで行き届くよう、色とりどりの花を飾るとは。見る人が見れば、ローアタワー家の力が見えるというもの。
それにしても、華やかだけれど押しつけがましくないのはさすがだね。こういうところにセンスが出る。
うちも、こういう催し物を主催出来るようにならないといけないのかなあ……胃が痛くなりそう。
「ごきげんよう、デュバル女侯爵。よい夜ね」
「ごきげんよう、ローアタワー公爵夫人。本当に」
挨拶で回って来た主催者夫妻……特に、夫人に笑顔で挨拶を返す。公爵の方は私の隣にいるユーインと歓談し始めた。
「何やら、先日王都で恐ろしい目に遭われたとか。心配していましたのよ」
おっと、元騎士達による襲撃事件かー。もしや、妃殿下からお聞きになりましたか?
声を潜めていないところを見ると、これは周囲に聞かせる必要があるという事ですね。
「ええ、どうなる事かと思いましたが、黒耀騎士団の方々がお救いくださいました。おかげ様で、こちらには傷一つございません。ありがたい事です」
嘘は言っていない。嘘は。襲撃者を退け捕縛したのは、黒耀騎士団だ。ただ、襲撃を知っていたので、罠を張っていましたが。
私はその罠に仕掛けられた餌でしたー。でも、さすがにこれは言えないわな。
「黒耀の方達は、王都の治安維持がお仕事ですものね。常に命がけの、大変な職務と思います」
「ええ、本当に」
ユーインの元職場だしな。それに、あの第一部隊隊長の態度は、好感が持てた。騎士とは、あああってほしいものだね。
これで「デュバル女侯爵が襲われた」事と、「黒耀騎士団が窮地を救った」事が周知された訳だ。
裏に金獅子の元団員達がいるとか、さらにその黒幕がいるとかは知っている人だけが知っている。社交界は、それでいいんだってさ。
この時期のオーゼリアは、花を求めるなら南の領から取り寄せるか、小王国群から輸入するかのどちらかだ。
欲を言うと、小王国群の花の方が色が鮮やかで、いかにも「南国の花」って感じ。香りもいい。
なので、「ここぞ!」という時の装花は小王国群の輸入物を、というのは、オーゼリアの貴族間では当たり前の話。
そして、その花の輸入を手がけているのも、タンクス伯爵だ。
いくらつぼみ状態で刈り取るとはいえ、長い船旅の間、どうやって花を保持しているのかと思ったけど、やっぱり研究所が絡んでたわ。
「いやあ、ペイロンの研究所には非常にお世話になっておりましてねえ」
「そうでしたか」
私の目の前にいる小太りのおっちゃんが、そのタンクス伯爵とはね。
本日は、舞踏会シーズンでも後半に行われる大事なもの。主催はメディッド公爵家。
聞き慣れない名前だなあと思っていたら、あんまり社交はしない家らしい。王族の血を引く三公爵の一つで、ローアタワー、コアドと並ぶ名家だってさ。
そのメディッド公爵家が主催する舞踏会とあっては、出席しない貴族の方が珍しい。
という訳で、普段はお目にかかれないような家の人ともお目に掛かっちゃうのが今日。だから、私の前にタンクス伯爵がいても、不思議はない。
ない……よね?
「いやあ、それにしてもガルノバンとの交易とは、やられましたなあ。はっはっは」
「ほほほ」
何をやられたのやら。もしや、小王国群の次は、ガルノバンとの交易を狙っていたとか? 知らんよ、そんな話。
「そうそう、ギンゼールにも何やら伝手が出来たとか?」
「伝手と言いますか……諸事情がありまして、鉱山を二つほど入手しました」
ダイヤモンドとヒセット鉱石の鉱山をねー。個人的にはヒセット鉱石の方がおいしいかなー。いや、ダイヤも十分ありがたいですが。
「いやいや、うらやましい事です。あやかりたいものですなあ。はっはっは」
えーん、おっちゃんが放してくれないー。いい加減、ここから立ち去りたいのだけれど。
「時に」
まだあるの?
「そのギンゼールとの交易、我が家にも一枚噛ませてはもらえませんかな?」
あー、それかー。でも、これにはいい断り文句があるのだ!
「そういう事でしたら、お話は王太子殿下の方へどうぞ」
「殿下の?」
「ええ、ギンゼール関係は、全て殿下が取り仕切っていると聞いております」
一応、囮役をやった見返りとしてお強請りしてみた。提案はカストルです。あの有能執事、こうなる事を見越していたのかな……してたんだろうなあ。
「では、私はこれで」
「あ! お、お待ちを!」
おっちゃんが背後から何やら言ってきてるけど、聞こえないふりして人の波の中に入っていく。中央付近に行けば、誰かしらがダンスを申し込んでくるし。
その中から、当たり障りのない相手を選んで踊ってもいい。ユーインはあっちでどこぞの伯爵夫人に捕まってるしね。
意外とギンゼールとの交易に絡みたい家は多かったらしい。そりゃそうか。魔力結晶の効率を上げる鉱石と、宝石類が主な取引品目だもん。そりゃおいしいと思うさ。
だからといって、結婚式準備と舞踏会に忙しい私の時間を奪う事は許さん。
「これもこれもこれも却下。つか、この時期にこんな鬱陶しいもの送ってくるだけで、心証最悪だ」
「落ち着きなさい。確かに、これだけ小さい家だと会う必要もないわね。こっちで断りの手紙を出しておくわ」
「よろしく」
机の上に山と積まれた手紙類は、全て訪問したいという内容のものばかり。中には
「我が家にぜひいらしてください」なんて招待の内容のものもある。
付き合いのある家なら行かないでもないけれど、そういう家に限って今私がどれだけ切羽詰まっているかわかっているから、無茶な事は言ってこない。
ここで私の機嫌を損ねたら、その後何があるかわからないもんね。おかげで押しの強いゾクバル侯爵とかラビゼイ侯爵ですら、おとなしくしているよ。
さて、そんな手紙の中で、無視出来ない一通があった。
「これ……」
「……コアド公爵からの、招待状?」
何故、我が家に直接コアド公爵から来るのかなあ。そりゃロクス様はお友達だったそうだけど、私は直接関わってないんですが。
どっちかっていったら、王太子殿下の方が近いくらいだよ。
とはいえ、相手は元第二王子で現在は王家筋の公爵家当主。お断りは出来ないよねー。断る理由もないし。
ちゃんと考えて、舞踏会のない日のお茶会へのご招待だ。
「本当なら一日家でぐうたらしていたかったけど、行ってくるかあ」
「ねえ、これ、私の名前もあるんだけど?」
「うん、一緒に行こうね」
「なんで私?」
そりゃあ、君がヴィル様の婚約者になったからじゃないかなー?
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