第290話 何でー?

 久しぶりに会ったランミーアさんは、少し大人びて見えた。


「久しぶりね、ランミーアさん」

「ええ、本当に。あ、言葉遣い、変えなきゃダメかしら?」

「いいわよ。公式の場では、ちょっと困るけれど」

「平気。うちの夫は公式の場に出るような身分じゃないから」


 あれー? でも、黒耀騎士団でも、公式行事には引っ張り出される事、あるよね? ユーインがそうだったから。


 確認したら、ランミーアさんがちょっと苦い顔をしている。


「そういうのは、上位貴族の当主だったり嫡男だったりする人達が殆どなのよ。我が家はお互い子爵家、しかも夫は四男で騎士爵だから」


 おうふ。こんなところにも身分の壁が。気まずいわー。


 こういう時は、必殺話題逸らし!


「と、ところで、今日はどんな用件で?」


 懐かしい学友の顔を見に来た……って訳じゃなさそうなんだけど。


「それが……その……」

「どうかした?」


 割とさっぱりしているランミーアさんが、こんなに言いよどむなんて。どうかしたのかしら?


「じ、実は、知り合いからローレルさんの事を紹介してほしいって……頼まれて……」


 あー、そういう。社交の場でも、今まで付き合いがない人は紹介者がいないと挨拶すらろくに出来ない。


 これは私が決めた事ではなく、社交界のルールだから。


 で、そういう場で近づけない人が、こうやって人づてで接近してくる訳だ。ランミーアさん、断れない筋からのお願いだったのかな?


「とりあえず、相手のお名前を聞いてもいいかな?」

「……ソイート子爵家の、ローペテシラ様なの」


 はて、どっかで聞いた覚えがあるような……


『幕開けの舞踏会で、横恋慕女に婚約解消を迫られていた令嬢です』


 あの人かー! いや、顔は見なかったけれど。


 でも、なんで彼女が私に?


