第288話 不敬ー!

 王妃様の隠れ家で行われたお茶会。その帰り道、シーラ様に温泉街への別荘を求められている事を相談してみた。


「ラビゼイ侯爵がねえ……温泉って、色々と効能があるって言ってたわよね? それが目当てかしら」

「多分」


 それにしても、オーゼリアでは温泉なんてまだよく知られていないものなのに。よく別荘を建てようなんて思うよなあ。


「まあ、王家派閥の序列上位の家ですからね」

「どういう意味ですか?」

「デュバル家とは、懇意にしておいて損はないと判断したって事よ。特にラビゼイ家はうちと同じ外交筋の家だから」


 そういえば、外務大臣はどっちかの家から出る事が多いし、外務省にも両家の一門が多くいるんだっけ。


「だからこそ、利に敏いのよ」

「なるほど」


 温泉はおまけで、うちとの繋がりを強化するのが本当の狙いって訳か。


「本来なら、政略結婚を申し込むところでしょうけれど、ラビゼイ家はともかくデュバルには相手がいないでしょう?」

「兄は既婚ですし、私も婚約者がいますしねえ」

「だから、別の手で近づこうとしているんじゃないかしら」


 うーむ、貴族って……まあ、でも王家派閥の序列上位の家だから、無碍にする訳にもいかないか。


「とりあえず、別荘は断っても問題ないわよ」

「そうなんですか?」

「この話、ゾクバルに持っていけばあちらが牽制してくれるでしょう」

「……ゾクバル家からも、別荘が欲しいとか、言われませんよね?」

「その時には、売るのではなく貸せばいいわ」


 別荘を造っても、売ったり譲ったりではなく、あくまで所有権はうちにって事ね。確かに、それならいいかも。


 となると、貸別荘区画とかも考えた方がいいかな? 温泉街とはまた違う雰囲気で造るのも、ありだよね?




 王宮から王都邸に戻ったら、手紙が届いていた。


「ユーインから?」

「ええ。こちらに」


 銀色のトレーの上には、確かにユーインの字で私の名前が書かれた封筒が乗っている。


 ルミラ夫人から差し出されたそれを開けると、訪問のお伺いだった。


「別に手紙なんか出さずとも、いつでも来ればいいのに」


 前までは、ここで寝起きをしていたんだから。……当然、部屋は別ですよ? そういう節度は守らないとね。


 私のぼやきに、ルミラ夫人が笑顔を浮かべた。


「きちんと手順を踏みたいのでしょう。そうした殿方のお気持ちを、無碍になさってはいけませんよ?」

「はあい」


 しばらくは領地にもトレスヴィラジにも行けないし、いつでも訪問OKの返事を出したら、早速翌日の昼過ぎに伺うと返事が届いた。早。


 返事が届いた翌日の昼過ぎ、約束通りの時間にユーインは来た。何故か、ヴィル様と一緒に。


「……珍しいですね、二人でなんて」

「まあな」

「アスプザットに割り込まれた」


 ユーインの言葉に、ヴィル様がぎらりと睨む。どーどー。出迎えた玄関ホールで喧嘩とか、やめてくださいね。




 二人を居間に通す。身内だし、客間でなくてもいいやって事で。二人とも、かなりラフな格好だし。


「今日訪問したのは、訳がある」


 口火を切ったのは、ヴィル様。まあ、そうでしょうね。理由もなしに二人が一緒に私のところに来るはずがない。


「レラ、お前が作ったカメラとマイクを、用意してもらえないか?」


 何かと思えば、それ?


「あれですか? それなら、研究所にもあるはずですけど……」

「その研究所に問い合わせたら、お前が作った方が早いって言われたんだよ」


 ああ、なるほど。盗撮……んん、隠しカメラ、マイクが欲しいんですね。


 あれって、基本使う人が身につけている品に仕込むから、一度研究所に送って術式を付与、それからまた送り返してもらう必要があるんだよね。


 ヴィル様なら実家の移動陣を使えるだろうけれど、それやる位なら、王都にいる私にやらせた方が早いって訳だ。


 研究所、別に手を抜いた訳じゃないよな?


 まあいいや。とりあえず、二人からは盛装の際に使う胸飾り……ブローチみたいなのを借りた。


「今すぐ術式付与するんで、ちょっと待っていてください」


 そう言って、目の前で術式を刻んでいく。隣に座るリラの目が丸い。あれ? 見せた事なかったっけ?


