第287話 面倒な奴ら
近衛騎士団である金獅子騎士団の中に、不穏分子あり。その為、王太子殿下が身の回りの警護を固める為、ヴィル様だけでなくユーインやイエル卿も手元に置きだした。
ユーインもイエル卿も、殿下にとってはいわゆる「学友」。王族でも貴族学院に在学中は寮生活なので、そこで同じ釜の飯を食った仲な訳だ。
もっとも、今回の不穏分子である金獅子騎士団の団員達も、同学年や後輩が多いっていうけれど。
「まあ、元々あった火種がここに来て燻り始めたってところだな」
本日、デュバル王都邸にヴィル様がやってきた。それで、開口一番この言葉。
あのー、目の前にはあなたの婚約者がいるんですが、少しは甘い言葉とか、かけません?
……ないか。ユーインも、その辺りは苦手そうだもんね。いや、言われたら私がその場から逃げるけど。だって小っ恥ずかしいし。
それはともかく。
「火種って、何ですか?」
「元々、ルメス殿下の出来の良さが問題だったんだ」
出来がいいのに問題? 首を傾げかけて、はたと思い出す。今、ヴィル様は昔の呼び方をしたけれど、「ルメス殿下」って今のコアド公の事だわ。
「……コアド公爵って、そんなに出来がいいんですか?」
「例えて言うなら……そうだな。レラ、学院に何冊本があるか、知ってるか?」
「いいえ」
司書や図書委員じゃあるまいし、蔵書が何冊あるかなんて普通は知らないでしょ。ヴィル様は知ってるのかな。
「総冊数は数万冊を越えるそうだ。そして、ルメス殿下……コアド公は、その全てを読み、ほぼ覚えているらしい」
「げ」
何その記憶力。
「記憶力だけではない。学院在学中、いくつか校則にも訂正案を出して実際に変更させている。それと、王子は全員学院に入る頃になると少領をいただくのだが、そこの発展にも寄与した」
領の名前を聞いてびっくり。トーギャレバー領って、基礎教養の授業でも聞いた名前だよ。
確か、荒れた土地だったところを整備して、まずブドウ栽培で利益を確保し、その利益を使って土壌改良や品種改良を行った。
結果、荒れ果てた土地だったのが、緑豊かな土地へと変貌したという。あれ、コアド公が関わってたんだ……
その程度、知識がある奴なら誰でも出来るとか言うなかれ。これが割と大変なのよ。その土地にあった作物を探すだけで、結構な時間と手間がかかるんだから。
でも、学院の蔵書を全て読破し、かつ覚えているコアド公爵なら、自分の知識から必要な情報を引っ張ってくればいいだけ。なるほど、優秀だわ。
ちなみに、土壌改良と品種改良には魔法が使われていて、ペイロンの魔法研究所とは提携しているらしいよ。
そして、我が領もその恩恵を受けてます。特にトレスヴィラジ。あそこで栽培を始めた果物って、トーギャレバー領で品種改良された種なんだ。
ヴィル様が溜息を吐く。
「少領でそれだ。これが国土全域となれば、どれだけ我が国が豊かになるか。それを夢見た連中が、未だに夢から覚めないでいるんだよ」
あー……そりゃ確かに夢見たくもなるかー。
「でも、コアド公は国に貢献なさるおつもりですよね? 今のお立場なら、大臣職に就く事も可能でしょうし、結局は国が豊かになるのでは?」
「それでも、国王よりは権限が少ない。何より、コアド公爵に心酔している連中は、あの方以外の人物を王と呼びたくないのだろうよ」
何だそれ。随分勝手だな。
「ヴィル様、コアド公爵は、金獅子の一派の動き、どう思ってらっしゃるんでしょう?」
「一言で言えば『迷惑』」
「え」
リラと声が重なっちゃった。いや、まさかヴィル様から答えが返ってくるとは思ってなかったのよ……リラにも言われた通り、王妃様にでも聞くしかないかなーって覚悟してたから。
「ウィンヴィル様。それは、王太子殿下がそう思われている訳ではなくて、ですか?」
「王宮にいらしたコアド公自らの言葉だ。一応、口外無用だぞ」
オフレコで本音を愚痴ったってところか。心酔し切っちゃってる信者の前で下手な事を言えば、ねじ曲げて捉えられかねないもんね。
そのねじれが、王太子殿下や妃殿下に及んだら、目も当てられない。
「金獅子の一派って、どのくらいの人数なんでしょう?」
「わかっているだけで十五人。ただ、その後ろに何人、どの家があるかは、まだわかっていない」
バックかー。矢面に立ってる状態の金獅子連中を自白させても、多分その人物までは辿り着けないんだろうな。
出来ると踏んでいれば、王家から研究所に依頼が行くはず。自白させて黒幕まで突き止められるなら、今目の前でヴィル様がこんなに苦労していないでしょうよ。
「ただ、更に困った事が起こっていてな」
「まだ何かあるんですか?」
もう今だけでお腹いっぱいなんですけどー。
「宮廷内で、別の一派が動き出してるらしい」
「別の一派?」
またリラと声が被った。つか、他に王位を狙える人って、いたっけ? 三男坊はお隣ガルノバンに婿入りしたし……あれ?