「ランミーアさん」

「あの! ローペテシラさんはうちの隣領のお嬢さんで、小さい頃から行き来があったの! ルルも知っている人よ! だから、おかしな事ではないと思うの!!」

「うん、わかったから落ち着いて? その、ソイート子爵令嬢が、私にどんな用なのかなって思って」


 興奮気味のランミーアさんには、ちょっと落ち着いてもらおうか。こんな時、ニエールがいればなあ。鎮静効果のある魔法を使ってもらえるのに。


 私がやると、完全に寝かしちゃうからねー。


 とりあえず、相手が私に何を求めているのかはわからないけれど、会ってみる事にした。「紹介者」であるランミーアさんの顔を立てる意味でもね。


「これくらいの時間なら、明日でも大丈夫なんだけど……」

「本当に!? てっきり、社交で忙しいと思ってた……」

「ははは」


 本来なら忙しいはずなんだけど、今年は免除されてるんだよねー。何せ、来月は結婚式だ。


 残念ながら、目の前のランミーアさんは招待していない。学院の同級生とはいえ、色々とあるからね。


 そういう意味では、ルチルスさんも招待客ではないな。ただ、王都邸の手が足りなくなったら、お手伝いは頼むかもしれないけれど。




 相手は何やら急いでいるようで、すぐにでも面会したいと言っているらしい。なので、ランミーアさんが訪問した翌日には、彼女と一緒にソイート子爵令嬢が来る事になった。


 何だか忙しい。


 二人が来たのは、先日と同じ昼過ぎ。前回と同じ客間に通した。


「あの、初めまして。今回は、無茶なお願いを聞いていただき、感謝しております」


 ソイート子爵家のローペテシラ嬢は、きちんと挨拶をしてきた。ランミーアさんに乗っかって、無茶振りした事も自覚している。


 薄いミルクティー色の髪をボブカットにした彼女は、装飾品をあまり付けていない。ドレスも、地味一歩手前。


 とはいえ、子爵家の令嬢ならこれくらいで正解のはず。しかも、陞爵したばかりとはいえ、侯爵家に訪問するのだから。


 ルミラ夫人が淹れてくれたお茶を飲んで一息ついてから、本題に入った。


「それで? 私への用件は、何かしら?」


 ローペテシラ嬢は私より年上、ロクス様と同い年なんだとか。それでも、学院を卒業してしまえば、身分の上下が年齢の上下に勝る。


 ローペテシラ嬢が、息を呑むのがわかった。


「失礼を承知で、お願いしたい事があります」

「内容は?」

「……金獅子騎士団にいる、私の婚約者、ドープギパー伯爵家のパールユヴァン様を、拘束してほしいんです!」


 はい? どういう事? あなたの隣のランミーアさんも、目を丸くしているんだけど。


 こちらの様子には構いもせず、ローペテシラ嬢は緑の瞳に力を込めて続けた。


「このままでは、パール様が捕まってしまいます! そうなる前に、悪い仲間から引き離さなくてはならないのに、あの方は私の話を聞いてくださらなくて! 表沙汰になったら、あの方の未来が閉ざされてしまいます!!」


 ああ、だから私に拘束しろと。えー? でも、それって私が罪に問われない? 相手が金獅子でなく、男爵か上がったばかりの子爵くらいなら何とかなりそうだけれど。


 金獅子に入れるのなら、ドープギパー家ってそれなりの家格よね?


『デュバル家ほどではありませんが、それなりに由緒のなる家です』


 あ、そうなんだ。


「ただでさえへっぽこ女にうつつを抜かしているというのに、これ以上罪を重ねれば、ドープギパー家そのものも存続が危ぶまれるんです! ですから――」

「ええと、ちょっと待ってね。そのパール……卿は、あなたの婚約者なんでしょう? ご家族の方から、諭してもらったらどうかしら?」

「あの方には、もう私の声もご家族の声も届きません。なのに、あのへっぽこ女はあああああああああ!」


 やべ、これ以上続けさせると、ローペテシラ嬢が闇堕ちしそうだ。


 てか、大分ストレス溜めてたのね。あなたの隣のランミーアさんも、あまりの事にぽかんと口を開けているわ。




 何とか落ち着いたローペテシラ嬢は、顔を真っ赤にしている。


「と、とんだ醜態をさらしてしまいまして……」

「お気になさらず」


 とはいえ、恥ずかしいよねえ。これに懲りたら、あまり溜め込まずにこまめに発散した方がいいよー。余計なお節介だと思うから口に出さないけどー。


「それで、今ひとつあなたの婚約者を拘束する理由がわからないのだけれど。というか、何故私が拘束しなくてはならないのかしら?」

「それは……その……」


 言いよどんでいるねえ。何か、隠さなきゃいけない事でもあるのかな?


「言いたくないなら、話さなくてもいいわよ?」

「本当ですか!?」

「その代わり、あなたのお願いは却下するけれど」

「え……」


 そこで、何故信じられないって顔をするの? いや、ランミーアさんは学院時代のお友達だけれど、あなたは今日会ったばかりの人だし。


 そのあなたからいきなり「自分の婚約者を拘束して!」って言われて、はいそうですかわかりましたやりますって人、いる?


 私の返答に、ランミーアさんが苦笑している。


「ローレルさん、ロペ姉様は、ローレルさんのやり方には慣れていないから、お手柔らかにお願い」


 呼び方が変わったね。そういえば、隣領で行き来があったんだっけ。ルチルスさんも含めて、幼馴染みなのかな?


 そういや、ローペテシラ嬢の婚約者も、そんな立場?


「ランミーアさん、ローペテシラ嬢の婚約者を、ご存知?」

「……ええ。ロペ姉様の家、ソイート子爵家を挟んで、我が家とあちらは並んでいるの。もっとも、あちらは伯爵家だから、我が家とは交流がないんだけど」


 接しているソイート子爵家とは交流があった訳だ。その縁で、子息のパール某卿とローペテシラ嬢が婚約した。


 そういや、へっぽこ女って、誰?


