第292話 下準備はしっかりと

 ランミーアさんがローペテシラ嬢を連れてきた翌日。昼もそろそろ回ろうかという時間に、ユーインが来た。


 玄関で出迎えた私を、満身の力で抱きしめる。く、苦しい。


 彼の腕をタップして、やっと解放された。騎士の本気のハグって、苦しいものなんだね。


 文句の一つも言おうかと思ってユーインの顔を見上げたら、今にも泣き出しそうな顔だ。


「どうしたの? 大丈夫?」

「大丈夫じゃないのは、君の方だ」


 え? いや、私は何ともないよ。首を傾げていると、ユーインがネタばらしをしてくれた。


「王太子殿下の執務室で、アスプザット侯爵夫人が殿下に宛てた手紙を読んだ」


 あれかー。金獅子騎士団の一部による、私の襲撃計画が企てられているってやつ。


「手紙、殿下も読まれたの?」

「ああ。その後、手渡されて読むようにと」


 なるほど。一応、敵にはユーインが急いで我が家に来た理由まではわかるまい。何せ、彼等が知らない方法で王宮に襲撃計画を報せたのだから。


 まずアスプザット邸にいるシーラ様に通信機で日時と襲撃内容、参加人数などを報せた。この辺りは、ローペテシラ嬢が見た計画書に書いてあったって。


 で、それを手紙にしたためてもらって、王太子殿下にアスプザット家から送る。これなら、我が家からは誰も王宮に行っていないので、計画が王宮側にバレているとは思われないだろう。


