第284話 陞爵の儀

 時間が過ぎるのはあっという間だ。ついこの間まで秋だなあと思っていた空気が、もう冬のそれへと変わっている。


 そう、冬といえば陞爵の儀。


「王宮の準備もてんやわんやだったそうよ」


 王宮内の一室で、本日の為のお支度中。ドレスを整えてくれているリラが、そんな事を教えてくれた。


 どうやら、こんな年末ギリギリのスケジュールになったのは、かなり無理をしたかららしい。


「だったら先延ばしにすれば良かったのに……」

「そうできない理由が、王宮側にあるからでしょうよ……」


 何でも、私の結婚式の前に陞爵させたかったってのが、あるらしいよ。別にいいんだけどねえ。爵位にこだわらないし。


 基本、私は自分が望むように生きられる収入と身分があればいい人間だ。何なら、魔の森でずっと魔物狩りをして暮らしてもいいと思ってたほど。


 なのに、今これだもんね。


「まあ、陞爵のタイミングに関しては、完全に王宮側の都合だから。それに振り回されたあんたは可哀想とは思うわよ?」

「リラが珍しく私に同情的だ」

「同情出来るような事がないからね」


 酷くね?




 本日の陞爵の儀、会場に入るのは私と、付き人としてリラだけなんだけど、会場一歩手前まではルミラ夫人も同行してくれる。


「侯爵になろうという方が、付き添いが侍女一人という事もありませんでしょう」


 リラは、今回縁戚の娘という立場での侍女扱い。義理とはいえ、姪だからね。伯爵令嬢という立場もあって、儀式会場へ入れる訳です。


 本日のドレスは、スタンドカラーのすっきりしたデザインのドレス。結局、リボンその他は付けなかった。


 その代わり、ペイロン産の小粒真珠をこれでもかと縫い付けている。いやあ、これだけで結構なお値段になるよなあ。


 ドレスの地の色は青。色の指定まではなかったから、良かったよ。


 濃い目の青地に、白い真珠を縫い付けているからよく目立つ。ビーズの代わりに真珠を使って刺繍を入れているので、真珠多めの裾にいくと地の色が大分薄まってグラデーションのようだよ。


 髪は普段よりもきっちり結い上げて、ティアラを付ける。同じデザインのイヤリング、ネックレス、ブローチ、両腕のブレスレット、指輪もね。


 なんせ式典なので、これでもかと付けている。逆に付けていないと、失礼に当たるそうな。


 アクセサリーの宝石は、全てダイヤモンド。もらったダイヤはちょっとカットが甘かったので、カストルに頼んで全部カットし直している。


 おかげでギラギラ。アクセントに色石を入れようかな、と思ったけれど、これだけ輝いていればいらないでしょ。


 地金はプラチナ。髪の色を考えると金の方がいいような気がするけれど、カストルが選んだので、逆らわないでおく。センスは確実に奴の方が上だ。


 これに、同じ布地のマントを着ける。侯爵からは、正式な場ではマントを着けるんだって。


 これ、陞爵の儀の時はドレスと同じ生地のマントだけれど、他の公式の場の時は、また場に合わせたマントになるらしい。面倒。


 あと、今回陞爵の儀の際に、国王から下賜される剣も、公式の場には身につけていく事になるそうな。


 武装したまま国王の前に出ていいのかよと思わないでもないけれど、それを言ったら剣を持たずとも魔法でどうとでもなるもんな。剣くらいいいのか。


 そう、今回の陞爵の儀、メインは国王からの剣の下賜だ。それなり腕の立つ名工が打った剣らしく、通常は家宝になるそうです。



 仕度をした部屋から儀式会場までの廊下を行く間、小声でリラとやり取りした。ちなみに、ルミラ夫人はマントの裾を持って後ろに、リラは私の手を取って進んでいる。


「会場に入ったら、私はマントの裾を持って後に続くから、あんたは先導の近衛に続いて歩くのよね?」

「そう。止まる場所も近衛が指示してくれるから、それに従うだけ。後は内務卿が陞爵の理由その他を読み上げるから、それを聞いて、後は陛下から剣をもらえばいいだけよね」

「もらうって……手順、覚えているでしょうね?」

「大丈夫。任して」

「不安しかないのは、何故かしら……」


 酷くね? つか、先導している近衛、肩が震えてるよ。見えてるからね? 顔と名前、覚えておくぞ?