『幕開けの舞踏会で、ローペテシラ嬢に婚約解消を迫っていた横恋慕女です』


 あれかー! 確か、当主である父親が、内務省に勤めているっていう。ああ、それで王宮に伝手。……官僚って事は、大臣よりは下だよね?


『かなり下になります』


 それで伝手って。随分か細い伝手だのう。とりあえず、親の権力? を笠に着て、パール某卿にまとわりついている、と。


 シーズン幕開けの舞踏会を思い出していたら、ローペテシラ嬢が覚悟を決めたようだ。


「……現在、王宮で金獅子騎士団が置かれている立場は、ご存知でしょうか?」

「もしかして、騎士団の若手が跳ね返ってるって言われているものかしら?」

「はい。……私の婚約者、パールユヴァン様は、その中心的存在なんです」


 おおっと、噂の金獅子騒動が、こんなところで転がってきたぞ?


「パール様は、ご実家が伯爵家なので、ご実家の王都邸から王宮へ出仕しております」


 それが? 口には出さずとも、顔に出ていたんだろう。ローペテシラ嬢が慌てた。


「あの! 私は婚約者という立場からも、ドープギパー家の王都邸にはよく参るのです! そこで、見つけてしまいました……」

「何を?」

「デュバル女侯爵閣下の、襲撃計画書です!」


 あれー? 何でそうなるー?




 客間に、静寂が訪れた。あ、ランミーアさんも驚いている。って事は、聞いてなかったんだね。


「……ちょ、ちょちょちょちょちょっと! ロペ姉様!? それ、どういう事!?」

「パール様達は、レオール王太子殿下を廃太子とし、コアド公爵ルメス卿を王位に就かせたいのよ」

「ええええええ」


 わかる、わかるよランミーアさん。私もそう言いたい。


 てか、近衛とはいえ騎士団が国政に口を挟むな。軍部がトップに立つと、国はろくな事にならないんだぞ?


 まあ、王太子殿下が失脚する道なんて、見えてこないけれど。それに、コアド公爵は生まれた姫君に夢中で、王位なんて目にも入っていないんじゃないかなー。


「でも、それがどうしてローレルさんを襲撃するなんて話になるのよ?」

「その……デュバル女侯爵閣下は、王家の方々と親しいでしょう? ご婚約者のフェゾガン様も、幼馴染みであるゾーセノット伯爵も、王太子殿下の側近でらっしゃるし。それに、ゾーセノット伯爵の妹君の婚約者も、新しく側近に入られたわ」


 ユーインとヴィル様、それにイエル卿は、学院時代からの付き合いだ。ヴィル様はまだしも、ユーインとイエル卿が私に関わっているのは偶然だしなあ。


 でも、ああいう連中には通じないんだろう。


「デュバル家は王家派の生え抜き。そういう意味では、『今の』王太子に完全に与していると見られているの。それに、王家の意向もあって、陞爵なされたし……」

「それはローレルさんの実力じゃない! 贔屓された結果じゃないわ!」

「ランミーアさん、落ち着いて」


 怒ってくれるのは嬉しいんだけど、ローペテシラ嬢の話が進まない。


「ミア、それは今は重要じゃないの。デュバル家が、国王陛下と王太子殿下にとって大事な存在というのが、大きいのよ」


 つまり、私を潰して国王と王太子の力を削ごうという訳?


 金獅子……私の情報、正確に把握していないな? それに私に手を出したら、国王陛下よりも怖い王妃陛下が黙っちゃないぞ? 多分。おそらく。


 その前に、自力ではねのけるけどなー。あ、一応王宮に「襲われたら魔法でやり返していいよね?」って確認しておこうっと。


 王都は理由なく魔法を使っちゃダメな場所だからね。

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