第294話 事件のその後
捕まえた金獅子達に自白魔法を使ったら、黒幕がさらにわからなくなりましたー。何を言ってるか自分でもよくわかんないよ。
黒幕が、認識阻害魔法を使っていたとはねえ。あれ、幻影魔法と並んで昔の術式で、最近ではあまり使われないものなのに。
そう、幻影魔法と同じ。という事は、あれは集団魔法なのだよ。少なくとも、五人以上の魔法士で術を構築しているはず。
「黒幕と思しき人物はいるんだ。ただ、さすがに伯爵位の者を何の証拠もなく捕縛する訳にもいかなくてね」
王太子殿下が、うんざりした様子で口にする。やっと全容解明かと思ったら、思わぬところで躓いたんだもんね。そりゃうんざりもするか。
自身の立場と、弟の人生がかかっているんだし。早く決着付けたいよね。
少し考えてみる。目星がついている人間がいるのなら、その人物の周囲を絞って調べる事は、可能なんじゃないかな。
「……その人物の周囲に、古い術式に長けた人物が複数人いないか、調べられますか?」
「古い術式? もしや、先程言っていた認識阻害というのは……」
「古い術式のはずです。幻影魔法と同じくらい」
「集団魔法か……」
殿下は話が早くて助かる。コアド公爵が優秀なのは本当なんだろうけれど、王太子殿下だって十分優秀な人だよね。
でなければ、王家派閥というだけでヴィル様が側付になるとは思えない。何度か会った事がある殿下は、人好きのする方だし。
あれだ、王太子殿下は人誑しなんだよ。多分。おそらく。
でも、その才能に誑されない人達がいた。それが、金獅子騎士団の一部だ。あ、捕まった時点で団を不名誉退団しているから、元金獅子騎士って言った方がいいのか。
不名誉退団なので、彼等の実家からは向こう三代、金獅子騎士団に入団は出来ない。どれだけ功績を立てようとも、どれだけ剣の腕に優れようとも。
彼等は、そこまで考えて動いていたのかな。
他にも、あれこれ聞き出した事を教えてもらった。聖堂からの情報漏れは私の事以外にも出てきて騒ぎになったらしい。
「どうも、聖堂で働く下男が金欲しさに予定表などを盗み見て、その情報を売っていたそうだ。下男は解雇したし、予定表は簡単に見られないように変更するという」
管理がずさんだった上に、金目当ての連中が動いたのが原因だったと。
聖堂は冠婚葬祭に関わっているので、予定表の情報を売られるのは困るはずなのに。もうちょっとしっかり管理しておいてほしいね。
「今回は聖堂の管理不足により、デュバル女侯爵が襲われる事態になった。それを受けて、聖堂に王家の手が入る事になる」
そこでにやりと笑わないでください、王太子殿下。まるでここまでが織り込み済みだと言われているように感じますよ。
あれ? そうなの?
「キーバシアント聖堂は王家と縁が深い事から、少々おごり高ぶっていたきらいがあってね。そろそろ締め上げようと思っていたところなんだよ。いや、いい機会に恵まれた」
殿下、黒くて先がとがった尻尾が見える気がしますよ。
今回の事件を受けて、キーバシアント聖堂は人事に王家からの口出しを許す羽目になったそうな。
おかげで聖堂トップ以下役職付きが全て解雇され、余所の聖堂から新しい人員を迎える事になったらしい。中身ごっそり入れ替えじゃん。
まあ、王家が隙を窺っていたようだから、それなりに腐敗していたんだろうね。
聞いたら、聖堂内で金満政治を行っていたらしい。「神こそ全て」なはずの聖堂内が、「金こそ全て」になっちゃダメでしょ。
「ここ数年は特に酷くてな。何かにつけて王家に寄進をねだってきていたんだ」
寄付はねだるものじゃないよね、普通。
まあ、そんなこんながあって、そろそろ王家としても動かなきゃなあと思っていたところだったらしい。だから、いい機会と言った訳だね。
まあ、私なら何に襲撃されてもびくともしないと思ったそうだよ。事実だけど、何か腹立つ。
これからも、継続して元騎士達からは事情を聞き出す予定らしい。まだ黒幕関連を聞き出しただけだからね。
あ、例の襲撃計画書は、無事発見されました。何でも、パール某卿の執務机の上、騎士団の書類と一緒に置かれていたってさ。不用心だなー。
「陞爵したばかりとはいえ、侯爵家当主を襲ったんだから、それなりの処罰は受けるでしょうねえ」
「普通に考えれば、身分剥奪の上一生強制労働か一生牢獄かだな」
王宮からの帰り道、馬車の中でユーインと話す。内容がこれだから、色っぽい事は何もないんだけど。
そういえば、元騎士達の実家からは、続々と離縁状が舞い込んでいるらしい。犯罪者になった途端、家から切り捨てられた訳だ。
てか、ヤバい事をやるんだから、襲撃する前に自ら家族と絶縁しておけっての。子供の側から出来る手続きがあるんだから。
リラもそれを使って実家と縁を切ったんだし。
まあ、元騎士達の実家だって、息子一人の為に家どころか一族郎党処罰される訳にはいかないもんね。
伯爵位だと領地持ちが殆どだし、家が潰されると一時とはいえ領民が困る。そこまで当主が考えているかは謎だけど。
本当に、元騎士達はこうなる事も考えて、動いていたのかなあ?