 何でこんな手の込んだ事をやったかと言えば、我が家、現在監視されてるってさ。犯人は金獅子連中の「お友達」なんだって。カストルが言っていた。


 手紙の配達人はコーニー。ユーインやヴィル様と一緒に王太子殿下の執務室に詰めている婚約者、イエル卿への差し入れという体で王宮に行ったのだ。


 まあ、差し入れに関してはしばらく続けるっていうから、王宮の金獅子達も騙されてくれるんじゃないかなー。


 それにしても、王宮からすっ飛んで帰ってくるとは。


「殿下は、あなたが帰宅する事を了承しているの?」

「何も仰らなかったから、そういう事だろう」


 却下を食らわなきゃ、やっていいって事なのね。それにしても、心配掛けないようにしたかったんだけどなあ。まあ、無理か。


 王太子殿下に報せる以上、側にいるユーインが知らないままの訳がない。殿下ご自身が教えなくても、周囲の人達が教えるだろうし。


 何とか落ち着いたユーインと一緒に、奥の居間へと向かう。そこには、リラとルミラ夫人がいる。結婚式の準備が佳境に入ってるから、二人とも忙しそうだ。


 私は、既に招待状の処理を終えたので、問題なし。いやあ、腱鞘炎になるかと思ったよ。おかげで回復魔法の腕がちょっと上がったくらい。


 もうさ、宛名書きだって全部印刷でいいと思うんだ。綺麗な字の方が、受け取る方だっていいでしょうに。


 でも、慣習の壁は厚かった……




「それで? 殿下はなんと仰っていたの?」

「殿下より、アスプザットがレラを囮に使う事を提案してきた」

「ヴィル様かあ」


 もうあの人、アスプザットじゃないんだけどねー。いい加減、名前で呼べばいいのに。


「ユーイン様、ウィンヴィル様はどんな提案をなさったんですか?」


 リラの問いに、ユーインが凄い渋い顔をしてる。珍しいかも。


「……このまま、金獅子の連中にレラを襲撃させ、現場を押さえるそうだ」

「なるほど、現行犯逮捕か」

「たい……ほ?」

「ああ、いいの。こっちの話」


 ぐうの音も出ない現場を押さえて、金獅子連中を捕縛しようって訳か。後は自白魔法で背後にいる奴を吐かせればいいと。


 下手にいい家の出身ばかりだから、確たる証拠もなしに自白魔法を使えないってのも、中々面倒よのお。


「それで、ユーイン様が本日こちらにいらっしゃったのは、この人の安否を確認する為ですか?」

「いや、殿下から許可を頂いたので、私も襲撃現場にいる事にした」


 え。思わず、リラと顔を見合わせてしまう。


「それだと、金獅子騎士団の人達が、この人を襲わなくなるんじゃ……」

「そうだよねえ。ユーインの剣の腕って、金獅子にも有名なんじゃなかったっけ?」

「そんな……事は……」


 でも、殿下が許可したんだよね? うーん。あ。


「幻影魔法で、ユーインをリラに見せかければいいんじゃない?」

「はあ? そんな器用な事、出来るの?」

「出来る出来る。ガルノバンで、似たような事はやったじゃない」

「あ」


 リラも気付いたね? あの国で最後の黒幕だったコーテゼレナ嬢に自白させる為の仕掛けとして、幻影でユーインの姿を見せたんだ。


 あれの応用と思えば、問題ないない。


 ただ、何故かリラとユーインが渋い顔だ。


「何か、自分のガワが使われるってのが……」

「女性になるという事か?」


 そこかよ。


「別にリラが何かする必要はないし、ユーインだってスカートはく事はないんだから。いつもの格好でいいんだよ?」


 私の言葉は、二人に届かなかった……




 とりあえず、コーニーが持っているはずの通信機に繋いでみる。


「コーニー、聞こえるー?」

『レラ? 感度は良好よ』


 良かった。これ、実は改良型で、従来の品より薄く小さくしたもの。その分、出力が落ちるという事もなく、何なら従来品よりも綺麗に聞こえるようにしたもの。


 形としては、前世のガラケーだね。リラと話していて、通話特化ならガラケーの形の方がいいのでは? となったんだ。


「それで、王太子殿下に許可はもらえた?」

『ちょっと待ってね』


 何やら、向こうでごそごそしている音が聞こえる。


『……デュバル女侯爵なのか?』


 げ。王太子殿下ご本人じゃん! ちょこちょこ顔を合わせる機会があったから、声を覚えちゃったんだよね。


 さすがに王太子を無視する訳にもいかない。あ、リラが不審な顔でこっちを見てる。相手が代わったのよー。


 こういう時、スマホのようにスピーカー通話出来ればいいのになあ。


「はい、そうです」

『話はアスプザット侯爵夫人の手紙と、コーネシア嬢から聞いて理解した。魔法の使用許可だったな?』

「そうです」


 それがあるとないとじゃ大違いだから。まあ、最悪「見つからないように」使うつもりではあるけれど。


『許可しよう』

「本当ですか!?」

『ああ。ただ、騎士達は全員生かして捕らえてほしい』

「承知いたしました!」


 私としても、殺人はちょっとね……散々魔物は殺してきましたが、人は殺した事ないのよ。やっぱり、前世の記憶があるからかなあ。


 その他、ちょっとした事を確認しあって、通信は終わった。


「コーネシア様との通話じゃなかったの?」

「うん、すぐに王太子殿下に代わられちゃった」

「げ」


 まあ、そういう反応になるよね。




 襲撃計画書の実物も、押さえておいた方がいいんじゃないのかなー。ここはやはり、有能執事の出番?


「やってもいいですが、どうやって手に入れたか、聞かれるのではありませんか?」

「うーむ」

「それくらいなら、計画書を所持しているドープギパー伯爵子息に計画書を破棄させないようにし、かつ伯爵邸の中で見つかるように隠蔽しておくべきかと」


 うちの有能執事、どんどん進化していないかね? 怖いわー。


 ちなみに、襲撃計画は明日の予定だ。こっちの予定を把握してるって、ちょっと気味悪いね。


「おそらく、デュバル側からではなく、聖堂側から情報を得たのでしょう」

「マジで?」


 明日は、結婚式を挙げる聖堂へ挨拶に向かうのだ。なので、ユーインが一緒でもいいんだけれど、最初の予定では私とリラで行く事になってたからね。


 聖堂相手だと、予定を違えるのはNGらしい。人数とか、誰が行くとか変えちゃダメなんだってさ。


 という訳で、ここで幻影魔法が生きてきます。もっとも、襲撃は聖堂までの道すがらで行われるそうだから、挨拶の予定はキャンセルだな。


 こういう場合は予定変更を受けてくれるのか、謎だわ。




 本日は、朝から仕度で忙しい。一応、聖堂へ行くときにはそれなりの格好をしなくてはならないから。


 王宮へ行く時とはまた別のドレスコードだよ……面倒臭い。


 とはいえ、宗教関連は甘く見ると痛い目を見るからね。


「まー、でも金獅子連中にこっちの情報を流すようなのがいるんだもんねー」

「それはそれ、これはこれよ。はい、出来上がったわ」


 日中の装いなので、首まで詰まったドレス。色味は少なく、華美にならないように。アクセサリーはネックレスとイヤリング、指輪程度。


 頭には小さい帽子。日よけの為ではなく、ファッションの為の帽子だね。それに白のヴェールがつく。


 ドレスと同じ色の短い手袋、同じ布で作ったポシェット……レティキュールを持ったら、出発だ。


 別に、特別なものは持たないよ? 金獅子の連中の情報は、カストルが集めてくれたから。


「要は、魔法関連なら白嶺にっていうんで、剣の腕と容姿、家柄だけで選ばれてるんだね」

「そうなる。金獅子に比べると、魔法の運用に関しては黒耀の方が上になるくらいだ」


 まあ、魔法の専門家がいて派遣してもらえるんだから、餅は餅屋な考えになってもおかしくはない。


 どちらかというと、何でも出来るように鍛える黒耀の方が、貴族の入る騎士団としては異色なんじゃないかねえ?


 とはいえ、金獅子の連中は全員貴族学院を出ているのだから、魔法の基礎くらいは出来るはず。気を抜かずにいこう。


 おっと。


「馬車に乗る前から、幻影を被せておかないとね」

「ぐ……」


 ほら、何せ我が家の周囲、敵に囲まれて監視されてるからー。

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