第289話 平穏無事?

 王宮で開かれる王家主催の舞踏会では、金獅子と銀燐の両騎士団が合同で警備に当たるそうだ。


「跳ねっ返り共は、当番を外されているがな」


 そう吐き捨てたのはヴィル様。隣には、パートナーのリラがいまーす。


 リラは私の仕度を調えた後、自分の仕度を調えてヴィル様と合流したんだって。仕事が早いな……


 でも、私に言わせるとリラは手抜きしすぎ。もうちょっと装わなくては!


 そう言ったら、ジト目が見られた。


「それは、丸っと自分に返るってわかってる?」

「えー? なんでー?」

「侯爵家当主になったんだから、もう少し派手にいけって事」


 だって、派手なの好きじゃないし。確かにドレスはいつもシンプルだが、素材も使っている宝石類も、質は高いんだよ?


「わかってるけれど、デザインもそれなりにしないとダメって言ってるでしょ? マダム・トワモエルにも忠告されたじゃない」


 確かに。もう少し布を足すか、宝石を足すか、刺繍を足すか、全部かって言われたっけ。


 装うのは、本当苦手だわ。




 シーズン幕開けの舞踏会だからか、色々な人に挨拶される。もちろん、会った事がない人は紹介者を添えて。


 派閥内だと、天幕社交をしている関係から夫人とは顔見知り……までは行かなくても、会った事はある場合が多いけど、旦那の方まではなー。


 それが派閥外ともなれば、誰? ってなっても不思議はないと思うんだ。


 そんな人達からの挨拶と、陞爵のお祝いコメントと、ついでに新しく取引を、とか鉄道を我が家の領にも、とかそんな話を聞き過ぎて、疲れました。


「大丈夫か? レラ」

「うーん、疲れたので、しばらくここにいたい……」


 王宮で舞踏会会場としてよく使われるこのホールには、二階席がある。疲れたらここで一休み出来る訳だ。


 中には、一通りの挨拶が済んだら、ここに籠もりきりになる人もいるんだって。私もそれ、やりたいなあ。


 実際にやった日には、何しに舞踏会に行ったんだってお説教くらうでしょうけれど。まあ、貴族に社交は付き物だからねえ。


 とはいえ、今日の分はもう終わったと思いたい! 派閥の序列上位の家とはもう挨拶したし、サンド様ともロクス様とも踊った。


 ゾクバル侯爵やらラビゼイ侯爵とも踊ったし、他にもたくさん。両侯爵には、鉄道と温泉のあれこれを聞かれたけれど、今のところ別荘の分譲はしていない事、やるとしたら真っ先に声をかける事で了承してもらっている。


 鉄道の方は、既に計画が立ってるからね。話をして、最初に快諾してくれたのも両侯爵家だから、無碍にはしないさ。


 まずは両侯爵家の領地からユルヴィルまでの路線を引く。そこから、乗り換えか路線変更でデュバルまで来られるように。


 ユルヴィルから王都までは、しばらくは馬車かなあ。馬車を置く場所や馬場を用意してもらわないとならないね。


 こちらも、所有ではなく賃貸にする予定。でないと、ユルヴィルの土地があっという間になくなっちゃうから。


 今はそれに加えて、倉庫も建設してもらってるからね。もちろん、うちから資材も人手も出してます。人手って言っても、人形だけど。


 それらを操る人形遣いは人間だけど。……そんな職業も、デュバルでは生まれました。


 魔力を持っていて、かつ操作に必要な技術を学んだ人達。領民の中から腕のいい人を拾い上げて、教育した結果でーす。


 需要が高いので、随時教育は行っていて、新人を育成中だ。何せまだまだ鉄道の敷設工事は続くしさ。


 休憩所と化している二階で、もらった飲み物を飲みながらぼーっとしていたら、何やら声が聞こえてきた。


 ぼそぼそと喋るものだから、内容が聞こえそうで聞こえない。でも、時折「王宮」だの「金獅子」だのという、気になるワードが聞こえてくるんだよね……


『巻き戻して、お聞きになりますか?』


 だからね? どうして君はそう……まあ、聞くけど。そう考えた途端、耳の中に音声が聞こえてきた。


『この間の話、考えてもらえたかしら?』

『あの……あの話は、本気なんですか?』

『当然でしょう? 冗談であんな話、すると思って?』

『ですが……』

『いい事? パールユヴァン様はこれから厳しい局面に立たされるわ。その時、あなたでは彼を支えきれない。おわかり?』

『でも――』

『我が家なら、王宮とも繋がりがあります。あなたの家には、ないでしょう? 大体、金獅子に入れるパールユヴァン様とあなたが婚約したのは、単純に領地が隣同士だったってだけの話じゃない』