「これで終わりっと。後は魔力結晶を付けて完成です」

「手持ちの結晶はあるか?」

「ありますよ。ちょっと取ってきます」

「そういう時は使用人を使う!」


 やべ。リラに怒られた。つい、自分で動いちゃうんだよね。でも、使用人を雇っている以上、彼等の仕事を取り上げるのはダメだって言われている。


 現在王都邸で雇っている使用人は、デュバル領で比較的体調の良かった人達だ。


 体調がいい、すなわち他の領民より栄養状態が良かったという事であり、領民の中でもある程度人をまとめる立場で、そこそこの基礎的教養もあった人達だ。


 なので、彼等の仕事を取るのはダメと言われている。仕方ないので、人を呼ぶための呼び鈴を鳴らし、倉庫から小さめの魔力結晶を持ってきてもらった。


 それをそれぞれの胸飾りに付けて、作業終了。


「この結晶に映像や音声が記録されますから、周囲に敵がいない時を見計らって結晶の色を見てください。この橙色が白っぽくなったら、取り替えの合図です」


 取り替えは簡単だから、目の前でやって見せた。換えの結晶は、王都でも普通に売ってるサイズだから、簡単に手に入る。


 保存した映像や音声を確認するのは、また別の魔導具になるんだけど、そちらは研究所でお求めください。




 そのまま一月が終わり、とうとう二月、舞踏会シーズンの幕開けですよ。


「準備が終わらない……」


 舞踏会の仕度をしながら、呆然と呟く。ええ、結婚式の準備が終わらないんですよ。来月には式本番だというのに。


 式を挙げる場所と前世の披露宴に当たる祝賀パーティーの場所は決まった。つか、王宮関連で強制的に決まったようなものだけれど。


 とはいえ、侯爵家の当主なら、パーティーを王宮でやっても不思議はないってさ。……もしかして、陞爵を急いだのって、そういう意味もあるの?


「あるとは思うけれど、おまけじゃないかしら?」

「おまけえええええ?」

「だって、陞爵の話が出る前に、王宮で祝賀パーティーをやるって、決まったじゃない」


 それもそうか。陞爵の話が後付だったわ。とはいえ、これで誰からも後ろ指は指されない訳だ。良かった……のか?


「会場の花とか料理とかテーブルウェアとかはお祖母様と私達とで進めているから、心配しないの」


 リラは私付の侍女として、あとルミラ夫人は王都邸の家政婦として、ばあちゃんと一緒に結婚式の準備に追われている。


 本当なら、リラもそっちに集中したいそうだけど、立場があるので舞踏会の欠席は出来ない。


 私が出席するものって、大分厳選されているんだけれど、それなりの数をこなさなきゃならないからねー。


「陞爵して初めての舞踏会シーズンだもの。皆手ぐすねひいて待ってるわよ」

「何それ怖い」

「ただでさえ、あんたは今時の人、デュバルは話題沸騰の場所だからね」


 鉄道の話もあるし、どうやらあちこちから温泉街やレジャー施設の話が漏れ出ているらしい。


 まあ、漏れてる元はわかっているし、別に口止めもしていないからいいんだけど。


「今夜の舞踏会には、ユルヴィル伯爵夫妻もシャウマー伯爵夫妻も出席するし、それにリューザー伯爵家やエイノス侯爵家も出席するわよ」


 おお、色々あった家がそろい踏みだね。もっとも、今夜の舞踏会は王家主催で規模が大きいから。


 リューザー伯爵家は、娘のツイーニア嬢の話を聞きたがるかも。本人から手紙は届いているだろうけれど、第三者から見た娘の姿も、知りたいだろうしね。


 他にもお馴染みのゾクバル侯爵家やラビゼイ侯爵家、それにエザー伯爵家も出席だ。そういえば、メルツェール子爵家の子リスちゃん、元気かな。




 シーズン幕開けに行われる王家主催の舞踏会、さすがに盛況だねえ。


「しばらくそちらに伺う事も出来ず、済まない」

「いいのよ、お仕事だったんだから」


 本日のエスコートは当然ユーイン。その彼は、うちに迎えに来た時点でどんよりとしていた。


 王太子の護衛任務、結構大変らしい。何が大変って、金獅子の連中によく絡まれるんだってさ。


 それも、織り込み済みでの任務だそうだけど。


「証拠、無事集まってる?」

「ああ。レラが用意してくれた『これ』が役に立った」


 そう言って彼が触れたのは、あの時即興で作った隠しマイクとカメラだ。ユーインとヴィル様は、それらを使って金獅子連中の動向を探っていたらしい。


 そうとも知らず、金獅子の跳ねっ返り達は、連日元気に王太子殿下の誹謗中傷を彼等の前で垂れ流していたらしい。


 もう、それだけで不敬罪適用出来るんじゃね?

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