 ちなみに、本日先導している近衛……金獅子騎士団の団員は、ウィーロシェッツ伯爵家の次男、カーラウォンド卿だとか。


 この情報、実はイエル卿からのもの。カーラウォンド卿は、ヴィル様達と同学年でイエル卿とはそこそこ交流があったらしい。


 そうか、ヴィル様の年代か……ちなみに、ウィーロシェッツ伯爵家は貴族派だ。そこからも、近衛に入れるんだね……


 まあ、本来貴族派って、王家に逆らう派閥じゃないから。王家ともうまくやりつつ、貴族の家そのものの権利を守りましょうとか、家を盛り立てましょうとか、そんな考えから出来た派閥だそうだから。


 前ビルブローザ侯爵とその周囲が、おかしかっただけみたい。




 仕度部屋から、儀式の会場まではあまり距離がない。これ、伯爵から侯爵への陞爵だから、移動距離が短いんだって。


 男爵に上がるとか、男爵から子爵とかだと、もっと距離が長かったり、そもそも儀式が省略されたりするそうな。身分社会だよなあ。


「もう間もなく、到着します」

「はい」


 今回の場所、王宮でも初めて入る場所だ。式典用の部屋なので、普段は使わないらしいから、当然かも。


 大きな扉の前で一度止まり、ルミラ夫人が下がってリラがマントの裾を持つ。カーラウォンド卿は、扉の守護をしている金獅子騎士団に到着の報告だ。


「デュバル女伯爵をお連れしました」

「確認しました」


 傍で聞いているとおかしな感じだけれど、これが正式なやり取りだそうな。


 扉の守護についている金獅子騎士団は左右二人ずつの四人。そのうち内側にいた二人が、観音開きの扉を同時に開ける。


 その向こうには、扉から続くレッドカーペットと、その両脇に立つ貴族達。


 そして、カーペットの先には玉座に座る国王と王妃の姿が。


「行きましょう」

「はい」


 小声でカーラウォンド卿が促してきたので、こちらも小声で答える。ゆっくり歩くのも、慣習なのかな。


 会場中の視線がこちらに向いているのがわかる。こんな中を歩かなきゃいけないなんて……


 でも、ここで転ける訳にもいかないし、逃げる訳にもいかない。


 注目の中、ゆっくりと進んで行く。何人か女性の当主がいて、あちらも式典用のドレスだ。


 彼女達の視線がどこに向かっているか、何となくわかるわ。ダイヤだよねー? 後は、マントを持つリラの衣装かな。


 今回、リラとルミラ夫人は同じデザインのドレスを身につけている。つまり、私のドレスと同じ色の生地で、もうちょっと地味なデザインのドレスだ。


 スタンドカラーで長袖なのは同じなんだけど、スカートの形や刺繍なしの辺りに、主との差が現れる。


 靴も、今回は同じ生地から作った布張りの靴だ。カストルに頼んで、魔物素材のインナーソールを入れてもらったから、歩きにくい事はない。靴擦れもしなさそうで、良かったよ。


 ゆっくり進んで、先導のカーラウォンド卿が止まった場所で、私も止まる。彼が玉座に一礼し、こちらにも頭を下げながら後ろ足でその場を去った。


 これで、玉座と私の間を遮るものは、何もない。とうとう、式典が始まる。




 とはいっても、こちらが特に何をする事もないし、長い時間かかるものでもない。


 どういう理由で陞爵するかが内務卿の口から発表され、一応その場で異議がある者は申し出よ、と言われ、誰もいない中拍手での返答がされる。


 その後、メインの剣の下賜だ。


「では、デュバル女侯爵、前に」

「はい」


 ここからは、マントを持つリラもなし。つまり、引きずるマントの重みを感じながら、玉座の下まで行く訳だ。


 二段ほどの高さがある場所に置かれた玉座、その座から国王が立ち上がり、こちらに下りてくる。私は今の位置で、膝を突いて頭を垂れた。


 内務卿から手渡された剣を手に持った陛下の足が、視界に入る。


「我、オーゼリア王ウェイバルの名において、汝タフェリナ・ローレル・レラ・デュバルに侯爵位を授ける」

「謹んで、お受け致します」


 下を向いたまま、差し出した手に乗せられた剣。装飾が多いせいか、ずっしりと重い。


 それを持った姿勢のまま、国王が玉座に戻るまで待ち、やっと立ち上がれる。


 これにて、式典は終了なりー。ああ、疲れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る