『それは……そうですが……』

『大体、学院を卒業して何年経っていると思うの? 本来なら、卒業と同時に嫁いでいてもおかしくないのに。今まで放っておかれたって事は、パールユヴァン様もあなたを妻に迎えるつもりはないという事よ』

『そんな……』

『いいから、あなたは私の忠告通り、あの方との婚約を解消なさい。いいわね?』

『……』

『断りの言葉は聞かないわ。私の言う通りにしなかったら、あなたの家もどうにかなってしまうかも。我が家には、それだけの力があるのだから』


 会話はここまで。なーんだ、ただの痴話喧嘩かー。金獅子にいる団員を巡っての、現婚約者と横恋慕女の対決。


 でも、これは横恋慕女の方が優位そうだね。何でだろ?


『横恋慕女はソネレート子爵家の娘で、父親は内務省に勤めています。婚約者の令嬢はソイート子爵家の娘で、子爵家の領地は金獅子騎士団所属のパールユヴァン・セテュー卿の実家ドープギパー伯爵家の隣です』


 つまり、家同士が決めた婚約って訳か。それなら、横恋慕女が言っていたように、卒業即結婚ってならなかったのはおかしいね。


『……主様も、人の事は言えないのでは?』


 私はいいの! やる事が多すぎて結婚がちょっと遠のいただけだから!


 あ、もしかして、金獅子のパール卿も同じなのかな?




 警戒していた王家主催の舞踏会は、盗み聞きした痴話喧嘩以外、何も起こらなかった。ちょっと拍子抜けー。


 まあ、今月は怒濤の舞踏会ラッシュが来るから、盗み聞きの話も記憶の彼方に放り上げておいたけど。


 舞踏会ってね。踊って社交をするだけでなく、女の見栄の戦いの場でもあるのだよ。


 誰よりも美しいドレスを、誰よりも大きな宝石を、誰よりも目立って、誰よりも美しく! 考えただけで疲れるわ。


 そんな中でも、新侯爵となった私は注目の的だ。鉄道関連、温泉関連でも注目されておりますが。


 おかげで、リラじゃないけど装いには気を抜けない。


「こちらの方がよろしいのではありませんか?」

「それだと、これまでと同じ路線ですよ」

「こちらはどうでしょう?」

「あ、いいんじゃないですか?」

「ですが、これですと家格に合いません。もう少し装飾を入れなくては」

「でしたら、こちらのこの部分をこちらに流用して……」

「んまあ! 確かに! これなら映えますわ!」


 私の目の前で、リラとルミラ夫人、それにマダム・トワモエルがあれこれ言い合っている。


 話題は、舞踏会シーズン最終日に着るドレスのデザインについて。ここにきて、デザイン変更とか! マダム! 店のお針子達が死にますよ!!


「まあ、問題ございませんわ。研究所から横流し……提供いただいたミシンなる機械、あれは素晴らしいものですもの!」


 うぬう、研究所め。マダム・トワモエルは当代きってのドレス・メーカーだ。顧客には上級貴族の夫人方が名を連ね、今年はなんと王妃様と王太子妃様からも注文がきたとか。


 そんな忙しい彼女の元には、研究所から最新ミシンが二十台送られたって。この辺りは、アスプザットとうちのドレスを作ってるからだろうねー。


 とはいえ、シーラ様やコーニーがマダム製のドレスを身につけて社交の場に出れば、これ以上の宣伝はない。


 今年に限っては、私もか。何せ注目度が半端ないから。


 なので、研究所からのミシン提供は、ミシンの宣伝というよりは、これでうち関連の女性のドレス、どこよりも早く仕立ててね、って事なんだろうなあ。


 それにしても、三人ともノリノリですな。私はそんな彼女達を眺めながら、ちょっと温くなったお茶を啜った。




 概ね平穏な舞踏会シーズンを過ごしておりますが、不穏というのは向こうから勝手にやってくるものですね。


「来客? 予定にあったっけ?」

「いえ、急な事です」


 そう言って、ルミラ夫人が手紙を差し出してきた。一応、アポは取ろうという訳か。


 差出人は……ランミーアさん!? また珍しい人から来たなー。


 彼女は卒業後、すぐに結婚して旦那さんと一緒に王都で暮らしている。旦那さん、軍関係の人だからね。どっかの騎士団所属だったっけ?


 そのランミーアさんから、緊急だけど話がしたいって手紙がきた。出来れば、今日中にと。だから急な「来客」か。


「今日の予定は、どうなっていたっけ?」

「今月は舞踏会の為に、他の社交やお仕事は全てお休みにしてあります」

「そっか……なら、大丈夫だね」


 ランミーアさんからの手紙には、今日の昼、待っていると返事を書いた。


 さて、彼女が持ち込むのはどんな話かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る