騒動は一旦終わったけれど、こちらはまだ終わりが見えてこない。結婚式の準備である。
ただでさえ、ドレス制作は大変なのだ。採寸からデザイン案を決めて仮縫い仮縫い仮縫い……
そうしてやっと本縫いをして出来上がる。マダム・トワモエルもお針子達も大変だけど、仮縫いには注文主も出向かねばならないので私も大変。
他の仕立屋なら貴族の屋敷の方に呼びつけるものだけど、マダム・トワモエルほどともなると、貴族を自分の工房へ来させるのだ。
それもまた、仕立屋……いや、ドレスメーカーとして一流となった証。マダム・トワモエルは、名実ともに王都一のドレスメーカーなのだ。
という訳で、本日も仮縫いに来ております。立ってるだけってのも、案外きついものなのよ……
「ああ、そこ! そこはもっとゆとりを持たせて」
「はい」
「そちらは逆に、体の線をしっかり出すように」
「はい!」
紙面に書いたデザインを、立体化させていく作業。傍で見ている分には楽しそうなんだけど、如何せん布を宛てられてあちこちつままれたり伸ばされたりしているのは私だ。
ああ、周囲に群がるお針子達を一掃してしまいそう……何と言うか、距離が近いとむずむずするのよー。
我慢の時が終われば、後はお茶とお菓子のご褒美タイムだ。
「本日もお疲れ様でした。これで本縫いに入れますわ」
うきうきするマダムとは裏腹に、こちらはぐったりだよ。
「それは良かった……でも、この時期からで間に合うの?」
「ええ、もちろん」
でもさあ、あのドレス、全部手縫いじゃね? ミシンが導入されたと言っても、使えないんじゃ意味ないよ?
そんな事をぼそっと言ったら、マダムの口元がにいっと三日月型になった。
「そこはそれ。注文頂いたドレス全てが手縫いではございませんのよ?」
あー、なるほどー。発注者によって、手縫いかミシンかをより分けてるんだー。
「大抵の奥様やお嬢様、仮縫いがなくても大丈夫だと申し上げると、そちらをお選びになるというだけですわあ」
わかっていてやってるんでしょ。職人の世界も怖いわー。
決まった婚礼用のドレスデザインは、私なのでやっぱり縦に長いラインとなっている。
マーメイドまではいかないけれど、上半身は体のラインに沿うように、腰の辺りで少しボリュームを出して、その下は自然に流す感じ。
色は白。そこは散々もめたんだけど、やっぱりウェディングドレスは白がいいなって思って。乙女の夢ですが何か?
オーゼリアの結婚式の場合、色つきドレスも多い。白は二割から三割くらいだってさ。
しかも、私の場合髪の色がこれだからねえ。白に白って、ぼやけるって言われたんだ。
でも、その分ヘッドドレスに多彩な花を使うし、祝賀パーティーでは濃い色のドレスを纏う事で何とか白を押し通したんだ。勝った。
さて、仮縫いが終わったから、今度はその花の手配だよ。使う花屋はばあちゃんが決めてくれたから、今度は使う花の種類、当日の飾り付けの打ち合わせ、ヘッドドレスのデザインなんかを決める。
本当なら、もっと時間があってもいいはずなのに。おのれギンゼール……いや、ここはガルノバンを恨むべきか。
なんにしても、ギンゼールに行かなきゃ、もうちょっとゆとりのあるスケジュールだったはず。多分。
……わかってるんだ。国内にいても、きっと何かしらに巻き込まれてカツカツのスケジュールになってたんだろうって。
これ、一回聖堂でお祓い的なものを受けた方がいいのかしら……
結婚式の準備に追われている間、王太子殿下の側であれこれ聞いてきたユーインが、帰りしなに報告をしてくれるようになった。
時間も時間だから、夕食を一緒にして、話し終わったら帰る。何か変なの。でも、慣習があるから実家に帰らなきゃいけないらしい。
その中で気になったのが、襲撃計画をしていた元騎士達は、私と刺し違えるつもりだったという。
「何それ」
殉教者かっての。ちなみに、それを聞いたコアド公は鼻で笑ったそうだ。まあ、そうなるよねー。どこまで夢見てんだって話。
「自分達の命がけの行動が、今の世を変える事になると言っていたそうだ」
実際に差し違えた場合……まあ、まずないんだけど、成功した場合は実家にも罰が下るのにねえ。
生きていれば実家側から絶縁も出来るけれど、死んでしまってはそれも出来ない。結果、デュバル家当主と、ついでに次期フェゾガン当主を襲撃した罪で、実家どころか一族郎党処罰される可能性があった訳だ。
一族を犠牲にしてまで、自分達の考えが正しいと言いたかったのかな?
それにしても、この手の知識は教養学科でしっかりたたき込まれる内容なんだけど。
おかしいなあ、金獅子に入るにも、学力は必要だったはず。剣だけ、身分だけ、容姿だけでは入れないのが金獅子騎士団だったのでは?
「レラの魔法の威力は調べていたようだが、大分足りなかったな。人数を揃えれば実現可能と考えた辺り、調査が甘い」
「金獅子って、諜報とかまではしないよね? だからかなあ?」
「別に、レラの魔法の腕は機密事項ではないだろう? ペイロンで調べれば、それなりに出てくるはずだ。連中、その手間を省いたのだろう」
手間をケチった結果、仲間が全滅では笑えない。まあ、こっちも黒幕に到達出来なかったのは、何だかモヤモヤした終わりだけれど。
でも、これ以上は首を突っ込む気はないよ。だって、襲撃がなかったら私には直接関係ない話だもん。
王宮のゴタゴタなんて、そこにいる人達だけでどうにかしてください。私は忙しいのだ。
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