「ヴィル様、今更ですが質問です」
「何だ?」
「三男坊の結婚式、オーゼリアから出席したのって誰なんですか?」
そう、今は新年。三男坊の結婚式って、去年の秋だったはず。すっかり忘れていたけれど。
だって、狩猟祭が終わってからは陞爵の準備で忙しかったし! 加えて再来月の結婚式の準備もあるし! 他人の結婚式まで考える余裕、なかったよね!?
「本当に今更だな。まあ、ギンゼールからこっち、あれやこれやあって忙しかったから仕方ない。シイニール殿下の結婚式に出席したのは、レイゼクス大公殿下だよ」
「大公殿下?」
誰だ? それ。首を傾げる私とリラを前に、ヴィル様が悪戯成功とばかりに笑っている。
「我々にとっては、学院長と言った方が通りがいいか」
「あ!」
そうだった! 貴族学院の学院長は代々王族が就くって言ってたっけ。で、今代の学院長は現国王陛下の弟とも。
そうか、あの学院長、レイゼクス大公殿下という身分だったんだ……
「当初はコアド公爵夫妻という話だったが、知っての通り夫人が出産を終えたばかりで国外に出るのは難しい。かといって、隣国とはいえ王太子殿下を出す訳にもいかない。なので、大公殿下のお出ましという訳だ」
「なるほどー」
ちなみに、コアド公爵夫人であるベーチェアリナ夫人は、無事女の子をご出産だそうな。
ちょうど私がギンゼールに行っている間に生まれたそうで、うちからはルミラ夫人が手配して出産祝いを送ってるって。ありがたやありがたや。
こういう付き合いをおろそかにすると、大変だからね。いや、国にいなかったって事情はオープンになってるから、言い訳は立つんだけど。
そういう場合でも、家内の人間が手配するものらしく、そういう事が出来ない、いわゆる気の利かない人間を雇っていると、主まで評判を落とすんだってさ。怖いね。
「話を戻すが、別の一派が推しているのが、まさにそのレイゼクス大公殿下なんだよ」
「ええー? 学院長が学院を辞めちゃったら、誰が学院長になるんですか?」
「そういう問題か? まあ、学院長職に就ける王族は、他にもいるから問題はないが、これまた大公殿下は王位にご興味がなくてだな」
「つまり、担ぐ連中の勝手な行動という訳ですね?」
「そうなる」
本当、王宮ってのは騒動の種ばっかりだね。
金獅子騎士団に入るのは、学院を卒業した者に限るという規則がある。つまり、近衛になるには貴族の身分が必要という訳だ。
規則には記載されていないけれど、騎士爵や男爵家の人間が金獅子に入る事はまずない。入団試験すら、受けられないんだとか。
身分は伯爵以上、三代遡って犯罪者がいない家系である事など、割と入団審査は厳しいそうな。
なのに、問題起こすとはねえ。
「まあ、金獅子の連中だけが騒いでいるのであれば、問題はあまりないわ。いざとなったら退団させるだけなのだし」
そうスパッと言い切るのは、オーゼリアの王妃、ネミ様。本当なら「チェレア王妃」と呼ばなくてはならないところを、この隠れ家限定でネミ様と呼んでいる。正式名称は「チェレア・ネミ」様だから。
ええ、本日はシーラ様と一緒にネミ様にお呼ばれして王宮庭園の奥にある、この隠れ家に来ております。本日の参加者は、ネミ様とロア様、シーラ様と私の四人。
ここでネミ様と呼んでいたら、ロア様まで「私の事はロアで」と仰ったのでね……王妃様と王太子妃様、二人から言われちゃ断れませんて。
「さすがに伯爵家の者に、確たる証拠もなく自白魔法は使えませんしね」
「そうなのよねえ。彼等の家も、きちんと息子を躾けてほしいものだわ」
三男坊を躾けそこねたネミ様が何か仰ってますよー。口には出さないけれど。
まあ、三男坊の場合は、どう教育してもああなった気がするけれど。人間の本質って、教育程度じゃそう変わらないよな。
「今は内偵で金獅子の後ろにいる連中を探っているところよ。ルメスも協力してくれてるし」
「コアド公爵が……ですか?」
「ええ。娘が生まれたばかりで妻子の側にいたいのに、面倒な連中が面倒な事をしでかしているから、あの子も大分『きてる』ようよ」
にやりと笑うネミ様が怖いでーす。
「コアド公爵は、一番母君に似たという話ですものね」
「ほほほ、だからこそ、あの子の考えは手に取るようにわかるわあ」
ロア様からの言葉に、ネミ様がコロコロと笑う。そうか、コアド公爵はネミ様に似たのか……近寄らないようにしておこうっと。
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